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沢(さわ)凪(なぎ)せ女(にょ)り~た5  作者: 椎家 友妻
第二話 縮まらない距離と、新たな入居者
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8 嫌です

 彼女は沢凪荘の門柱の影に隠れ、少しだけ顔を出してこちらの様子をうかがっている。

暗いので顔はよく見えないが、その挙動不審(きょどうふしん)ぶりは、

夕方俺と春香さんの後をつけていた山本由乃さんと全く同じなので、

恐らくあそこに居るのは彼女なのだろう。

はて、どうしよう?

このままうかつに彼女に近づくと、野生の小鹿のごとく、彼女は逃げ出してしまうんだろうか?

とすると、野良猫を手なずけるように、できるだけ優しい口ぶりで声をかけた方がいいんだろうか?

前者よりも後者の方が失敗する確率は低いように思えたので、

俺はできるだけ優しい口調で、門柱に隠れる彼女に声をかけた。

 「あのぉ、こんばんは。

えと、俺、この沢凪荘に住む稲橋聖吾っていいます。

そのぉ、もうすっかり日も暮れちゃったし、沢山(たくさん)歩いて疲れたでしょう?

よかったら中に上がりませんか?

管理人さんがおいしい晩御飯を用意してくれてますよ?」

 俺は精一杯優しい口調で、

しかも泣きわめく赤子もほほ笑むような(ほが)らかな笑顔(だと自分では思っている)を浮かべながらそう言った。

が、それに対する彼女の答えはこうだった。

 「嫌です」

 にべもないとは正にこの事だ。

彼女、山本由乃さんは門柱に身を隠し、

俺の顔を見ようともせず、

愛想も素っ気もない口調でそう言った。

その態度と言葉に俺はカチンと来て眉がピクンとなったが、

それでも何とか笑顔を絶やす事なくこう続けた。

 「そんな事言わずに。あなたのお連れの人も心配してますよ?

ちょっと(どころではない)喧嘩をしちゃったらしいですけど、まあ一緒に居ればそういう事もありますよ。

お連れの人も後悔してるみたいなんで、おいしいご飯を食べながら仲直りしませんか?」

 いやぁ、我ながら成長してるわぁ俺。

以前の俺なら完全に声を荒げてる所だもんな。

それをグッとこらえて優しく語りかけるあたり、少しは大人になれたって事かもしれない。

これも美鈴としょっちゅう言い合いをしているおかげかもな。

等と自分の我慢強さに感心している俺に、彼女が次に返した言葉はこれだった。

 「嫌です」

 はい今日二度目の『嫌です』いただきました。

いや~、凄いね。

さっきと全く同じで愛想も素っ気も色気もない(色気は要らないか)。

立て続けにこうもキッパリと突っぱねられると、カチンと来るのを通り越してコチンと来たわ。

これはもう交渉の余地なしっていうやつなんじゃないのか?

 とか考えていると、

 「ヘクション!」

 と、門柱の外でクシャミをする彼女。

ほらほら寒そうじゃないか。

夏が近づいているとはいえ、田舎の夜は冷えるんだよ?

そんな所に居たら本当に風邪をひいちゃうよ?

なので俺は菩薩(ぼさつ)のような慈愛(じあい)に満ちた心と、

聖母のような優しいほほ笑みを浮かべ(ていると自分では思っている)、

ゆっくりとした足取りで彼女に歩み寄りながら言った。

 「だいぶ冷えてきたでしょう?まずはお風呂に入ってあったまりませんか?

その後においしいご飯を食べて、あったかいお布団でぐっすり眠る。

ここは建物こそボロいですが、楽しく暮らすには何不自由のないいい所ですよ?」

 ここまで言われたらどれだけ引っ込み事案な人間でも

『じゃあ、少し上がらせてもらおうかしら?』

ってなるでしょうが?

しかし彼女が再び口を開いた時、そこから出た言葉はこれだった。

 「嫌です」

 はい三度目の『嫌です』が出ましたね。

野球なら猛打賞、サッカーならハットトリックだよこれ。

こうなるともうコチンすら通り越してブチンと来たね。

もうあの子には何を言っても『嫌です』って言われそうな気がする。

こんな具合に。


 『最近だいぶあったかくなってきましたねぇ』

『嫌です』

 『そろそろ夏物の服も用意しなくちゃいけませんねぇ』

『嫌です』

 『今年こそは阪神タイガースに優勝して欲しいですねぇ』

『嫌です』



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