血
「ケンちゃん、今日は仕事どうだった?」
おかずに箸を伸ばそうとすると、祖母から声がかかった。
「うん、大丈夫……」
僕は答えた。そして、しばらく祖母のほうに顔を向けていた。
祖母はどこか寂しそうに笑っていたが、やがて漬物に箸を伸ばした。
「はぁ……」
正面からため息が聞こえた。ちらっと盗み見ると、叔母は箸を持ったまま硬い表情をしている。僕は、なんだか申し訳ないような気持ちになった。
「お姉ちゃん、ご飯食べないの?」
叔母のまだ箸を付けられていない食器を見て、母が口を開いた。
「食欲ないの……」
俯いたまま叔母が言った。
「麻子、薬は飲んだの?」
祖母が訊ねると、
「……ん? 飲んだよ」
少しの間をおいて叔母が答えた。
それきり食卓は静かになった。
「わたし、後で食べる」
叔母はそう言って席を立つと、隣の部屋に入っていった。
「ちょっと、嫉妬なのかね」
しばらくして、母は折を見たように、小声で祖母に囁いた。
「そうなんだねえ」
祖母は俯きながら何度か頷いた。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった僕は、食器を持って席を立った。そして流しで洗い物を済ませて、最後にもう一度「ごちそうさまでした」と居間にいる祖母に向かって言った。
「はいよー」
母と会話をしていた祖母が振り返って答えた。祖母は僕が喋るとき、いつもこうして顔を振り向けてくれる。
二階の部屋に上がり、明日の目覚まし時計をセットする。会社のことを考えるといつも憂鬱な気持ちになる。気分を変えようとパソコンを開いてみるが、いじり始めた時は調子がいいものの、時間が経つにつれてだんだんとつまらない気持ちになった。
何もする気が起きなかった。何も言葉が出てこないような気がした。
そのうち階段を上る音が聞こえてきた。そして隣の部屋のドアが開く音がした。隣は叔母の部屋だった。
僕は自分の中に流れている血のことを考えた。




