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沢(さわ)凪(なぎ)せ女(にょ)り~た5  作者: 椎家 友妻
第二話 縮まらない距離と、新たな入居者
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6 彼女は入って来ない

 「ええと、見た目通りのボロアパートですが、とりあえず中にどうぞ。

彼女は、呼びに行った方がいいんでしょうか?」

 俺が山本由乃さんの方を見やったまま尋ねると、春香さんは首を横に振って言った。

 「いえ、無理矢理連れて来ようとすればかえって逃げようとするので、

ここはあの子が自分の意志でここに来るまで待ちましょう。

その間にここの管理人さんにご挨拶をしたいので、先に上がらせていただいてよろしいでしょうか?」

 「はぁ、わかりました」

 俺はとりあえず春香さんを沢凪荘の中に招き入れ、管理人の沙穂さんと、

先に帰っていた矢代先輩に彼女を紹介し、事のイキサツを簡単にまとめて説明した。

沙穂さんに山本由乃さんの入居を拒否する理由はなく、

矢代先輩も快く納得してくれて、あとは本人がここに来るのを待つだけとなった。

 そして、二時間後―――――――

 山本由乃さんはついに沢凪荘の中に・・・・・・・。


 入って、来なかった。


 そう、入って来ないのだ。

彼女は確かに俺と春香さんの後について来ていて、今も沢凪荘の近くに居るはずなのだが、

あれから二時間ほど経ち、すっかり日も暮れた今も、彼女が沢凪荘の中に現れる様子はない。

沙穂さんは夕食の準備の為に台所に行き、

矢代先輩は待ちくたびれてそのまま畳の上に寝転んで眠りこけている。

美鈴はまだバイトから帰って来ないけど、そろそろ戻って来るかもしれない。

一方の春香さんは、どれだけ待っても現れない山本由乃さんに相当イライラしている様子で、

整った眉を怒りにゆがませている。

自分の意志でここに来るのを待つと言った手前、意地でもここを動かないというつもりだろうけど、

そんな春香さんを前にいたたまれなくなった俺は、おずおずと彼女に声をかけた。

 「あの、もうそろそろ迎えに行ってあげた方がいいんじゃないですか?

このままじゃあいつまで経っても彼女は中に入って来ませんよ?」

 しかし春香さんは、俺の言葉に固く腕組みをしながらこう返す。

 「いえ、その必要はありません。

さっきも言いましたが、あの子には自分の意志でここに来て欲しいんです。

それは新しい環境に、自分の意志で踏み出すという事。

そのささやかながらも自分で踏み出した一歩が、

これからあの子が自分自身で未来を切り開いて行く事につながるのです」

 「だけど、彼女が超が付くほどの引っ込み思案で引きこもりだという事は、

さっき春香さんが教えてくれたじゃないですか。

確かに自分の意志で一歩を踏み出す事はとても大事な事ですけど、

それができない時は、身近な人がそっと背中を押してあげる事も必要なんじゃないですか?」

 俺は遠慮勝ちにそう言ったが、春香さんは一層語気を荒げて言った。

 「それじゃあダメなんです!

私はあの子に、もっともっと高く飛んで欲しいんです!

その為にはどんな難関も、自分の力で乗り越えていけるようにならなければならないんです!」

 「は、はぁ・・・・・・」

 春香さんのあまりの迫力に、そう声をもらしながらたじろぐ俺。

高く飛ぶとはどういう意味だろう?

山本由乃さんは、陸上の高跳びでもやっているんだろうか?

春香さんと山本由乃さんって、本当にどういう関係なんですか?

とは聞かず、俺は話の切り口を変えて春香さんに言葉を続けた。

 「ところで、日もすっかり暮れちゃったし、あのまま彼女を外でウロウロさせておくのは、

彼女の意志ウンヌン以前に、単純に危ないですよ?

いくらここが田んぼと畑ばかりの田舎とはいえ、変質者が出ないとは限りませんし、

春が深まったとはいえ夜は冷えますし、

そんな所に女の子が一人たたずんでいるというのは、

安全面でも健康面でも、あまりよくない気がするんですけど?」

 するとそんな俺の言葉がいくらか()いたのか、春香さんはさっきの勢いがすっかりしぼんで、

グッとたじろぎ、うつむき加減になりながら言った。

 「だけど、今更私が迎えに出るのも間が悪いというか、

タイミングを逃しているというか、その、ゴニョゴニョ・・・・・・」

 何だか春香さんがゴニョゴニョ言っている。



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