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空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~  作者: 静乃 千衣
第三章 シェルヴィステアのお城
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新メニュー、クレープ

「コスティ、この材料がお米だってことは誰にも言っちゃダメだよ」


 今日は、久しぶりに出店の手伝いに来ている。

 境光が落ちそうだからと止められたけど、早く新メニューを試したかったので、落ちる前に早めに連れてきてもらった。いざとなったら宿に泊まるつもりだ。


「なんで?」

「マネされちゃうんだって」


 不思議顔のコスティに、トピアスさんからの忠告を説明する。


「ああ、なるほどな。確かに大事なことだな」

「うん。まぁ、米を粉にする動具作るの大変だったから、そんなにすぐじゃないと思うんだけどね」


 粉の大きさによって出来上がったクレープの食感が全然違ったので、そこは試行錯誤の成果だ。ただ、そこが掴めてしまうと簡単に作れてしまうかもしれない。


「……敵とか言われると、なんだか自分がもう大人の仲間入りをするのかなって、ちょっと怖くなっちゃったよ」


 ついこの間までみんな子ども扱いで、微笑ましいといった感じで接してくれていたのだ。それが急に敵になるかもしれないと言われても、正直、戸惑ってしまう。


「そうか?オレは早く大人になれるのは嬉しいけどな」


 コスティは、トピアスさんの話にもすぐに納得している。日頃からの思いとか覚悟とかが違うんだなと思う。


「オレは早く大人になってあの家を出たいよ」


 コスティがため息を吐く。この間、勉強のために家を空けたのに試験は受けずに帰ってきたので、お父さんと揉めたらしい。


「でも、家を借りたり買ったりするのは大変だよ?」


 ……まぁ、コスティには戸籍問題はないので、純粋にお金の問題だけど。


「だから今から貯めてんだろ。成人する頃には一人で暮らせるくらい稼げるようになってないとな」


 コスティは相変わらす、将来のことまでちゃんと考えて決意している。仕事もちゃんと計算してやるので、信頼できる。


「そういうお前はどうなんだ?」

「わたし?」


 急に矛先を向けられてキョトンとしてしまう。コスティにわたしの将来を聞かれるのは初めてだ。


「……オレは、お前がいないと売り上げを伸ばすことができなかった。だからこれからも、成人しても一緒に働きたいと思ってる」


 コスティの言葉に驚いて固まってしまう。


 今まで、こんな風に明確に、わたし自身を求められたことがなかった。神呪の能力とか糠漬けとか、認めてもらえたものはあったけど、わたしじゃなくてもできることばかりで、実際に、わたしがいなくても誰も困ったりしていない。


 心臓がドクンと大きく音を立てて、同時にお腹の底から笑いたいような、もぞもぞするような何か大きな固まりが喉元まで上がってくる。


「……あ………」


 ……どうしよう。嬉しい。


 それは、泣きたくなるほど嬉しいことで、でも、すぐには頷けない言葉だった。


 ……神呪師を、諦めることになる。


「……まぁ、お前にはお前の夢があるだろうしな。無理にとは言わないし、そんな大袈裟なことじゃない」


 俯いて黙りこくってしまったわたしに、コスティが軽く付け足す。


「……うん。……今はまだ分からないけど……神呪師になれなかったらそうしていい?」

「ああ」


 わたしの曖昧で先の長い答えに、それでもコスティは頷いてくれる。


「その代わり、わたしが神呪師になれたら、コスティを御用達にしてもらえるように頑張るよ」


 今できる約束はそれくらいでしかないけど、絶対に忘れないでおこうと思った。






「いらっしゃいませ~。木の実のハチミツ漬けクレープだよ~」


 予想通り、始めの5の鐘が鳴る前に境光が落ちた。広場の街灯が明るい光を放ち、通りを歩いていた人々が、避難と暇つぶしを兼ねて集まって来る。絶好の商売日和だ。

 ちなみに、街灯を付ける役はわたしだ。一度やってみたかったので、境光が落ちる前にコスティに街灯担当宣言をしておいたのだ。やってみると、やっぱり結構力が流れるのを感じた。疲れるほどではないが、火を付けたり水管を通したりといった日常動具の場合と比べると、結構多い。農家で使っていた水骨車とどっちが多いだろうといった感じだ。


「ほぅ、いくらだい?」

「200ウェインだよ!」


 木の実のハチミツ漬けクレープは、好調に売れた。

 元々、あのリッキ・グランゼルムがわざわざ買いに来る店として興味を持たれてはいたのだ。木の実のハチミツ漬けは高くて手が出せないが、200ウェインというお手頃価格でその味を味わえるとなれば、俄然、庶民も食いつく。


 ……これはもう、値段を先に言った方がいいかもね。


「200ウェインで食べられますよ~。木の実のハチミツ漬けだよ~。クレープ~。」

「おお。なんだかモチモチして美味いな」


 お米の生地も、案外受け入れられている。そもそも、小麦は高いので庶民はクレープ自体をそれほど食べない。ちょっと特別な気分の時に食べる感覚だ。


「アキ、もう材料がなくなる」

「えっ!?もう!?」


 今回は初回お試しということで、材料を少なめに用意していた。様子見のつもりだったが、思った以上の好評ぶりに驚いてしまう。


「ねぇねぇ、おじさん、おばさん。クレープどうだった?また買おうって思う?」

「ん?ああ、美味かったよ。ただ、甘すぎるからなぁ~。時々なら買ってもいいかな」

「あら、わたしはまた買うわよ。お腹にも溜まってちょうどいいもの」


 クレープを買ってくれたお客さんを何人か捕まえて感想を聞いたが、女の人の方が受け入れやすいようだった。男の人には甘すぎるらしい。


「うーん……、男の人向けにも考えた方がいいかなぁ」

「まぁ、それはおいおいだな。まずは量を増やせるようにしないと」


 クレープの販売は後の1の鐘が鳴る前に終了となった。今回は様子見だったとはいえ、あまりに早い。だが、ちゃんと売り上げを出そうと思えば、今日の3倍以上は売らなければならない。本格的に、材料の持ち運び方法を考えなければ難しくなる。


「動具も米粉も、人目に触れる場所には置いておけないんだよねぇ」

「安い部屋を探すか……」


 部屋を探すと言っても、わたしたちでは無理だ。子ども相手にまともに探してくれるとは思えない。ダンにお願いするしかない。


「ダンが来れるのは来週の火の日なんだよね……。次の出店はどうしようか……」

「まぁ、火の日はまた今日とは客層も違うだろうから、今日ぐらいで様子見をしてもいいかもな」


 曜日によって出している店も違うし、広場に来られるお客さんも違う。たしかに様子見をした方が良いが、何となく、火の日の方が草の日よりもお客さんが使う金額が高い気がする。ちゃんと調べたわけではないが、お肉屋さんや果物屋さんを見ても、火の日の方が高い商品が多いのだ。

 ちなみに、リッキ・グランゼルムは都の日以外は毎日出店を出している。エルノさんが担当するのが火の日なだけだ。


「わたし、ちょっと聞いてくる」


 コスティに店番を頼んで、避難所へ向かう。


「お兄さん、ちょっと聞きたいんだけど」


 森林領の避難所は、対応用のカウンターがあって、その奥に机がいくつか並び、真ん中より奥は部屋になっているようだ。扉が閉まっているので中は伺えない。

 穀倉領も、真ん中より奥は警邏隊が常駐するための部屋になっていたが、手前は机がいくつか壁に沿っておいてあるだけだった。なんとなく、森林領の警邏隊の方がピシっとお仕事している感じに見える。


「なんだ?」


 しかも、子ども相手でも屈んだりしない。ピシッと立ったまま見下ろしてくる。


「広場で出す出店の荷物を置きたいから鍵付きの部屋とか倉庫とかが借りたいの。そういうのってどうやって探したらいいの?」

「……店の手伝いか何かか?店主に頼めばいいんじゃないか?」


 そうか。わたしくらいの年齢だと、普通はまだ手伝いの身分だ。その辺りを手配してくれる大人がいて当然なのだ。


「ううん。ちょっと訳があって店主には頼れないの」

「うーん……、空き家ってことだろう?うーん……」


 お兄さんは悩んでくれているが、良い案が出る様子もなく、他の警邏隊の人に聞いてくれるわけでもない。


 ……どうしよう。自分で他の人に聞いて回っても怒らないかな。


 何か、他の人に相談してはいけない規則でもあるのだろうか。


「ウルマス、どうした?」


 お兄さんの唸り声を聞いて、もう少し年上のお兄さんが声をかけて来る。


「いや、何でも……」


 ……なんでもなくないよ!


「わたし、荷物を置ける場所を探してるの!それで、どうやって探せばいいのかこのお兄さんに聞いてたの」


 慌ててわたしが説明すると、お兄さんは納得したようにウルマスさんを指す。


「すまないな。こいつはちょっと融通が利かなくて」

「……仕事中なので動けなくて……」

「いや、だが助けを求められてるなら、できる限り解決する努力をするのも仕事のうちだろ?」

「……そうなんですよね……。どうしたらいいかと迷ってしまって……」


 なんだか真面目な会話だ。でも、真面目に仕事をするために仕事ができないんじゃしょうがないと思う。たしかに融通が利かなさそうだ。


「広さはそんなになくていいんだけど、動具とか食べ物があるから鍵が付いてるところじゃないとダメなの」

「ああ。出店用か?」


 年上のお兄さんの方が答えてくれる。それをウルマスさんが熱心に見ている。もしかして新人とかだろうか?


「そう。でも荷車とかもないからあんまり遠くには置けないんだよ」

「ふぅん……難しいなぁ。遠くてもいいなら大店の屋根裏辺りを借りればと思ったんだが……」


 この辺りは大店と言われるような店はない。大店は大通り沿いの北よりにあるが、こちらは南だ。貧民街とまではいかないが、職人が多く、家もそれほど大きくない。


「問題は鍵なんだよなぁ……ちょっと物置くくらいなら裏でいいんだけどな」


 鍵が必要ないのなら、そもそも今テーブルを置かせてもらっているところにちょこっと置かせてもらえば良いのだ。結局、堂々巡りだ。


「コスティ、やっぱり難しいみたいだよ。鍵の部分が」

「まぁ、そうだよな。初めからそこが問題だからな」


 鍵だけの問題なら、金庫でも置けばいいのだが、持ち運べないような重さが必要で、更にある程度の大きさとなると、値段も高くなる。


「大きい金庫は、高いしねぇ」

「……金庫か…………」

「うん…………」

「…………」

「…………」


 微妙な沈黙が流れる。なんだろう。コスティが何か言いたそうで、言わない。


「…………あのさ」

「うん?」


 長い沈黙の後、コスティが言いにくそうに切り出した。


「……お前、作れないのか?」

「……………なるほどー!コスティ、すごいね!名案だよ!」


 最近のコスティは何かが開花したみたいだ。困った時の閃きが鋭い。


 ……アーシュさんに家庭教師してもらって開眼したのかな。


「ダンが知ってる!絶対知ってる!教えてもらう!」


 そしてちょうど良い具合に、この間領都の木工工房からもらって来ていた板が、家にあるのだ。後の2の鐘が鳴って、出店を閉めようか迷っているところに境光が出てきた。なんかもう、天の配剤ってこういうことを言うんだね!





天=神様という感覚ではないので、「天の配剤」という言葉はきっとないと思います。

でも、一応神っぽい存在は認知されているので、なんかそれっぽい何かをこの世界の言い回しで言ってるんだなと思ってください。

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