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空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~  作者: 静乃 千衣
第三章 シェルヴィステアのお城
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【閑話】ディオーナと光②

 ボンッ!


 暗い感情を抱えたまま一人で黙々と書類仕事をしていると、開発室の方から爆発音が聞こえてきて頭を抱える。


 ……自分たちで責任が負える範囲でと、僕は確かに言ったよな?


 ドア越しに、何か騒いでいる声が聞こえる。もしかしたら衛兵が来たのかもしれない。面倒だ。どうするべきか。


 ボンッ!


 再び爆発音がする。原因となる部分を探っているのだろうとは思うが、二度も爆発したのだから、諦めて描いた神呪を全て消せと言いたい。どのタイミングで言うのが効果的か……。


 ボンッ!


 ……そろそろ限界か。


 呆れ半分と怒り半分でため息が出る。火を扱う神呪が危険を伴うものだという認識が足りていない。ここは仕事場で、上には領主がいるのだ。万が一の事態も招いてはならないということが、何故分からないのか。


 苛立ちを全身で現す準備をしながらドアを少し開けたところで、声が聞こえた。


「アキちゃん。もうバレるの決定なんだから、今バレてもいいんじゃない?」


 ……「アキちゃん」?


 少しだけ開いたドアの隙間から部屋を覗くと、先ほどの少女が、机の上の神呪具を取り上げるところだった。


「この線が太いんだよ」


 ラウナが恐らく試しに描いていた神呪を、少し眺めたかと思うとあっさりとそう言い切り、流れるように神呪を描き直す。その場にあった神呪具で不便だろうに、瞬く間に描き上げるその姿を見て、全身に鳥肌が立つ。


 …………なんだ?今のは。


 神呪というのは実に細かくややこしい。人間が作り出した文字とは全く違う法則でできていて、正直、規則があるのかないのかすら分からないものも多い。だからこそ、神呪師はセンスと記憶力を求められるエリートであり、なかなかなれない職業であり、挫折する者が後を絶たないのだ。


 ……あれが、人間の技なのか?


「爆発したら問答無用ですぐに全部消した方がいいよ」


 簡単に言うが、神呪を消すにはそれなりの手順がいる。神呪によっていくつかのパターンがあるので、消そうとしている神呪がどの類いかを解析して、どの部分から消すかきちんと計算しなければ、途中で暴発してしまう恐れがある。すぐにというわけにはいかない。


 ……あんな一瞬見ただけで、そのポイントが分かるのか?


 思わず身を固くしてじっと凝視していると、少女は何事もなかったかのように護衛と共に去って行った。


「…………ハァ」


 知らぬ間に、呼吸を止めてやや引き気味にドアの隙間から見ていた自分に気づき、そっとドアを閉じると、大きく息を吐き出し、そのまま深呼吸する。開きっぱなしで乾燥した目をギュッと閉じて涙を行き渡らせる。こんなところ、神呪師たちに見られなくて良かった。先ほどの自分の腰が引いた状態を思い出して胸を撫で下ろす。それにしても。


 …………あんなものが、何故今まで放置されていたのだ!?


 鳥肌がまだ収まらない。昔、自分が天才だと思っていた二人を思い起こす。あの二人の娘だと聞いていたが、冗談だとしか思えない。


 ……あの二人は、それでも人間の範疇だったぞ!?


 あの娘はなんなのだ。3歳で神呪が描けたとか、センスが並外れているとか、最早そういう類いの問題ではない。

 神呪は神の文字だ。神の言葉であり、神に律されるべきものだ。その切れ端のようなものを、僅かに人間が掴み、真似て使用しているに過ぎない。なのに。


「まるで、その文字を知っているかのように……」


 ……アンドレアス様は、あれをどうするつもりなのか。


 神呪開発室長はこの僕だ。開発室で預かる以上は彼女は僕の管轄だ。だが、自分にあれを御せる自信が持てない。

 アンドレアス様がどこまで知っていて、どこまで計算しているのかを確認しておかなければならない。






「ラウレンスです。失礼致します」


 アンドレアス様への面会許可はすぐに下りた。なにせ、あの少女への説得にもう少し時間がかかると思われていたのだ。説得という言葉が適切かどうかは置いておくとして。


「ああ。あの娘が聡い娘で助かったな」

「ええ。もっと年相応にごねられるかと思いましたが」


 こちらの言葉の裏にある意図を正確に読み取って切り返してくる胆力と、逃げ切れないことを瞬時に察する冷静さと回転の速さ。なるほど、女児であることを差し引いても、試験を受けさせれば、神呪のことを隠したまま囲い込んでもそれほど不自然には映らなかっただろう。直接は知らないが、アーシュという男は小賢しい手段が好きなようだ。


「拾い物だったな。ナリタカに感謝しなければ」

「アンドレアス様、ご相談が」


 そこで言葉を区切って周囲にサッと視線を流す。


「下がれ」


 アンドレアス様が軽く頷いて、片手を上げて退出を促す。

 室内に誰もいなくなったところで、部屋の主は体の力を抜いて背もたれに寄りかかる。


「……領主というのも疲れるな」

「まぁ、以前のように自由にはできないでしょうね」


 最近代替わりして領主になったばかりのアンドレアス様に苦笑気味に返す。


 領主の長男として生まれたアンドレアス様だが、その血は同時に王族でもある。しかも、年回り的には次期王候補ともなるため、この森林領の時期領主が誰になるのかは非常に繊細な問題だった。

 我々領民としては、領地のことを全く知らない者が、王族だからという理由だけで領主となることは不安でしかない。だが、次期王候補は現在数名しかおらず、簡単には辞退させてもらえなかった。密かに代替わりの準備を進めながらも、このままアンドレアス様がすんなりと領地を継げるのか、懐疑的な者も正直多かったはずだ。

 事態を動かしたのは、まさに例のランプだったと聞いている。


「……アンドレアス様、あの娘を今後どうなさるおつもりですか?」

「……どう、とは?」


 アンドレアス様の目が光る。ナリタカ様と何か約束があるということだったが、それは何をどこまで見越したものなのだろうか。


「先ほど、少し騒動を起こしていた開発室にやってきて、騒動を収めて出て行きました」

「ほぅ?」


 先を促すように、アンドレアス様が眉を上げる。


「神呪を描いておりました。が……正直、あれが人間の技とは思えません」

「と、いうと?」


 意味が分からないというように、アンドレアス様が眉を顰める。


「説明が難しいのですが……神呪というのは我々人間の言葉ではありません。法則が全く別のところにある、正に人智を超えた力の制御法なのです。人間にはその法則は理解できず、ほんの僅かに見え隠れする法則の一端を引きちぎって無理矢理使っているようなものなのです」

「ふぅん」

「それを、あの娘は、いとも簡単に制御しておりました。まるで、神の言葉が理解できているかのように」


 アンドレアス様がスッと目を細める。その表情の裏で何を考えているのかは読めない。所詮、僕はこの森林領に特化した神呪師だ。王都の、それも王宮などという縁もゆかりもないところでどんな攻防が行われているのかなど、知る由もない。


「正直な話、僕にはあの娘を制御することはできないと感じています。せいぜい、その知識を披露してもらって、自分たちが使えそうな部分だけかすめ取るくらいが関の山でしょう」

「……ナリタカは取り込むつもりのようだが?」

「僕はナリタカ様とはそれほど接点がありません。ですので、彼らがどのようにあの娘を御するつもりなのか想像もつきません。ただ……」

「ただ?」


 不安になるのだ。

 冷静で聡いあの娘の目が苛烈に揺れた瞬間を思い出す。両親の話に触れた時だった。ほんの一瞬だったが、武官でない自分にすら感じ取れるほどの殺気にも似た感情が叩きつけられた。


「あの娘は内に激しい感情を抱えています。余程、その心理の奥まで掴み取っていなければ、すぐに暴れ、逃げ出し、こちらにも害を及ぼしかねません。それだけの何かを、あの娘は持っています」


 養父が慎重に慎重に隠していた娘だと聞いた。あれだけのエネルギーを撒き散らす娘を、よくこれまで隠してこれたものだと感嘆さえする。そして、たしかに隠さねばならない娘だと納得もする。


「クッ……まるで、嵐だな」

「笑いごとではすみませんよ。小さい嵐ならまだしも、どこまで大きくなるのか分からない嵐の目です」


 まるで愉快だとでも言わんばかりのアンドレアス様に、呆れ、少しばかりの苛立ちを感じつつ嘆息する。この苛立ちは己の不安から来るのだと自覚している分、更に苛立つ。


 ……できることならば関わりたくなかった。


 今更こんな、自分の未熟さを思い知らされるような出会いはご免被りたかった。

 だが、そうも言っていられないことも分かっている。


「だが、あのランプがあれば、たしかに我が領は助かる。救われる命が格段に増えるだろう」

「…………そうですね……」


 ………………ディオーナ。


「とりあえずは半年だ。その後どうするかはあの娘の動き次第で考えよう。そもそも、このランプの情報を教えてもらう条件は、あの娘が成人するまで手出ししないことだからな。余程のことがなければ囲い込むことはしないよ。面倒なことはナリタカがやれば良い。穀倉領と森林領は今のところ同志だからな」

「……承知いたしました」


 あの娘を抱えることには不安が残る。が、あの神呪の技術が喉から手が出るほど欲しいのも事実だ。


 あのランプを改良して、街灯として備え付けることができれば。それを森林領の隅々にまで行き渡らせることができれば。救いの手を待つ人々に、少しでも早く希望を届けられるようになるかもしれない。差し伸べられない手を切望しながら消えてゆく命が、救われるかもしれない。

 それは、医師でも薬剤師でもない僕にできる精一杯で、神呪師としての最高の仕事になるのだろう。僕のこの無駄なばかりの人生も少しは報われ、美しく終わることができるだろうか。


 ……ディオーナ。君を失ったあの日から降り積もっていたものが、動き出すのかもしれない。






ラウレンス様は研究所にいたことがあるからこそ、アキの異質さに目が向きます。


次話は「お城の生活が始まりました」です。

本編に戻ります。

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