9 お腹は空いてません
ありえるな。
何なんだよ一体?
そんなに嫌嫌言ってたら話が前に進まないじゃねえか。
こうなりゃもう無理矢理にでも中に連れて行くしかない。
沢凪荘の前で風邪でもひかれたらかなわねぇからな。
なので俺はズカズカと沢凪荘の庭を抜け、門の外に出た。
すると門柱にしゃがんでもたれかかり、大きな赤のリュックをお腹に抱えた女の子が一人。
肩にかかる黒髪を左右に分けて三つ編みにし、目元には大きくて丸いフチの眼鏡をかけている。
お腹が空いて元気が出ないせいか、ひどく大人しそうな印象を受ける。
まあ彼女も色々辛い目にあっているようなので、それは仕方のない事なのかもしれない。
そう思ったら、今までの怒りもすっかり消え失せて、俺は下手な愛想笑いを浮かべながら彼女に声をかけた。
「あの、あなたは、山本由乃さんですよね?」
「ひっ⁉」
俺の声にひどく驚いた声を上げ、大きく目を見開いてこちらを見る彼女。
そして警戒心丸出しの物腰で俺に言った。
「ど、どうして私の名前を知っているんですか?」
「いや、春香さんに聞いたからですよ。
それよりお腹空いたでしょう?中に入って一緒に晩御飯を食べましょうよ」
俺はそう言ったが、彼女はリュックを抱える腕にギュッと力を込めてこう返す。
「いいえ、結構ですっ。私、お腹空いてませんから」
と彼女が言ったその直後。
ぐぅ~・・・・・・。
と、あえぐようなお腹の虫が、彼女の腹部から聞こえて来た。
そんな彼女が次に言った言葉はこれだった。
「お腹は空いていません!」
「はぁ・・・・・・」




