6 本人は失神寸前
「えと、これは、大丈夫なんですか?」
由乃さんのその様を見た俺は、傍らに立つマネージャーの春香さんに声をかける。
それに対して春香さんは、まるで何でもないというような口ぶりでこう返す。
「大丈夫です。ライブやテレビに出る前は、いつもこんな感じですから」
「そ、そうですか・・・・・・」
まあ、由乃さんの普段の言動から考えれば、こうなるのは当然と言えば当然だよな。
人と接する事自体が極度に苦手な彼女が、人前で歌ったり踊ったりするというのは、
地獄で針山を登らされるのに等しい苦行なのかもしれないしな。
なので俺は少しでも由乃さんを励まそうと、できるだけ明るい声で話しかけた。
「あ、あの、ライブ、頑張ってね?俺も応援するから」
それに対する由乃さんの返答はこうだった。
「だ、だだ、だいじょ、じょうぶです。わ、わた、わたし、しっかりと、うた、うたた、歌います」
「ホントに大丈夫⁉何か今にも気絶しそうだけど⁉」
取り乱す俺に、しかし春香さんは至って冷静に口を開く。
「大丈夫です。私の催眠術にかかれば、どんな人でも羞恥心や見栄やプライドを捨て去る事ができますから」
「何か捨ててはいけないものも入ってる気がしますけど⁉本当にそれでいいんですか⁉」
「いいんです。それに今日のライブでは、秘密兵器も用意してますから」
「ひ、秘密兵器?何ですそれは?」
春香さんの言葉に俺は思わず問い返したが、それに対して春香さんは、
「秘密兵器なので、秘密です」
と言い、それ以上は何も教えてくれなかった。
そうこうしているうちに本坂先輩がスタッフルームに顔を出し、
「もうすぐライブ開始の時間になるので、準備をお願いします」
と言って出て行った。
そして春香さんが前に沢凪荘でやったように、由乃さんに向かって
『綾音、仕事よ』
と言ってパチンと指を鳴らした。
すると、その時だった。




