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空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~  作者: 静乃 千衣
第三章 シェルヴィステアのお城
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【閑話】ある日のシヴィ服飾店

 このシヴィ服飾店は、領都の中でも所謂上流階級と呼ばれている人たちがよく利用する高級店だ。数多ある服飾店の中でも最も城門近くにあり、官僚や大店の商人などが多く利用する。そんなお客様の中にあって、その二人はとにかく目を引いていた。悪い意味で。


「ヘルッタ。ちょっとあの子を見てくれる?」

「ええっ!? なんであたし!?」

「あんた、色物に強いでしょ」


 ……誰がよ!


 仕方がないので、専属として挨拶する前に相手を観察する。挨拶した後だと、面と向かって上から下までじっくり観察するなんて、さすがにできないものね。


 見るからに朴念仁そうな武官風の男と、擦れて薄くなった服を着たボサボサ頭の少女。あの姿でよくこの店に入って来られたなとちょっと感心すらする。普通は躊躇するなりおどおどするなりするだろうに、二人とも周囲の目など全く気にしていない。


 ……ていうか、ホント、何しに来てるわけ?


 ここは服飾店だ。服を買いに来ているのだろうから、入ってすぐに目に入る位置にある、一押しドレスに釘付けになったり、周囲を見回してその色鮮やかな生地や装飾品に目を輝かせるなりするものだろう。だが、男性はともかく、少女の方もドレスには全く目もくれない。服を買いに来たとは思えない。だが……。

 

「ちゃんと見れば、結構上玉そうね。磨けば光るかもしれないわ……」


 身形に全く気を配っていないのは一目瞭然だが、顔立ち自体はかわいらしい。現状が現状だけに、きちんと磨けば見違えるだろう。いろいろと試してみたくなる素材だ。


「初めまして。本日担当させて頂きます、わたくしヘルッタと申しますわ。よろしくお願い致します」

「はじめまして。アキです」


 にこりと笑いかける笑顔は上出来だが、やはり作法は身に付いていない。職人階級の娘で間違いないだろう。


「この娘の身形を整えてもらいたい」


 なんという大雑把な注文! こちらも武官で間違いないだろう。しゃべりかたが堅すぎる。


「普段のお召し物は現在のようなものを?」

「ああ。職人の娘だからな。たまにスカートを履いているが」


 少女が着ているのは、シンプルな生成りのシャツに黒いズボンだ。


 ……まるで作業着みたいだわ。


 髪は背中の真ん中くらいまであるが、適当な紐で縛っていて、ブラシは通していないだろう。汚れているわけではなさそうだが、とにかくもつれてボサボサだ。

 オシャレをしようとしてこの姿ならば、金銭面は期待できない。それなりの服を用意するしかないだろう。だが、そもそもオシャレをする気がない場合はまだ分からない。もしかしたら、金銭的には余裕があるのにやっていないだけなのかもしれないのだ。その場合は、こちらも遠慮せず、本当に似合うものを勧めることができる。


「おいくつですか?」

「10歳だ」


 仕事の手伝いを始める年頃だ。初めての仕事で慣れない生活に、オシャレをする余裕などないのかもしれない。だとしたら、かわいそうに。


「パーティーなどで?」

「いや、高貴な方に招待されての内輪の会合だな」

「上流階級ですか? 官僚?」

「かなり上級になるので失礼がないようにしたい」


 ……あら、まぁ。上級ですって? 


 それほど偉い人に招待されるようには見えない。官僚などが普段接する領民は、たいてい大店の店主やその家族だ。このような、作業着を着るような少女が縁を持つ世界ではない。


 ……この男性はもしかして、身内ではないのかしら? 


 もし、身内が付き添っているというわけではないのであれば、この少女には、武官に付き添われるような特別な何かがあるということだろう。費用の心配をしなくて良い可能性が急上昇する。選択肢が増えれば、磨きをかける手段も増えるということだ。


「お好きなお色などはございますか?」

「いや、特にないので似合うものを一式準備して欲しい」


 ……あたし、今、ちゃんと少女の方に話しかけたわよね? 


「……御髪が真っ直ぐで漆黒ですからね。白を基調としたワンピースなどは可愛らしくて清楚に映ると思いますよ?」


 少女の方が特に訂正もしないので、とりあえず頭の中で少女を着せ替えてみて、似合う色を探る。話しながらも手は休めない。標準よりやや小さめの数字を頭に叩き込んで、ブラシを取る際などに、見えないようにササッと書き留める。数値を見える形に書き出すのを嫌がるお客様もいるのだ。


「ブラシはお持ちですか?」

「いや、ブラシは持っていない」


 ……いや、だから! あたしは一度もこの子の声をきいてないわよ!?


 他の店員は知らないけれど、あたしはその人のしゃべり方というのも結構参考にしている。高い声で弾むように話す人と、低めの声でしっとりと話す人だと相手が持つ印象が変わるのだ。当然、似合うと思われる服の色や形も変わるはず。……と、あたしは思っている。


 心の中で主張しながら、少女の髪にブラシを当てる。案の定、全くブラシが進まない。ほんの毛先の方から少しずつ少しずつ縺れを解いていく。ブラシの進みはとても遅いのだが、梳いた後の髪がとても艶やかだ。子どもの髪は総じてきれいなものだが、この子のツルツルとした手触りは特に絹のように極上だ。


「……これまで髪のお手入れは何かなさっていました?」

「いや、風呂から上がったらそのままだな」


 ……そのまま、ですって?


 ブラシを通していないのは分かるのだが、この艶やかさが解せない。油を塗りこむこともなくこれほどの艶と滑らかさが出るものだろうか。絶対に秘密があるはずだ。


「……石けんは何をお使いで?」

「穀倉領の米糠石けんだ」


 その回答に息を飲む。それは、穀倉領で最近流行り始めたという高級石けんだ。


 ……こんなにも、他と違うものなの!?


 ガルス薬剤店という、穀倉領でも屈指の大店でしか扱っておらず、生産量も限られているため店頭で手に入りにくいのはもちろん、転売される際には価格が数倍に跳ね上がっていて、とても服飾店の店員なんかの給料では手が届かないと聞く。あたしはもちろん、噂で聞いただけで実際には見たことも触れたこともない。


 ……まさか、こんな小汚……いえ、職人のお嬢さんから聞くことになるなんて!


 まぁ、実際にしゃべっているのは武官の方だが。


「あれをお持ちなのですか!? どういった経緯で!? 手に入れるルートをご存じですの!?」

「いや……この娘が穀倉領の知り合いからもらっているのだ」


 ……だから! どうしてあなたがしゃべるのよっ! だったら本人にしゃべらせればいいじゃない!


 必死で少女を見つめるが、全く口を開く気配がない。目を見開いて瞬きもせず凝視していると、少女がチラリとこちらをみて、一瞬困ったような顔をして視線を落とした。その表情にハッと我に返る。


 ……いけないいけない。仕事中だったわ。


 全くしゃべらないのは、もしかしたら人見知りが激しいのかもしれない。だとしたら、あまり注目を浴びたり、流行について話しかけられたりするような恰好は、しない方がいいだろう。デザイン画を手元に寄せて、少女とデザイン画を見比べる。


 髪を梳いた少女はやはり上玉だった。多少の境光焼けはあるが、日常的に境光を浴びる生活ではないのだろう。肌が白く滑らかで、真っ直ぐな漆黒の髪を艶やかに引き立てている。銀色のようにも見える灰色の瞳は、梳いたことで少し長めに落ちた前髪の色を受けてやや濃く映り、少女の知性を伺わせる。


 ……うん。この子にはこれを着せたい。


 いくつかのデザインの中から一つ選ぶ。白を基調としたシンプルなワンピースだが、襟もとと裾に白いレースと水色の小花があしらってあって清楚なかわいらしさがある。小花を寒色系にしたのは、少女の瞳に浮かぶ強い意志と知性に合わせたものだ。あまりやりすぎると生意気に映るので、これくらいが丁度良いだろう。


 うちの店では、中流階級向けに、ある程度まで出来上がった状態の服をいくつも用意してあるので、そちらを少し手直しして渡すことにする。その方が出来上がりも早く、値段が安く済むのだ。ただし、体型に特徴がある方の場合は対応が難しいのだが。


 それから、靴や靴下をいくつか選んで一式着せてみる。


 ……素晴らしわ! 大変身じゃない!


 あたしは大満足なのだが、少女は残念ながら大した興味はなさそうだった。鏡を見ると、鏡に映った自分ではなく、鏡自体を舐めるように見回して、ガラス加工の見事さに感嘆していた。


 ……違うでしょ!?


 これくらいの年の女の子ならもう少しオシャレに興味をもちそうなのに。

 だが、支払いについて、少女が金額を心配していると、武官が何やらパトロンの存在を仄めかしていた。もしかしたら、今後もこの子が顧客になってくれるかもしれない。しっかり信頼を得て、是非、米糠石けんの入手ルートを教えてもらわなければ!






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 私の現在の護衛対象であるアキ殿は、養父であるダンと同じく身形に全く気を配らない。

 私の知る限り、女性というのは常に流行の服を追い、見知った女性と会えば、天気の話の次には服飾の話を始めるものだったので驚きだ。


「いつも通りの中古服じゃダメなの?」


 アキ殿の言葉にクラクラと眩暈がする。


 ……位を退いたとはいえ、元領主だった方に会うのだぞ!? 王族だぞ!? 少しは身の丈を上げてみようと思わないのか!?


「面倒くせぇなぁ」


 ダン殿の言葉に、思わず遠い目をしてしまう。

 私は未だもって、ダン殿がどういう人物なのか、掴めずにいる。たしか、王宮にも出入りしていたと聞いていたのだが……。

 養父殿が全く当てにならないことを悟ったアキ殿の依頼で、一緒に服飾店に赴くことになった。






 さすがに森林領には詳しくないので、どの店が良いかはクリストフ殿の助言を仰いだ。

 領都にあるシヴィ服飾店は、官僚の間では有名らしい。店員が何人もいて、担当の者が位に合わせた服を選んでくれるらしい。アキ殿には丁度良いだろう。


「いらっしゃいませ」


 私とアキ殿の二人連れは、ハッキリ言って目立つはずだ。それも悪い方に。

 なにせ、アキ殿はボサボサ髪で職人のような恰好をしている。そしてその子どもを連れているのは私だ。自分で言うのも何だが、私はこのような華やかな場に相応しい恰好や所作はできない。リニュスの方が適任だったかも知れないが、ちょうど報告に出ていてまだ戻っていない。


「この娘の身形を整えてもらいたい」


 そう言うと、入り口付近にいたその店員は、ザっとアキ殿を上から下まで見回して、少々お待ちくださいと言って奥に向かった。

 しばらく待つと、一人の店員を紹介される。


「この者が本日お客様を担当させて頂きます」


 紹介されたのは、髪を頭のてっぺんにひっ詰めた女性だ。成人からはだいぶ経っているようだが、それでも他の店員より若い。この女性は結婚しないのだろうか。


「初めまして。本日担当させて頂きます、わたくしヘルッタと申しますわ。よろしくお願い致します」

「はじめまして。アキです」


 ……「はじめまして」という挨拶と、「です」という語尾は使えるのか。


 アキ殿の護衛を任されて3ヶ月。私はアキ殿が敬語を使う所をみたことがない。考えてみれば、正式な礼を取るところも見たことがない。


 …………もしや……できないのか?


 考え至った結論に冷や汗が出る。

 前領主に招待されているというのに、敬語どころか挨拶もできぬようではどのような目に合わされるか分からない。私が付き添うと言っても、行く先は相手の領地だ。理不尽な目に合わされて守り切れるかどうか分からない。


 ……とりあえず、初見の挨拶だけでも叩き込まねば。


 護衛対象を何としても守り切るのが私の仕事だ。必要とあらば礼儀作法を叩きこむことも職務のうち。

 前領主に関してはあまり良い噂は聞かなかった。場合によっては命がけの晩餐になるかもしれない。


「この娘の身形を整えてもらいたい」


 先ほどと同じセリフを口にする。深い意味はない。他の言い回しが思いつかなかっただけだ。


「普段のお召し物は現在のようなものを?」

「ああ。職人の娘だからな。たまにスカートを履いているが」


 質問の意図が分からない。普段着ている服がなにか関係あるのだろうか。


「おいくつですか?」

「パーティーなどで?」

「上流階級ですか? 官僚?」


 体の長さを測りながら矢継ぎ早に質問が飛んでくる。全くメモを取る様子もないのだが、まさか全て記憶するのだろうか。こんなところにそんな特殊技能の持ち主がいるとは驚きだ。


「お好きなお色などはございますか?」


 チラリとアキ殿を見下ろす。特に何か主張したそうな様子はない。


「いや、特にないので似合うものを一式準備して欲しい」


 こと、服飾に関しては、初心者はあれこれ口を出さない方が良い。せっかく専門の者がいるのだ。その者に任せるのが一番良いものが提示されるということを、私は二人の姉を見て学んだ。

 

 ……結局口に出すことはできなかったが、赤と緑の縞々の布で作った服に黄色い花柄の上着は目に優しくないのです、姉上。


「ブラシはお持ちですか?」

「いや、ブラシは持っていない」

「髪のお手入れは何かなさっていました?」

「いや、風呂から上がったらそのままだな」


 これは賭けても良い。いや、賭け事は良くないが、絶対だ。絶対に手入れなど何もしていない。聞かなくとも分かる。会った時から一貫してボサボサ頭なのだ。町で見かける他の少女は、貧しい恰好はしていてもここまでボサボサ頭ではない。この娘が特におかしいのだ。


「石けんは何をお使いで?」

「穀倉領の米糠石けんだ」


 アーシュ様に報告に行って戻る時や、アーシュ様が来られるときは必ず米糠石けんを手土産にされている。どうやら、この石けんはアキ殿がまだ穀倉領にいる時に、アーシュ様と共同開発した物らしい。当時8歳だったと言うから、その才気でアーシュ様に目をかけられるのも当然だろう。


 結局、こちらの希望は特になにも言わず、全てを店員に任せることになった。だが、これは正解だ。手直しのために既成の服を着た姿は、黙って立っていればどこぞの令嬢のようにも見える。元々所作は丁寧で悪くはないので、これだけかわいらしく仕上げることができるのならば、将来ナリタカ様のお側をウロチョロしても、迷惑になることはないかもしれない。


 満足して見ていると、アキ殿が金銭問題を口にする。これにもまた、驚かされる。

 女性というものは、男性から服や装飾品をもらうことを当然のこととして捉えているものだとばかり思っていた。だが、考えてみれば、アキ殿は私の姉たちと違って、自分で働いて金銭を稼いでいる。金は無限に湧いてくるものではないと知っているのだろう。こういう、たまに見せる現実的なところが好感が持てる。おかしな夢を見ていない分話が通りやすい。


「それ、攫われた時とか、危機に対するお金なんじゃ……」


 ナリタカ様から、いざという時のために、いくらかの金銭を持たされていることを伝えると、何やら微妙な表情を見せた。だが、招待先が前領主であることを考えると、可能な限り懸念は払拭しておいた方が良い。詳細は知らないが、アンドレアス様は前領主を半ば更迭する形でこの森林領を継いだと聞く。あのアンドレアス様やナリタカ様とは全く異なる価値観と思想を持っていると考えて良いだろう。


 ……リニュスがまだ戻っていない以上、何かあった場合には、私一人で、この少女を守り抜き、無事にアーシュ様の元に帰さなければならない。


 穀倉領とは違い、全く周囲の手が借りられないこの土地で、私一人の命で凌がなければならないのだ。いや、たとえこの身と引き換えにその命を守れたとしても、適当な場所で放り出されてしまえば、この少女一人であの森の家へはそうそう帰れまい。

 

 ……今が、危機なのだ。







ヘルッタさんは肉食系のキャリアウーマンです。

他の店員は、結婚前の10代後半か、育児をある程度終えて復帰した女性ばかりです。

男性向けの服飾店は別店舗です。


次話も閑話です。

ラウレンス様のお話ですが、タイトル未定です。

明日投稿する予定です。

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