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沢(さわ)凪(なぎ)せ女(にょ)り~た5  作者: 椎家 友妻
第五話 一夜の復活と、新たな出発
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7 サイサキアヤネガ、コウリンシタ

今まで雪山の中にでも居るようだった由乃さんの震えがピタッと止まり、

丸く縮こまっていた背中から、光の翼が生え出たような気がした。

その姿はさながら、サナギからはい出した(ちょう)のよう。

そして閉じていたまぶたをゆっくりと開くと、

満天の星空のようにキラキラと輝く瞳が現れた。

そのまますっと立ち上がる彼女。

その背中にはさっきまでガタガタ震えていた恐怖の色はなく、

アイドルとしての自信とプライドと、

見る者全てを(とりこ)にするようなオーラが満ちあふれている。

そしてそんな背中から生え出た光の翼で、

彼女は今にもこの部屋を飛び出し、

無限に光輝く星に満ちた大空に、

はばたいて行きそうな雰囲気だ。

その様子をシンプルに表現すると、こうなる。


 彩咲綾音が、降臨した。


 昨日ここでリハーサルをした時も彼女(・・)は姿を現したが、

本番前という事もあり、その神々(こうごう)しさは更にパワーアップしているように思えた。

その彩咲綾音はひとつ息をつき、至って真剣な眼差しで口を開いた。

 「いよいよ本番ですね、春香さん。私、由乃の為にも、精一杯の力を出し切ります!」

 そして相手の両手をギュウッと握る彩咲綾音。

ただしその相手は春香さんではなく俺だった。

その彩咲綾音に春香さんは冷静な口調でツッコミを入れる。

 「その人は沢凪荘の稲橋さんよ。私はこっち」

 「はひっ⁉ご、ごめんなさいっ!」

 春香さんの言葉に、顔を赤らめて慌てて俺から手を放す彩咲綾音。

由乃さんが眼鏡をかけないとほとんど何も見えないのと同様、

今の彩咲綾音も、周りの景色はほとんど見えてないのだ。

しかし、可愛いので許す。

むしろありがとうございます。

それはさて置き、そんな彩咲綾音の両肩に手を置き、

春香さんはまるで実の母親のように優しい笑顔を浮かべて(由乃さんの実の母親は、こんなに優しい笑顔は浮かべないというツッコミはしてはいけない)言った。

 「当分は休んでもらうつもりだったのに、私のワガママでまた呼び出したりしてごめんね?

今夜だけ、もう少し私のワガママに、付き合ってもらえる?」

 それに対して彩咲綾音は、はじける笑顔でこう返す。

 「もちろんです!私、春香さんとまた一緒にお仕事ができてとっても幸せですから!」

 その言葉と笑顔に感極まったのか、春香さんの目に大粒の涙があふれ、彩咲綾音をギュウッと抱きしめた。

う~む、春香さんが由乃さんの母親だったらよかったのにな。

いや、でもそれだと年齢的に無理があるか。

春香さんにも悪いし。

それはともかく、春香さんとの抱擁(ほうよう)を終えた彩咲綾音に、俺は遠慮がちに声をかける。

 「あ、あの、ライブ、頑張ってください。俺もフロアから応援してますから」

 すると彩咲綾音は今度は俺を春香さんと間違わず、ニコッと笑ってこう言った。

 「ありがとうございます!えと、稲橋さん、でしたよね?

ごめんなさい、私はこの通り目が悪いので、声でしか人を判断する事ができないんですけど、

確か以前、どこかでお会いしましたよね?」

 「あ、はい。この前のジェラード財団のパーティーで、その、ダンスを一緒に踊ってもらいました」

 「わぁ!やっぱりあの時の方だったんですね!

声を聞いた時、そうなんじゃないかなーって思ったんですよ!

実はあの時の事は由乃も覚えていて、あの子は今でも・・・・・・」

 「今でも?」

 「あ、いえ、何でもないです!それじゃあ私行きますね!」

 俺の問いかけをごまかすようにそう言い、彩咲綾音はそのまま部屋のドアに向かって歩いて行った。

そして、

 ゴン!

 そのすぐ横の壁に額をぶつけた。

目が悪いからね。

 「うぅ~・・・・・・」

 そしてその場にうずくまる彩咲綾音。

これはクイーンオブ天然ドジっ子の本坂夕香奈先輩にも全く引けを取らないドジっ子ぶり。

でも、可愛いからいい。

 ドジっ子は、そのドジっぷりが可愛いから、いいのだ。

 だからドジっ子はドジっ子のままで、いいのだ。

 何の話だ?

 と、ドジっ子について熱くなりすぎた自分にツッコミを入れていると、

彩咲綾音はすっくと立ち上がって部屋を出て行った。

そして足音が聞こえなくなると、春香さんがしみじみとした口調で言った。

 「綾音は、明るく、元気で、

誰からも好かれて、誰ともでも仲良くなれる、本来の由乃の姿なんです。

今は催眠術を使わないとそれを表に出す事はできませんが、

そんなものに頼らなくても、由乃自身が綾音のようになってくれればいいと、私は願っています。

そしてそうなれた時、彩咲綾音は本当の意味で、再びステージに戻る事が出来る。

私はそれを見守りたいと思います。

これは由乃自身が決めた事ですし、私は、あの子のマネージャーだから」

 その深い愛情に満ちた言葉に、俺は黙ってうなずく。

こんな思いやりにあふれた人に支えられて、由乃さんは本当に幸せ者だな。

物凄い喧嘩もするけれど、それもひとつの絆の形なんだろう。

 「では、私達も行きましょう」

 春香さんがそう言って部屋を出て行ったので、俺もうなずいて後に続いた。

 彩咲綾音の、一夜限りの復活ライブが、始まろうとしていた。

 あれ?そういえば美鈴のヤツは、一体何処に行ったんだ?



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