4 土下座でお出迎え
バイトを終えた俺と美鈴は、あの女の人に後をつけられていないか用心しながら沢凪荘に戻った。
そして沢凪荘の玄関の引き戸を開けると、
由乃さんが三つ指をついて土下座していた。
「ど、どうしたのよ由乃さん⁉」
由乃さんの姿に驚きの声を上げる美鈴。
その美鈴に向かって、由乃さんは自分の額を床にこすりつけるような勢いで言った。
「美鈴さん!今日はあんな口答えをしてしまい、本当にすみませんでした!
美鈴さんは私に親切にしてくれた恩人なのに、私、私・・・・・・」
それを聞いた美鈴は慌てて由乃さんの元に歩み寄り、
今にも泣き出しそうな由乃さんの肩にそっと手を置いて言った。
「バカね、そんな事気にしなくていいのよ。
私の方こそあの時はついムキになって、声を荒げたりしてごめんね?
私、由乃さんの事好きだよ?だから仲直りしよ?ね?」
美鈴が優しくほほ笑んでそう言うと、由乃さんは顔を上げ、
「み、美鈴さん・・・・・・」
とつぶやき、一筋の涙を流した。
「ほら、泣かないで。そもそも私達、ケンカした訳じゃないんだから」
そう言って自分のハンカチで由乃さんの涙をぬぐう美鈴。
まあ、二人が無事に仲直りができてよかった。
さて、それはそれとして、俺はひとつ咳払いをして由乃さんに言った。
「あのぅ、こんな時に口を挟んで悪いんだけど、実は由乃さんに言わなきゃいけない事があるんだ」
するとそれを聞いた由乃さんはカッと目を見開き、俺に食いかかるように言った。
「なっ⁉ま、ままままさか、美鈴さんにあの(・・)事を話したのですか⁉
私の話を盗み聞きした上に、それを美鈴さんにもバラすなんて、稲橋君は悪魔の手先ですか⁉」
「違うわい!しかも色々と誤解を招く表現はやめてくれないかな⁉
俺は決して盗み聞きをした訳じゃなくて、由乃さんが勝手に俺に話しただけだからね⁉」
俺が焦りながらそう言うと、それを聞いていた美鈴が一転して冷たい表情になって俺に尋ねる。
「ちょっと稲橋君、あの事ってどの事?それって私が聞いたら都合が悪い事なの?」
「あ、いや、その、えと、都合が悪いと言えば、都合が悪いかもな・・・・・・」
引きつった笑みを浮かべ、俺はそう答えるのが精一杯だった。
まさか由乃さんの正体が彩咲綾音だと言って信じるかどうかも分からないし、
信じたら信じたで、大変な事になりそうだしな。
とか思っていると、美鈴は
「ふぅ~ん、まあ別に、いいけど。
稲橋君と由乃さんがどんな内緒話をしてたって、私、気にならないし」
と、気にならないようには見えない様子でそう言い、プイッとそっぽを向いてこう続けた。
「そんな事より、由乃さんに言わなきゃいけない事があるんじゃないの?」
「お、おお、そうだったな」
美鈴にそう言われて気を取り直した俺は、由乃さんをまっすぐに見据えてこう言った。
「実は今日、俺と美鈴のバイト先に、由乃さんのお母さんらしき女の人が訪ねて来たんだよ」
するとそれを聞いた由乃さんは
「ひっ⁉」
と声を上げたかと思うと、踵を返して廊下を猛然と走り抜け、
自分の部屋の引き戸を開け放ち、中に飛び込んで再び引き戸を締め切ってしまった。
その間わずか五秒足らず。
そのあまりに突然の出来事に、俺と美鈴は目を点にして言葉を失ってしまった。
そして今の物音を聞いて、食堂の方から沙穂さんと矢代先輩も顔を出した。
「どうしたの?何だか凄い音がしたけど」
「今のヨッシー?もしかして聖吾お兄ちゃんが、ヨッシーに何かセクハラしたの?」
「そんな訳ないでしょ!」
矢代先輩の言葉に反射的に言い返していると、美鈴が俺の方に振り向き、神妙な口調で言った。
「よく分からないけど、由乃さんがあのお母さんに会いたくないっていうのはよく分かったわ」
「あら、由乃さんのお母様がいらっしゃってるの?」
そう言って沙穂さんが首をかしげたが、俺は首を横に振ってこう返す。
「いや、それらしき人が今日バイト先に来たんですが、
その事を由乃さんに話したら急に部屋に飛び込んじゃって、それで今に至るという訳です」
「ありゃまぁ、それじゃあヨッシーはホンマにお母ちゃんに会いたくないんかいな?
喧嘩でもしてるんかな?」
「それはわかりません。俺も詳しい事情は全然知らないし、それを本人に聞こうにも、
しばらくは部屋から出てきてくれそうにもありませんし・・・・・・」
俺がそう言うと、沢凪荘の面々はそれ以上言葉が出ない様子でお互いに顔を見合わせた。
すると、その時だった。
「それについては、私の方から説明します」
と言って玄関に現れた人物が居た。
春香さんだった。




