1 何を言っても裏目
翌日の朝。
昨日の喧嘩で美鈴はいつもの調子に戻ったかと思ったけど、
食堂に顔を出した美鈴は、魂が抜けたように目がうつろだった。
こういうのを死んだ魚の目と言うんだろうか?
これがマンガなら、口から煙のような魂が、フヨフヨと漏れ出ているのだろう。
今の美鈴はまさにそんな感じだった。
テレビには夕べの彩咲綾音の記者会見の様子が映っていてたが、
それを見るでもなく、美鈴はペタンとちゃぶ台の前に座り込んだ。
そんな半死半生のような有様の美鈴の正面に座った矢代先輩が、心配そうな顔で呟く。
「かわいそうにみっちゃん。
大ファンやった彩咲綾音ちゃんがいきなりアイドル辞める事になったのがよっぽどショックなんやなぁ。
しかも聖吾お兄ちゃんは冷たい事言うし、泣きっ面にハチとはまさにこの事やなぁ」
「何でですかっ。彩咲綾音がアイドルを辞めるのは俺のせいじゃないでしょう」
俺は抗議の声を上げるが、美鈴の耳には全く入っていないようだ。
そこにご飯茶わんが乗ったお盆を持って現れた沙穂さんが、ちゃぶ台にそのお盆を置きながら口を開く。
「それにしても、こんなに人気があるのに、どうして突然活動休止って事になったのかしら?」
「この記者会見では、一身上の都合としか言うてないからなぁ。
テレビのコメンテーターは色々好き勝手な事言うてるけど、ホンマの所はよく分からんみたい」
矢代先輩がお盆の茶碗を皆に配りながらそう言うと、美鈴がポツリと呟いた。
「きっと、皆には言えないようなやむを得ない事情があるんだと思います。
綾音ちゃんは、人に迷惑をかけるようなスキャンダルを起こす子じゃないし」
そうかぁ?
アイドルなんて、いや、人間なんていくら表面はよくても、
その腹の中はどんなもんか分かったもんじゃないぞ?
むしろいい人そうに見えるのに限って、案外腹黒かったりするからな。
とか言うとまた美鈴がカンシャクを起こしそうだし、
夕べは俺もちょっと言い方が冷たかったかなと反省しているので、
俺は美鈴をはげまそうと思ってこう言った。
「まあ、そう落ち込むなよ。
休止って事は完全に辞めた訳じゃないんだから、気長に待ってりゃまた復活するよ」
が、その言葉が逆に気に障ったらしく、美鈴は俺に怒りの声を上げた。
「綾音ちゃんの事何も知らないのに、勝手な事言わないで!」
チクショウ!
何を言っても裏目に出るじゃねぇか!




