かぐや姫の世界にタイムスリップ
「かぐや姫」
私はこの話が小さい頃から好きだった。
昔々或るところに、お爺さんとお婆さんが住んでいた。ある日、竹を切りに行くお爺さんが光る竹を見つけて、それを切ってみたら小さな可愛らしい女の子が出てきた。子供のいないお爺さんはそれを喜びおばあさんに見せに行くと言って家に連れて帰った。2人は可愛らしい女の子をかぐや姫と名付け、大切に育てることを決めた。それからお爺さんは光る竹を見つけては小判がザクザクと出るようになりいつの間にかお金持ちになった。大きくなったかぐや姫に5人の男の人が求婚を求めた。彼女は1人目の男に仏の御石の鉢を、2人目には輝かしい枝を、3人目には火鼠の皮衣を、4人目には龍の首の五色の珠を、そして最後の人には燕の子安貝を持ってくるよう命令した。5人とも失敗し、泣く泣く諦めることとなった。そんな様子が帝にも伝わり、使いを派遣し再三の説得を試みたが、ことごとく拒絶された。三年の月日がたった頃、かぐや姫は月を見て物思いにふけるようになった。お爺さんが「どうしたものか」と尋ねれば訳を話しお爺さんとおばあさんはそれに驚いた。その話は帝にも伝わり、満月の日にはかぐや姫を守ろうとしたが、戦うこともできず帰って行ってしまった。
卒業論文の資料探しという名目で部屋の掃除をしていると、一冊の本が落ちてきた。高田美都は懐かしいそれを広げかつての憧れだった主人公にうっとりした。どこが憧れって聞かれれば美都は「媚びないところ」とでも言うだろう。5人もの人に求婚され、おまけに帝までがやってくるとはいくら地球の人ではなくても素晴らしいことではないか。美都はなぜこの主人公はそこまでして断ったのか不思議に思ったことがある。もし私が彼女だったら受け入れていたのだろうか、それとも同じようなことをしていたのだろうか。
そんなことを考えながら美都は本を閉じ、棚にしまおうと立ち上がった。
「あれ…?」
いつもの立ち眩みが彼女を襲った。目の前は真っ暗となり頭がぼうっとする。壁に頭を当て視界がよくなるまでゆっくりと目を閉じた。だがその立ち眩みはいつもと何かが違っていた。
漸く気持ち悪さも頭痛も収まり目を開けるとそこは自分の部屋とは全く違っていた。木でできた大きな太い柱や和紙でできた襖など見渡す限り教科書に載っていそうな1000年以上前のものだった。だけれどその絵柄よりも更に煌びやかで華やかさも感じられる。
「ここは…?」
自分の服装がいつものジャージではなく着物だった。その綺麗な柄を眺めたり生地を触っているとどこからか声がした。
「姫様!」
美都は眉を顰めその声がするほうへ行こうと襖に手を伸ばした途端、勢いよく開けられた。
「姫様!」
もう一度その人は外で聞こえた声とそのまま発した。
「え?」ぽかんと口を開けた美都は
「ちょっと…え?…何?」
と間抜けな声を発してしまった。その美都の顔を不思議そうに眺めながらその女中のような人はあれこれ何かを早口で話し始め
「…姫様、大変ですよ」
と慌てた様子でずっと話していた。何が何だかわからない美都はただぽかんと話している口元を見るだけだった。
「…っていう罪で、地球に島流しですよ」
「…地球?」
(じゃ、ここはどこよ?)
更に首を傾げそうになる美都をほっときながら、唾を飛ばそうがなんだろうがその人は話している。
次の日、目を覚ますと今度は真っ暗なところにいた。
「島流し?」一体私は何をしでかしたのか、考える時間はたっぷりあった。だけれどまったく見当がつかず頭が真っ白になるだけだった。それに今いるこの真っ暗な世界、空間が狭くて仕方がない。手足を縮こませ詰めて入れられているような感じがした。
「はて?これは…」
近くで声がし、耳を澄ます。勢いよく何かが切れる音がし、思わず閉じていた目を開けた。竹を頭上で切られたのが怖く泣いてしまった。その鳴き声は赤ん坊のようでどう言葉を変えても「おぎゃ」には変わりなかった。
「可愛い赤ん坊じゃ、婆さんに見せてやろう」
そうそのお爺さんは言うと美都を抱え、近くに落ちていた籠を背負って小屋へ向かって歩き出した。
「婆さんや。かわいいお土産じゃ」
そう言って扉を開き、中にいるお婆さんにほくほくと満足げに見せた。そのお婆さんは美都を眺め喜んで抱きかかえた。
「可愛い子だこと。名は何にいたしましょうか」
「そうじゃな…」
「かぐや姫はどうじゃろう」
「よき名ですわね」
美都はその言葉に反応した。自分がここにいた理由がなんとなくわかった。
(私の望みが叶ったんだ…)
あのお話の通りにことが進んでいる気がした。そんなある日、お爺さんは奇妙なものを見つけたと言って家に帰ってきたことがあった。耳を澄ませば
「竹の中から不思議なものが出てきたということだった」
小判や美しい布などではもう驚かないお爺さんは手に何かを持っていた。
(それは)
美都はお婆さんの手からコロコロと転がり落ち、寝そべりながら両手でそれをつかもうとした。
「かぐや姫や、これが気になるのか」
でもまだ早いと言われたが、それは美都が未来にいたときに持っていた本だった。ようやくゲットすることができた美都はそれを抱え、疲れて眠ってしまった。
「急に動くからびっくりしましたよ」
「だけどあれは何だったんだろう」
「さぁ、私にもわかりません」
その次の日、2人の老夫婦に大切に育てられ赤ん坊になった美都はいつの間にか3歳の女の子になっていた。ものが話せることにほっとし、戻ってきた本を眺めた。
「私、このお話の主人公になったの?」
絵の通りの服を着ていることにも驚きで、外に出れば東京とは全く違う田舎のようだった。家にはテレビもガスコンロも何もなく、その代わりにかまどだの不思議なものが並んでいた。
「かぐや姫ちゃん、遊びましょ」
家の掃き出しになっている所で本を膝の上に置き、足を延ばして外を眺めていた美都に誰かがそう声をかけた。見れば美都と同じくらいの女の子が数人走って来ていた。
「何をしているの?」
近寄ってきて美都座っている横に腰掛け、その女の子たちは聞いてきた。
「何もしていないのよ」
「それはなぁに?」
女の子たちは本を指さし、美都は笑ってごまかした。
「何して遊ぶ?」
夕方の日が暮れるころまで女の子たちの笑い声はやまなかった。
数日後、お爺さんはお婆さんとかぐや姫を連れて貴族が暮らすようなお屋敷に連れ、ここに住むよう言った。広く砂ぼこりもあまり立たないその家に美都は喜んだ。貴族らしさを追求し、美都は以前やってみたかった琴や和歌を詠むなどを試みた。初めての経験で心は踊り、誰もが物覚えの速い娘だと褒めるほどだった。元のジャージ姿が懐かしく思ったが、着物も着物で成人式を思い出すため楽しく、かぐや姫になったこの場所でも成人の儀のようなものが行われたときは、楽しくて仕方がなかった。そんな様子を面白おかしく眺めていたお爺さんはかぐや姫の成長ぶりに驚いていた。先日竹から出てきた女の子がいつの間にか13歳くらいの女の子になり、髪は黒く長く綺麗なストレートで、どの男の人も美しいと言えるような女の子になった。
そんなある日、お爺さんの家に6人の人が交互にやってきた。どれも美都が本で読んだそのままの人でセリフも求婚の仕方も同じだった。だけれど最後の6人目の男の人は本に載っているのでもなくこの時代の表現にも見えず全く違っていた。美都はチャラそうな五人の表現方法が気に入らず本の通りに1人目の男に仏の御石の鉢を、2人目には輝かしい枝を、3人目には火鼠の皮衣を、4人目には龍の首の五色の珠を、そして最後の人には燕の子安貝を持ってくるよう命令した。すかさず5人は「きっとお持ちいたします」と言って浮かれた様子で家を出て行った。最後にやってきた6人目は名前を葵と言った。歳は15,6くらいで現代のような美男子だった。烏帽子を着た姿も他の誰よりも見違えるほどの美しさを持っていた。美都は彼に一目ぼれをし、返事を出そうとしたが、お爺さんに断られてしまった。聞けば葵という青年はここらでは見たこともない人だというのだった。会うことも禁じられ、お爺さんにどうすることもできないかと説得を試みたがはねつけられてしまった。その夜美都は自分の部屋で泣きじゃくっていた。そんな娘を見て哀れに思ったお婆さんは手紙を送ったらどうかと提案した。その言葉に大いに喜び、待女に頼んで葵に送ることにした。
二人の手紙は長く続いた。それに彼の手紙はどこか懐かしく難しい古語のようなものは一切なかった。
『手紙ありがとうございます。急に君の家に行ってしまってすみません』
から始まる手紙からもしかしたらこの人も私と同じなのではないかと思った。自然と笑みが零れる美都を見てお婆さんは微笑んで陰から見ていた。
「私の名前…」
葵との手紙を書いているとき、現代の自分は思い浮かべることができるのにその「美都」という名前が浮かんでこないのを不思議に思った。誰にも相談できず、1日中思い出そうと悩んでいるときもあった。
『僕も本来はここの人ではないんです。君に初めて会った時もそうではないかと思いました。だけど僕も名前も前の記憶を思い出すことはどうしてもできないんです』
手紙の端の方に美都が書いたものの答えが書かれていた。
(葵君もそうだったのね)
同じような人がいたことに嬉しく思い、葵に対して高感を持つようになった。
『まさか、かぐや姫と呼ばれる君が僕と同じ立場だったとは驚きました。それにあの本のような人がいることも正直驚いています。そちらの生活は大変ですか?』
筆の使いが慣れていないのがわかる書き方で自分の思っていることをそのまま書いて送ってきたときは美都は笑った。美都自身も自分がまさかおとぎ話の主人公になったというのも不思議で「かぐや姫」と呼ばれるだけでも緊張してしまうほどだった。演じているように思えてくるこの生活は楽しくもあり、時には苦痛にも思えてくるのだった。多分葵自身もそう思っているのだろう。急にやってきたこの世界で生活様式も全く異なるこの中で生きていくのは大変なことに思われた。
そんなある日、帝と言われる人がぜひ自分の妻になってほしいと言ってきた。
美都自身興味は全くなく、丁寧に断ろうと待女として近くにいつもいる女の人に相談して手紙を書いた。その様子を見てお爺さんは激怒した。上様の申し出に断るとは何事だと顔を怖がらせながら美都に
「早く承諾の手紙を書きなさい」と言った。
「私は、本当に愛してくれる人と結婚したいのですわ」
娘のことよりも世間体を気にするお爺さんには娘の言い分など全く聞き入れなかった。帝はそんなことで怒るような人物ではなかった。むしろより魅力的のある女性だと、美都がいくら断ろうと再三結婚の申し出を送ってきた。手紙だけではだめだと帝は自ら美都に会いにやってきた。
お爺さんに部屋を通され、見れば月の光で何やら下を見ているかぐや姫の横顔が見えた。手には何かが握られていてそれを読んでいるように見えた。
「何をお読みになっていらっしゃるんですか?」
かぐや姫の横に座り見たこともないそれを不思議そうに眺めながら彼は尋ねた。
「本ですわ。私、この話がとてもすきなんですの」
何の話だ?と彼は聞かなかった。笑って答えるかぐや姫横顔をただじっと眺めていた。彼女の透き通ったその声をもう一度聞きたいと思い、その時代ではどの女性もうっとりさせるような恋文を彼女にやさしく聞かせた。美都は
「かたじけなけれど汝の心地にはいらへせられぬなり」と返した。その言葉を聞き悲しそうな顔をするばかりか、自分には自信があるのか、彼は手紙のやり取りはしたいとどうしても引き下がらずかぐや姫はそれを承諾し、それから二人のやり取りは続いた。
それから数日後、夜になればかぐや姫は月を眺め泣きだした。
「満月の夜、貴女様の元へ使いを送ります。」
そういった声が月の方から聞こえた。周りの人だれにも聞こえないらしくかぐや姫だけに伝わっていると思うと、お爺さんもお婆さんも連れていけないためさらに泣きじゃくった。
「姫様、お手紙です」
次の日の昼間にいつもの待女が彼女のもとに手紙を持ってきた。
『紅葉がきれいですよ』
いつもの葵からの手紙だった。その中に一枚の綺麗に色づいた紅葉が入っていた。かぐや姫は涙を流し、手紙と一緒にあの本の間にそっと挟んだ。彼には言っておこうと返事の手紙に彼女はそう書いた。葵の元に届いたその手紙は涙で紙は濡れところどころ読みにくかったが、理解することができた。彼はそっと涙を流し、どう返事を書こうが悩みながら最後の手紙を書いた。
そのことを帝に知らされたのは次の日だった。その日は満月の日で彼は慌てて多くの兵士がかぐや姫の家の周りを守るように配置された。いつ来るのかと誰もが待ちきれず、もし来たとならばこの弓矢でうち殺そうと誰もがいきがっていた。
月のほうから雲の乗った人たちか現れ、外にいた人たちは目を見開きその姿を眺めるばかりだった。誰も戦いという気力が起きず、弓を放つ力も出ないまま、家の襖は次々と自然と開いた。かぐや姫はそっと表に出るとお爺さんとお婆さんは泣きながら彼女の裾をつかんだ。
「ごめんなさい、今まで育ててくれてありが…」
言い終わるか終わらないかのうちに、月の女中が彼女に羽衣を着せようとした。
「待ってください」
それを手で制し、かぐや姫は三人の人物に和歌を書き、近くにいた兵士に渡すよう命じた。その後すぐに天の羽衣を着せられ、今までの記憶が消えたかのようにかぐや姫の表情はなくなった。一切振り向きもせず別れの言葉も言わず、飛車に乗り込んだ。
月に帰った美都は地球の青い光を見ては自然と涙が流れ落ちた。地球での記憶は一切無くなっていた。現生の記憶も葵との思い出も消え、どうして泣いているのか全く分からなかった。いつも誰にでも厳しく当たり乱暴で恐れられていたかぐや姫が優しくなったと女中たちが驚くほどだった。それに物思いにふけっている彼女を見て美しいとさえ感じた。そんな夜、美都は急に意識を失った。
気が付けば、美都はかつて自分がいた部屋に戻っていた。時計を見ればあれから一分もたっていなかった気がする。寝ていたとも考えられないこの体験は何だったんだろう?ふと足元を見ると「竹取物語」の本が落ちていた。美都はそれを拾い上げページをめくった。一ページめくることに自分が体験してきたことが鮮明に思い出される。
「あ…」本の隙間から何かが落ち、それを拾い上げた。
鮮やかな紅葉だった。
3月になり、美都は大学を卒業した。あの卒業論文はかぐや姫について書き、教授に褒められ大絶賛だった。友人と卒業旅行どこに行こうかと計画を立てるため、卒業式の次の日に大学の近くのカフェに向かった。
「あれ?」
どこかで見覚えのある男の人が通ったな気がした。友達に「ちょっと行ってくる」と伝え慌ててその人の元へ駆けて行った。後姿が葵と被る。
「あの!」
間違いでもいい、そう思って思いきり美都は声をかけた。振り返ったその人は葵そっくりだった。
「かぐ…」
その人は小さな声でそう言った。美都は笑顔で本に挟んでいた紅葉を見せた。葵はさらに驚いた表情を見せた。彼も現代に生きる大学生の青年だった。歴史学に興味があり特にあの時代に興味を持っていた。ある日図書館で本を読んでいると頭をかち割ったような頭痛がし、気づけばあの時代に来ていたのだった。あの日はかぐや姫という名を聞いたとき、おとぎ話の人物が実際にいるのかと興味がわき、彼女の元に行ったのだった。そして先ほどの手紙には『月に帰らなければならない』と書かれており、あの話の通りで驚いたものの、彼女が自分と同じ境遇の女の子ということも知っていたので『その紅葉で僕を思い出してくれれば幸いです』とだけ書いた。いつか現世に戻ったら再会できるかもしれないと彼は思った。
そんなことを話しながら二人は再会を喜び、それからもずっと幸せに暮らした。