領都の木工工房
「んん?オスカリさんの紹介だぁ?」
わたしは、クリストフさんにぞんざいな態度を取る人を初めて見た。
「ああ。オスカリが懇意にする木工工房の一つがここだと聞いた」
さすがのクリストフさんも、木工工房と直接親しい関係ではないらしく、親しい商人から紹介してもらう形で木工工房へやって来た。
クリストフさんが手紙を渡すと、工房長らしき職人さんは、眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げて、一文字一文字ゆっくりと読み上げていく。
「なに?ク……リ、ス……ト……あ、クリストフ様か。ええと?い……ぜん、お……せわ、に……なつ、た………………おぉい!誰か、字ぃスラスラ読める奴いねぇか!」
……それは無理なんじゃないかな。
工房長が字が読めないのに、他の職人がスラスラ字が読めるとは思えない。
「……おい、アキ」
案の定、名乗りを上げるものは誰もいない。呼ばれて顔を上げると、ちょうどダンもわたしを見下ろしたところだった。ダンが顎をしゃくる。
……まぁ、ここは子どもの出番かもね。そもそも、わたしの用事だし。
「おじさん、貸して。わたしが読むよ」
ダンが読んでもいいんだけど、この手紙は信用を促す紹介状だ。大人が読むよりは子どもが読む方が胡散臭さが減るだろう。
「あん?嬢ちゃんが字を読めるのか?あんたも職人の子だろ?」
おじさんはわたしの身形を上から下まで見て胡乱気に言う。たしかに、わたしの恰好は職人の娘だ。考えてみれば、この格好で官僚採用試験を受けにお城に行って、更には王族にご挨拶までしてきたのだ。我ながら浮いていただろうなと今更ながら思う。
「両親が神呪師だったから読めるよ。貸して」
神呪師という言葉に納得顔をして、おじさんが手紙を渡してきた。改めて、神呪師というのが、職人としては異質なんだなと実感する。まぁ、わたしだって、アーシュさんからもらった本や辞書がなければ、ここまでスラスラとは読めなかっただろうけど。
「というわけで、いらない部品とか木材とかがあれば、安く売ってくれないかなって思ってるんだけど……ある?」
どうやら、オスカリさんというのは領都でも割と大きな家具屋さんのようで、クリストフさんはそのオスカリさんと親しいらしい。クリストフ様って書かれていたし、くれぐれも失礼がないようにとも書かれていたので、ただのお友達ではないだろうけど。
「ふぅん……。まぁ、木材ならいっぱいあるが……安くってのはなぁ。一応、使うもんだしなぁ」
「なんか、切れ端とかでも余ってるものってない?」
わたしが作ろうとしているのは普通の荷車とかではなく、自分で操縦できる馬動車だ。形とか、どうやって動かすのかとかがまだ全く決まっていないので、もらえるものは何でももらっておきたい。
「まぁ、とりあえず裏にあるモンは持ってっていいぞ。なんかあったらオスカリさんにでも言っとくよ。おい、バウリ、案内してやれ」
「はい!」
バウリと呼ばれた少年は、わたしより少し大きいくらいで、ちょうどザルトくらいだ。あれからずいぶん経ったので、きっともっと大きくなっているだろう。だが、わたしの記憶にあるのはパウリくらいのザルトなのだ。なんだか懐かしい。
あれから一年半、今どうしているだろう。お父さんの後を継ぐためにがんばっているのだろうか。
……あ、でも木工工房に入るのは迷ってるって言ってたっけ?
弟が二人いるから無理に継がなくてもいいだろうけど、あの時で既に12歳だったから、もう他の仕事は難しいだろう。
「こっちだ」
バウリに付いて工房の裏手に回ると、大きめの倉庫があった。今の、森の中の家よりは小さいが、穀倉領に住んでいた時にこの倉庫を見たら、木材に対抗心が湧いただろう。穀倉領は本当に狭かった。
「どんなものが欲しいんだ?」
「う~ん、まだハッキリとは決めてないんだよねぇ」
初めは荷車か馬車の中古を手に入れて改造するつもりだったので、一から作る場合に何が必要かいまいち分からない。
「最終的には荷馬車みたいなのを目指してるんだけど……」
言いながら、チラッとダンを振り仰ぐ。
……そういえば、自動馬動車の話はまだダンにはしてなかったかも。
「ちょっと改良した感じの……」
「ちょっと改良、な」
ダンが白い目で見てくる。
……うぅ、「ちょっと」の範囲なんて人それぞれなんだから、わたしにとってはちょっとなんだよ……。
「何を作るのかが決まってないんじゃどうしようもないだろ?」
それはそうだ。バウリの呆れ顔に頷く。
「とりあえず、どんなものがもらえそうか見てから考えたいの」
「まぁ、荷車なら車輪が必要だろうけど……」
「車輪って、どうやって作るの?」
車輪は普通、円形の板の真ん中に棒が突き刺さっていて、反対側の車輪と繋がっている。だが、そもそも円形の板の作り方が分からない。何枚かの板を繋げて広い板にして、円形にくり貫くイメージだが、繋げる方法もキレイな円形にくり貫く方法も分からない。
「あ~、あれは動具と技術の両方が必要だがらな。素人には無理だと思うぜ」
車輪を作れるのは車大工と呼ばれる一部の職人だけらしい。ただの円形の板切れだと思っていたが、軸の横で板を支えたり、縁を補強したりしなければならず難しいのだそうだ。この際、車輪だけ売ってもらうというのはどうだろう?
「車輪二つで20万ウェインはすると思うけど……」
「高っ!なんでそんなに高いの!?」
「だから言っただろ?動具と技術がいるって。人や荷物を乗せるものなんだから作り方だって特別に頑丈に作られてる。安いわけないだろ」
なるほど。トピアスさんもそんなことを言っていた。パッと見ただけだと簡単そうに見えたけど、やっぱり職人じゃなければダメみたいだ。
「うーん……そうかぁ。そう言われてみればそうだよねぇ」
「そもそも、そんな簡単にできるもんならオレだってとっくに親方だ」
バウリが何故か胸を反らして鼻息荒く言う。
「じゃあ、やっぱり中古を探す方がいいのかな……」
「ああ。そう思うぞ。一応、ここにあるやつはいらないモンだから持ってっていいけどな」
わたしはため息を吐いて周りを見渡した。さすがに、いらないというだけあって、小さな板切ればかりだ。
とりあえず、比較的大きめの板を数枚もらって帰ることにした。
……まぁ、荷車は無理でも、他の動具が作れるかもしれないしね。
「……お前は車大工を目指してんのか?」
「おう!車大工は木工工房でも一目置かれる職人だからな。技術を身に付ければ食いっぱぐれがねぇ」
ダンの質問に、バウリが威勢よく答える。工房の職人って本当に声が大きいと思う。
「じゃあ、試作なんかもするんだろ?」
「ああ。まぁ、まだ小さい車しか作れねぇけどな」
……あ、ダンの意図が分かった。
「じゃあ、また来るから、試作品ができたら安く売ってくれない?」
「はぁ?売る?試作品を?」
バウリが、意味が分からないというような、呆気にとられた顔をする。
「試作品なんて、売りモンにはならねぇぞ」
「だから安くできるでしょ?」
使ってみて問題があれば、それこそ神呪で何とかできるかもしれない。これはお互いに良いはずだ。
「……分かった。だけど下手なモン売って工房の名前に傷つけちゃいけねぇから親方に聞いてからだ」
「ああ、それはそうだね。じゃあ、聞いといてくれる?」
そういうことにちゃんと気を遣えるなんて、すごいと思う。わたしなら何も考えずに突っ走ってしまいそうだ。
「ま、お前の場合はそこが短所でもあり長所でもあるからな」
やっぱりちゃんと手伝いに入ると組織の一員としての自覚が芽生えるんだなと、自分の行く末を案じていると、ダンがポンポンと頭に手を乗せて宥めてきた。
否定しない辺り、ダンはさすがにわたしのことを分かってるなと思う。でも、今のところわたしの性格が変わっていないということは、ダンも匙を投げたのだろうか。
「……廃材が欲しければ、城の方があるかもしれない」
帰り道でクリストフさんからポツリと出た言葉に驚く。工房でわたしとバウリとダンが話している間、全く口を出さなかったので、てっきり興味がないのだと思っていた。
……いやいやいや、例えあったとしても、もらえないでしょう?
というか、クリストフさんの口からさらっと城という言葉が出てきたことが驚きに輪をかける。
……だって城って言ったよ!?お城から廃材をもらうって言ってるんだよ!?
普通の庶民からは出ない発想だと思う。
「え……お城から廃材なんてもらえるものなの?」
そもそも、お城から廃材が出るイメージがない。お城とゴミって最高に似合わない言葉だと思う。
「普通は敷地内で焼却処分するからな」
ダンの言葉になるほどと頷く。
「事前に言っておけば、もらえることも無くはない」
誰に言うのだろうか。お城に知り合いがいないと言っておく相手もいないだろう。
……庶民にとって、それは「無い」ということだ。と、誰かクリストフさんに教えてあげて!
クリストフさんはちょっと浮世離れし過ぎだと思う。なんだか、庶民代表として心配になってしまう。
「ええと……、でも、試験は不合格だったから、わたし、お城には行けないでしょ?お城に知り合いもいないし……」
……あ、王族とお知り合いになったっけ。なったのかな?でも、さすがにあのアンドレアス様にゴミくださいって言えないよね。
「とりあえず、グランゼルムでもう一回探してみるよ。警邏の人とかなら何か心当たりがあるかもしれないし」
「そうか。そうだな」
クリストフさんは頷くと、それ以上は何も言わなかった。とりあえず、車輪以外にも必要なので、木材探しは続行だ。
森林領は木工加工が盛んなので、木工工房も厳密には家具がメインの工房だとか農具がメインの工房だとか細分化されてます。
荷車などはどちらでも作っているので、車大工は引く手あまたです。




