2 お通夜のような教室
学校に到着し、教室へ入ると、教室の中はまるでお通夜のようにドンヨリと暗い雰囲気に包まれていた。
おそらく原因は彩咲綾音のアイドル活動休止のせいだろう。
昨日彩咲綾音の事で熱い議論を戦わせていた、
玉木を始めとする男子生徒達が自分の席で座り込んでうなだれ、
燃え尽きたボクサーのように真っ白になっている。
そのあまりの暗さに、彩咲綾音のファンじゃない生徒達も、陰気な気持ちになっているようだ。
ちなみに一足先に学校に来ていた美鈴も、自分の席で燃え尽きたボクサーになっている。
そんな美鈴を尻目に自分の席に着くと、
クラスメイトの横溝流衣が、頭をポリポリかきながらやって来て言った。
「ちょっとどうしちゃったのよ美鈴は?稲橋君が無理矢理テゴメにでもしたんじゃないの?」
「するかっ!そうじゃなくて、こいつが大好きな彩咲綾音がアイドル活動を休止する事になったんだよ」
俺がそう言うと、横溝流衣は教室一帯を見渡して呆れた声を上げる。
「そういやあ夕べからテレビで言ってるわね。
こんな田舎町の学校にまで影響がある辺り、流石は国民的人気アイドルって事かしらね」
「生ぬるい!」
そう言っていきなり口を挟んで来たのは、ついさっきまで自分の席で燃え尽きていた玉木だった。
その顔色は青白く、髪の毛も心なしか白髪になっているような気がする。
その玉木に俺が、
「生ぬるいって、何がだよ?」
と問いかけると、残りわずかな命を絞り出すような口調で言った。
「綾音ちゃんはな、国民的人気アイドルなんて陳腐な表現で言い現せる存在じゃないんだよ!
綾音ちゃんは、俺達の枯れ果てた砂漠の心を潤してくれるオアシス。
パンドラが開けた箱に残されたひと欠片の希望。
彼女が居なきゃ、俺達は何を糧に生きていけばいいのか分からないんだよ」
「でもお前、彩咲綾音はデビューした頃の方がよかったって言ってたじゃねぇか?」
「そうだよ!だからかつての神秘的なまでの輝きを放っていたあの頃の綾音ちゃんに戻って欲しくて、
俺はずっと彼女を見守っていたんだ!
だけどアイドルを辞めちまったら、それ自体が叶わなくなっちまうじゃないか・・・・・・」
そう言ってガックリとその場にひざまづく玉木。
その目からあふれた涙が教室の床に滴り落ちる。
そんな玉木の姿を見て、他の彩咲綾音ファンの男子達も自分の机に顔を突っ伏して泣いている。
何だよこの光景は?
皆どんだけ彩咲綾音が好きなんだよ?
そう思いながら茫然としていると、担任の鏡先生が教室に入って来て、教室の中を一通り見渡して言った。
「フム、どうして教室の中がこんな悲愴な空気に包まれているのかは大体は見当がつく。
人気アイドルの彩咲綾音が突然アイドルとしての活動を休止すると発表して、
そのファンの者は悲嘆に暮れているのだろう。
だがな、そんなお前達に先生は言いたい。
自分にとって本当に大切で愛するべき存在は、身近な所に居るものだと」
そして鏡先生は俺の方に振り向き、改めて言った。
「本当に愛すべき存在は、自分の身近に居るものなんだ!」
そうなんだろうけどこっちを見て言うな!




