移動手段が欲しい
雪が少しずつ解けて、路面に土が見えてきた。もう2月も終わろうとしている。
冬の間に鉄板に神呪を描いて、クレープを焼けるようにした。箱形にして、端から見たら中で火を起こしているように見せる。まぁ、何度かやってたらバレちゃうかもしれないから、様子を見て変えていく予定だけど。
「コスティ、出店、いつからやるの?」
「4月から始めようと思ってる。3月のうちに荷物を置いておける場所を探さないとな」
「荷物?」
「ああ。鉄板とか包み紙とかいろいろ必要だろ?いちいち持って行けないからな」
なるほど。そこまで考えていなかったが、たしかに最近荷物が増えてきて大変そうだった。この上更に鉄板付きの箱なんて背負って馬に乗るのは無理だろう。
「コスティは荷馬車は使わないの?」
「それも考えてるんだけどな。わざわざ金出して買うべきか迷ってる」
……あ、でも移動手段が欲しいのはわたしの方か。
コスティの心配をしている場合じゃない。というか、わたしが自分で操作できる馬動車を作れれば、二人とも問題が解決するのではないだろうか。
「問題は、わたしがやっていいのか、だよね……」
一番大きな問題は、わたし自身だった。
木の実のハチミツ漬けの納品は3月から始める。
納品に行ったついでに、出店を出す広場の避難所に行って、倉庫とかを貸してもらえないか聞いてみたが、これは無理だった。コスティはいつも、避難所の裏手に机を置かせてもらっているのだが、わたしが置きたいものは動具だ。その辺にポイッと置いておくことができない。盗まれたりイタズラされたりしたら困るし、何より、何かが起こって誤作動でも起こしたら大変なことになる。動具の扱いは意外と難しいのだ。
「ねぇ、エルノさん。荷車を安く手に入れようと思ったらどうすればいい?」
「荷車?」
小屋などを借りようと思うと高くつくので、できれば荷車を手に入れたい。だが、中古の荷車とか、どこで売っているのかも分からない。
「うん。運びたい荷物が多くなってきたの。コスティの馬だけじゃ運べなくて……馬車でもいいんだけどね」
「ああ、なるほどねぇ。中古でいいんだろ?気にかけとくよ」
同じことをトピアスさんにもお願いしていたのだが、あちらからも連絡はない。やはり、みんな荷車や馬車は壊れるまで使うものらしく、なかなか中古で使えるものはなさそうだ。
「部品を貰ってきて組み立てるってのはどうだ?」
「え?誰が組み立てるの?」
コスティは簡単に言うけど、荷車は大きい。しかも、動具として造り替えて私自身も乗れるようにしたいのだ。どんな部品でどう組み立てればどうなるのか見当もつかない。
「組み立て方は聞いてくればいいんじゃないか?」
「聞いてきたとしても、釘を打ったり穴を開けたりするには力が必要だよ。子どもじゃ無理だと思う」
木工工房が使えるなら、それこそいろんな動具があるから、ザルトのような成人前の子どもでもある程度のものが作れたのだが、そういうものがないとさすがに難しい。
「釘を打つとか……要は引っ付けたいってことだろ?そういうの、神呪で何とかできないのか?」
わたしは思わずカッと目を見開いて、そのまましばらく固まる。
「その手があった!」
……コスティ、天才‼
「というわけで、余ってる部品とか安く買ったりもらったりできないか聞いてみたいんだけど、クリストフさん、木工工房に知り合いとかいる?」
知り合いに頼みたいことがあるときにはクリストフさんだ。きっと有名な工房主と知り合いに違いない。そして、有名な工房主と知り合いになれれば、下請けとかで余ってるものとかまで見つけてくれるかもしれない。まぁ、でも知り合いが多いのはどうやら領都の方らしいけど。
以前は、クリストフさんの知り合いは領主様に直結してる気がして避けていたのだが、今となってはいらない心配だ。なにしろ、わたし自身がお城に行って試験を受けて、更に王族にご挨拶までしたのだから。
ちなみに、王族に会った話をしたら、ダンが絶句したあと左手で顔を覆って深い深いため息を吐いていた。
「領都にならいるが、グランゼルムだと親しいわけではないから譲ってもらえるかは分からない」
「う~ん……できれば組み立て方とかも教えて欲しいんだよね……」
物だけもらえても、組み立て方が分からなければ、さすがに神呪が使えるというだけで何とかできる気はしない。
「では、次の出荷は一緒に行くか?」
「あ、行く行く!納品もしなきゃいけないし」
ついでに、お米クレープを持って行ってカレルヴォおじさんに試食してもらおう。
「ふむ。これはいいなぁ。食べやすくて出店向きだ」
「ええ。手軽に持って食べられるのがいいですね」
「試験の時にパンに挟んだものをお弁当に持たせてくれたでしょう?あれで思いついたの」
カレルヴォおじさんとトピアスさんには高評価だった。冷めちゃってるけど美味しい。温かいともっと美味しいはずだ。
「しかし、普通のクレープと違うなぁ。なんかモチモチと……何を使ったんだ?」
「お米だよ」
「米?」
カレルヴォおじさんとトピアスさんの目がキラリと光る。
「そう。小麦粉は高いでしょ?お米の方が安く買えるから、ちょっと工夫してみたの」
「……それは誰にでもできる工夫ですか?」
トピアスさんが少し考えるようにして聞いてくる。カレルヴォおじさんがチラリとトピアスさんを見た。
「そうだよ。お米を小麦みたいに粉にするの」
「米を……粉に?」
二人とも意表を突かれたというような顔をしている。
……そうだよね。わたしもヴィルヘルミナさんに言われないと思いつかなかったもん。
「……なるほど…………ですが、そうですね。それは他言無用ということにした方がいいでしょう」
「へ?」
別に言いふらす気はないけど、どうして言わない方がいいのか分からない。せっかく誰にでも作れるんだから、みんなに教えてあげた方がいいんじゃないだろうか。
「真似されたら勝ち目がないですよ」
「……真似?」
「まぁ、たしかにそうだなぁ。他の材料は卵やバターといったところだろう?」
カレルヴォおじさんは、お米以外の材料については一口で分かったらしい。さすが料理人だ。
「この商品が人気になっても、他の店だと小麦粉で作るしかできません。それだと値段を下げられるアキさんが有利です。リッキ・グランゼルム辺りが同じ値段で同じようなメニューを出して来たとして、勝てると思いますか?」
……全っ然、思わないね。
あちらはプロの料理人で、高級料理店だ。名前だけでお客さんが並ぶ。メニューも値段も同じなら完敗は決定だ。
「うちは領都にある上、出店を出していないので、アキさんと料理で敵になることはそうそうありません。ですが、リッキ・グランゼルムはアキさんの本拠地であるグランゼルムの高級料理店で、出店を出しています。アキさんが出店で料理を始めるのであれば、上手くやらないと敵に回すことになってしまいますよ」
なるほど。考えてもみなかった。
でも、そう言われてみればそうだ。わたしが今まで出会った人達は、みんな協力しようって言ってくれていたし、実際に協力し合うことで、それまでよりお金を稼げるようになっていたので気付かなかった。まさか、相手に有利になることがないように隠し事をしたり、付き合い方を変えたりしなければならないなんて、経験がなかった。
「……なんだか、それってちょっと苦しいね」
「では、料理の販売を止めますか?」
「…………」
俯いて、しばらく考えてみる。止めても問題はない。今までに戻るだけだ。
……でも、それじゃあ今までと同じなままだ。
わたしは進みたいと思っている。敵を作らないために、足を止めてしまうのはもったいないと思ってしまう。
……せっかく考え付いたのに。
自分が考えたことが実現することは嬉しいことだと、わたしはもう知ってしまっている。一生懸命考えて、もう走り出したことを、止める選択ができない。
……例えば料理じゃないことで、何か売り出すことは?ううん。それでも、結局誰かと対立することになる。
「……敵って、どうしてもできちゃうものなのかな」
「そうですね。大人になると、どうしても全員が味方になってくれるとは限らなくなりますね」
口からぽつりと出た独り言のような呟きに、トピアスさんが答えてくれる。
「だからこそ、味方になってくれる人は大事です。味方になってくれる人、敵ではない人、敵だけどお互い尊重できる人。それぞれを、それぞれの方法で大事にすることができれば、少なくとも無用な戦いは避けられると思いますよ」
「無用な戦い……」
目を上げると、トピアスさんが真っ直ぐわたしを見ていた。その目は真剣で、いつもの見守るという雰囲気ではない。
……今までは、本当に子ども扱いだったんだろうな。
「分かった。じゃあ、できるだけ戦わない方法を考えることにする」
「ええ。敵に回す人は最小限に抑えた方が賢明です」
……トピアスさんを敵に回しちゃうと、ホントに怖そうだ。
とりあえず、リッキ・グランゼルムにはお米で作ってることは言わないでおこうと思う。
「ああ、ところで、荷車は見つかりましたか?」
「ううん。やっぱり使える物をそう簡単に捨てることはないみたいで中古が見つからないの。だから、いっそ自分で何とかできないかと思って、これからクリストフさんに木工工房を紹介してもらうとこなんだ」
「………………自分で?」
トピアスさんが珍しく、あからさまに不可解と顔に書いてコテンと首を傾げる。あんまりかわいくはない。どうせならアルヴィンさんにやって欲しい。
「うん。部品とか木材とかを売ってもらって、自分で組み立てたらどうかなと思って」
「…………アキさん。それは子どもには大変難しいことだと思いますが」
「…………」
……しまった。
これ以上何か言うと、神呪を描けるってバレてしまいそうだ。ダンにもアーシュさんにも、まだ言いふらさないようにとこの前改めて言われたところだった。
「ク、クリストフさんもいるし、ダンもいるし」
「ああ、そうですね。ですが、商品を乗せるものですので気を付けてくださいね」
トピアスさんからはそれ以上突っ込まれなかったので、これ以上口が滑らないようにと、わたしは宿屋を出てクリストフさんとダンが納品しているお店へ向かった。
「木工工房は少し離れたところにある」
クリストフさんの馬車に乗って、木工工房に移動する。穀倉領と同じで、工房は工房同士が集まっているらしい。一つの工房だけで出来上がるものは少ないので、自分たちのところで仕上がったものを次の行程に回すのには近い方がいいのだそうだ。
「生活の習慣なんかも、商人と職人では違うからな」
ダンの言葉にああ、と納得する。ザルトとガルス薬剤店の人の所作を思い出す
……そもそも、お給料が全然違うだろうしね。
上流階級と呼ばれる、所謂お金持ち層に職人はほとんどいない。お城に勤める官僚と、町や村にいる役人、それに一部の商人がほとんどだ。職人で例外的にお金持ちなのは神呪師や薬剤師など、公的な機関が管理する職業くらいだ。
領都には役人はいないので、領都で上流階級と言えば官僚か大店の商人となる。官僚は基本的にお城の周辺に住んでいて、その官僚が顧客になるので自然と大店の商人も町の北側に集まっている。また、領都の西と東はそれぞれ川が流れていて、川を利用した旅人が集まるため、宿や食事処は西と東に比較的多い。ちなみに、レヴァダ・イェンナは西の門から入った中央よりの、やや北側に位置する。
「職人街は南の方?」
「そうだな。穀倉領との取引が多いから、工房はやや西寄りだ。住居はそこから東に広がるな」
工房が南の方にあるので、自然と職人達の家も南に集まる。クリストフさんは、炭を卸すお店がある北側から、南へ向かって馬車を勧めた。
大店の商人を上流階級と思っているのは庶民です。
厳密に身分制度があるわけではなく、使用人の人数や屋敷の敷地面積などからなんとなく区別されています。
王族だけは明確に身分が上です。




