3 鏡先生の要件
その日の昼休み。
鏡先生に呼び出された俺は、職員室にやって来た。
そして「失礼しまーっす」と言いながら職員室の中に入ると、鏡先生の居る席の所に先客が居た。
その人は数学の菅川珠江先生と同年代くらいの女性だった。
しかしポヤッとしていておっとりしている珠江先生とは対照的に、
その女の人は凛としたオーラを放ち、鋭く切れ長な瞳からは、男顔負けの力強い光が放たれている。
ほのかに茶色い豊かな髪を後ろでお団子に結いあげ、
スラッと引きしまった体躯は、紺色のスーツに包まれていた。
はて、誰かの保護者だろうか?
でも俺達世代の親にしてはちょっと若すぎるよな?
じゃあお姉さん?
どっちにしても、鏡先生に何の用なんだろう?
俺は別に聞き耳を立てる訳じゃないけど、職員室の端に立って鏡先生を待っていると、
その女の人と鏡先生のやりとりがチラチラと聞こえて来た。
「それでは、学生寮の方はもう空きがないという事ですね?」
女の人の言葉に、鏡先生が申し訳なさそうにこう返す。
「はい、この学校は他県からの生徒も多く居るので、学生寮はすぐに満室になってしまうんですよ」
「そうですか、それは困りましたね・・・・・・」
どうやらあの女の人は、この学校の学生寮の事について話しているようだ。
そういえば鏡先生は、学生寮の管理人もしていたからな。
誰か身内の人をこの学校に転校させるんだろうか?
等と考えをめぐらせていると、俺の姿に気がついた鏡先生が、何か思いついたように女の人に言った。
「そういえば、彼が住んでいる沢凪荘なら、まだ空き部屋があったはずです。
建物がかなり古く、住人もちょっと個性的な人が多いという話ですが、
そこでよければ、そちらに入居していただく事は可能ですよ」
「この際贅沢は言ってられません。その沢凪荘という所に入居させてください」
女の人がそう言うと、鏡先生は
「わかりました」
と答え、俺の方に振り向いて言った。
「稲橋、ちょうどいい所に来てくれた。
実はこちらは今度この学校に来る転校生の保護者の方なんだが、
あいにく本館の学生寮には空きがなくてな、
沢凪荘に入居してもらう事になったから、すまないが放課後、
彼女とその転校生を沢凪荘まで案内してもらえないか?」
「はぁ、まぁ、今日はバイトも休みなんで構わないですけど、その転校生の子は何処に居るんですか?」
俺が尋ねると、その女の人は少し表情を曇らせながら言った。
「学校の前で待たせています。
あの子は人見知りが激しくて、あまり人が大勢居る場所には来たがらないので・・・・・・」
「そ、そうなんですか」
そんな人間があの沢凪荘の賑やかな住人達と共同生活なんかできるんだろうか?
と、内心不安に思いつつも、俺はここに来た本題に入るべく鏡先生に尋ねた。
「ところで鏡先生、先生が俺をここに呼び出した要件ってこれだったんですか?」
すると鏡先生はさっきよりも真剣な眼差しで俺を見つめながら言った。
「いや、そうじゃないんだ。実は今度の日曜日だが、先生とデートを――――――」
「お話はこれで終わりみたいですね。それでは失礼します」
俺は鏡先生の言葉を強制的に打ち切り、職員室を後にした。
それにしても、沢凪荘に新しい住人かぁ。
一体どうなる事やら。
あ、そういえば転校生って、男?女?まぁ、放課後になれば分かるか。




