ナリタカ様の親戚
アーシュさんは、迷うそぶりもなく歩いて行く。衛兵に挟まれてはいるが、案内されているというよりは守られているといった雰囲気だ。そして、ちゃんとわたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるところがアーシュさんだなと思う。
「ホントは今日来る予定じゃなかったんだよ」
アーシュさんはそう言いながら、困った顔でわたしを見下ろした。
「ただ、アキちゃんの試験の許可を通した時に目を付けられちゃったみたいでね」
「目を付けられた?」
誰にだろう。あんまり良いイメージじゃないよね。言葉的に。
「うん。ナリタカ様の従兄に当たるんだけどね。ナリタカ様が女の子に興味を持つなんて今までなかったから……誤解されちゃったかなぁ」
「……それ、いろんな人が迷惑だね。きっと」
きっとわたしのことを年頃の女の子だとでも思っているのだろう。年齢を言えばすぐにでも誤解は解けるんじゃないかな。
「……アキちゃん、神呪のことはくれぐれも内緒だからね」
アーシュさんが少し体をかがめて、小声で言う。
「え?ランプのことも教えてないの?」
これだけいろいろな人から関心を持たれているのだ。てっきり、もうある程度知れ渡っているものだと思っていた。だって、自分で言うのも何だが、わたしから神呪を取ったら大したものは残らない。せいぜい木の実のハチミツ漬けくらいだ。
「わたしが試験受けるの、よく許してもらえたね」
特別待遇だと知った時点で、ある程度上層部には知られている覚悟をしていた。
「うん。結構大変だったよ。根掘り葉掘り聞かれて。でも、神呪のことが知れると君を取られちゃうかもしれないってナリタカ様が心配するから、アンドレアス様にはまだランプのことは言ってないんだ。言うタイミングは任せてもらえる?」
わたしはコクンと頷いた。ランプを作れるのは今のところわたししかいない。だが、そのわたしはアーシュさんが部品を調達してきてくれないと作れない。結局、アーシュさん次第なのだ。
……帰ったらダンにも報告しなきゃね。
さっき試験を受けた第一会議室の横を通って更に奥に進む。突き当りを右に曲がってしばらく行くと、だだっ広い空間に出た。2階まで吹き抜けで、壁にも天井にも絵ではなく彫刻が彫られている。入った正面には両開きの巨大な扉があって、扉が開いているわけでもないのに、このホールだけで10人もの衛兵がいた。
「ここは中央ホールだよ。そこが正面玄関」
アーシュさんはそう言いながら、扉の向かいにある絢爛豪華な巨大な階段を無造作に登る。横の手すりの透かし彫り技術がすごい。さすが森林領。木工技術が光っている。
……なんか、真ん中に赤い絨毯が敷いてあるんだけど……踏んでいいのかな?
なんとなく、木靴じゃなく革靴で来て良かったと思う。
2階に上がると、これまた1階とは比較にならない程広くて豪華な廊下が左右に伸びている。壁には絵が直接描いてあり、ところどころに花瓶が置いてあったりするので、きっと偉い人が行き来するんだなと分かる。
「アンドレアス様、連れて参りました」
豪奢な廊下を右に向かってすぐの部屋を、アーシュさんはノックした。
「どうぞ」
ちょっと堅苦しい声がして、ドアが内側に開く。
「やあ、いらっしゃい」
そこは応接室のようだった。低いテーブルにソファがある。テーブルは一枚板でできていて艶々している。重そうだが、どうやって運び込んだんだろう。
床は第一会議室と同じ組板でできていて、絨毯も凝っている。この部屋の壁は、絵が直接描かれているのではなく、額に入った絵がいくつも飾ってある。だが、暖炉には花の絵が直接描かれていて、かわいらしい。会議室とは違う花だ。
「失礼します」
そう言って座るアーシュさんに促されて、わたしも隣に座る。正面には、濃い灰色の髪に茶色い瞳のがっしりとした体格の男の人が座っている。アーシュさんより年上に見える。
……ずいぶん整った顔をしてるよね。ナリタカ様みたいな女の人と間違うような美人とは違うけど。
「ふむ。この子がナリタカの御執心の子かい?」
低い声がよく響く。笑いを含んだ口調なので本気で言っているわけではないだろうけど、軽い感じはしない。こういう人が女の人に好まれると聞いた気がする。
……しかも、様って付けなかったよね。
なんとなく、目の前の人物の正体が見えてきた。最近のわたしは本当に、場違いという言葉に縁がある。
「ああ、まだ名乗っていなかったな。私はアンドレアス。この森林領の領主の息子だ」
領主の息子というだけでは、王族に含まれるのかは分からない。なにせ、五親等ルールがある。だが。
……ナリタカ様を呼び捨てにできるんだもんね。間違いなく王族だろうな。
「はじめまして。アキです」
戸籍が王都にあるのに、森林領の領主にシェルヴィステアと名乗るのはちょっと気が引ける。ダンが税金を納めてるのがシェルヴィステアなので、別に間違いではないのだが。
「アキ、試験はどうだった?」
「…………」
わたしは困ってアーシュさんを振り仰ぐ。しゃべっても構わないだろうか。
「……あー……、うん、そうだね。ええと……アンドレアス様。アキは貴人と話した経験が少ないので少々無礼な言動となってしまうかもしれませんが、よろしいですか?」
アーシュさんが、アンドレアス様に聞いた後、チラリと周囲に視線を向ける。
アンドレアス様の後ろには二人の文官っぽい人が立っていて、ドアの横には武官っぽい人が立っている。アンドレアス様自身は、細かいことを気にしなさそうな雰囲気があるが、周囲の人までそうとは限らない。というか、後ろに建っているうちの一人なんて、あからさまにわたしを上から下まで見て顔を顰めたしね。
それにしても、さすがアーシュさん。よくわたしが聞きたいことが分かったなと思う。
「ああ、別に構わない。そもそも、こんな小さな子どもに礼儀作法なんて求めていないからな。普段の生活では必要ないものだろう。庶民が庶民らしく健全に暮らしているのならば、それが一番だ」
……あ、分かった。この人、厳しい人だ。
わたしが庶民である間は庶民らしい態度を歓迎している。それって、つまり官僚とかになって庶民じゃなくなったら、相応しく振舞えってことだよね。なんというか、上手く釘を刺されたような感じだ。
……だけど、今はまだ、わたしは庶民だしね。
「ありがとうございます、アンドレアス様。うーん……試験は難しかった。計算はそんなに困らなかったんだけど、他は、問題がそもそも何を聞こうとしてるのかが分からないものが多くて……」
10歳児に相応しいにっこり笑顔でアンドレアス様にお礼を言ったら、後ろの文官さんの一人が険しい顔で目をむいた。だが、当のアンドレアス様がおもしろそうに笑っているので問題ないだろう。
「ほぅ?」
「アーシュさんと口頭でやり取りをしてる時なら、分からない時は聞けるし、表情で何となく分かるんだけど、文章だけだといろんな意味に取れるものもあるから……。あ、でも問答はおもしろかったかな」
アンドレアス様はなるほどと頷いている。
「穀倉領ではアーシュと共同開発をしていたそうだな」
「共同開発の話……どれだろう、石けんのことかなぁ」
とりあえず、余計な気づかいは要らないと言ってもらったのだから、気にせず普通にしゃべる。だって、向こうから言い出したんだからね。
「ああ。あと、何か温めるための……カイロ?のアイディアがどうだとか書いてあったが?」
「カイロ?」
何のことだろう?焼き石灰かな?
「鉄だよ。ほら、塩水を付けたら温まっただろう?」
「ああ。焼き石灰じゃなくて鉄の方にしたんだ。でも塩が残っちゃうんじゃない?」
あと、鉄の方が温度の上がり方が緩やかだった気がする。それもあって、焼き石灰の方で話を進めていたはずだ。
「うん。だから、袋の方を専用で開発できないかと思ってね」
「なるほど。開発というのはそうやって進めていくわけか」
アンドレアス様の声にハッとする。振り返ると、楽し気なアンドレアス様の後ろで、堅苦しい文官が鬼の形相だ。
……しまった。アンドレアス様を置き去りにして話を進めちゃってた。
「うん。いろいろと試してみて、ああでもないこうでもないって話しながら進めていくの。楽しいよ」
「ナリタカも開発したりするのか?」
アンドレアス様の言葉にちょっと驚いて首を傾げる。だって、ナリタカ様は王族だ。王族は仕事なんてしないんじゃないだろうか。
「……ナリタカ様は邪魔する方だね」
「っぷっ!」
「アキちゃん……!」
アンドレアス様が盛大に噴き出し大笑いしている。今までで一番楽しそうだ。
……後ろの文官がおろおろしてるのは何となく分かるけど、なんでアーシュさんが慌ててるんだろう?
「ハハハ、邪魔か。あれを邪魔扱いできるのはすごいな」
「邪魔扱いというか、本当に邪魔しに来るんだよ。わたしが集中しようとすると」
「ほぅ。珍しいこともあるものだな。あれは他人に興味など持たないと思っていたが」
アンドレアス様が少し興味を示す。
「アキは何をするか分からないので、目を離せないのです」
わたしが答える前にアーシュさんが答える。でも、そんなにいろいろやらかした覚えは、最近はないのだけれど。
「そのようだな。漬物に石けん……森林領ではハチミツか。ハチミツはそれ程流通していないだろう?」
アンドレアス様が手元の紙の束を見ながら聞いてくる。あれは、わたしの調査報告書とかだろうか。
「たまたま、養蜂をやっている人とお友達になったの。ハチミツが高くてなかなか売れなかったから、工夫したんだよ」
「ああ、それが木の実か。ふぅん、料理にまで手を出しているのか。穀倉領の調味料でメニューを考えたとあるが」
……意外と細かく報告されてるんだね。
「それは、宿屋の料理人のおじさんに木の実のハチミツ漬けを売り込むために、咄嗟に考えただけだよ。わたし、まだ森林領の料理には詳しくなかったから穀倉領のものを教えたの」
「この調味料はアーシュもよく知っているものか?」
アンドレアス様がアーシュさんに視線を向ける。
「ええ、味くらいなら少しは。ただ、僕は料理にはあまり興味がなかったので、その味が何なのかは知りませんでした。糠漬けもそうですが、農家が余った産物で自家用に作っているものは、領都にはあまり広がっていないんですよ」
「ふむ……それは、もしかしたら、この森林領でもあり得ることかもしれないな」
アンドレアス様は、さすが領主様の息子なだけあって、森林領のことをいろいろと考えているらしい。
「アンドレアス様。そろそろ……」
「ああ、そうか。もう少し話したかったが残念だな。しかし、さすがナリタカだな。おもしろい人材に恵まれている。試験の結果を楽しみにしているよ」
そう言って、アンドレアス様は文官二人と武官を率いて部屋を出て行った。
「ハァァ。疲れた……」
アンドレアス様が出て行った途端、アーシュさんがテーブルに突っ伏する。部屋に残ったのはわたしとアーシュさんと衛兵が二人だけだ。
「アーシュさんはアンドレアス様が苦手なの?」
「うーん……いや、ナリタカ様がいる時はいいんだけどね。あの目力が全力で向けられるのはちょっと疲れるかな。アキちゃんは疲れなかった?」
たしかに、視線は強かった。とても強い、確固たる意志が見えている気がする。だけど、わたしを見下すこともなかったし、言葉の選び方は丁寧だったと思う。身分が違うからどうしても少し身構えてしまうが、話を聞こうとしてくれているのを感じたので、疲れるとか怖いといった感情は生まれなかった。
「う~ん……ナリタカ様ネタがちょっと面倒くさかったかな」
アーシュさんは伏せたまま噴き出してたけど、興味がない人の話をされて楽しい人なんていないんじゃないかな。もっとも、アンドレアス様とわたしのような庶民が共通で興味を持つ話などあまりないので、そこは仕方ないのだけど。




