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空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~  作者: 静乃 千衣
第三章 シェルヴィステアのお城
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官僚採用試験 準備

「準備はできた?」


 今日は、これから領都の宿屋に移動する。試験はお城で行われるので、試験までの残り数日は領都で過ごすことにしたのだ。


 泊まるのはもちろん、リット・フィルガだ。トピアスさんは、なんと官僚採用試験に受かった経歴があるらしい。だが、受かるのに何年かかかってしまい、その間にいろいろあって、官僚にはならずに宿を継ぐことになったのだそうだ。

 あのトピアスさんですら、受かるのに何年もかかったという現実に、一瞬気が遠くなる。


 ……まぁ、合格することが目的じゃないって言われてるし。


 この2週間を思い出して、自分を慰める。

 2週間前に宿に泊まりこんだわたしは、生まれて初めて試験勉強という作業に取り組んだのだ。だが、勉強というものは、わたしの想像を絶する大変さだった。


 何が大変だったって、鐘1つ分も椅子にじっと座っていなきゃいけないのだ。ご飯を炊いて、そのご飯を別の器に移してまたご飯を炊くという作業の間ずっと、とにかくじっとして待っている感じだ。普通に生活していたらそうそうないと思う。


 とにかく、机に向かって座っていなければならない。本を読むのはおもしろいし、それをまとめて書き出すのも読んだ内容をアーシュさんやコスティと話すのもとても楽しかった。だが、それをずっと同じ姿勢でやらなければならないのが辛い。


 ……だいたい、この椅子長く座るのに向いてないよね。


 アーシュさんが泊まっていた宿はお金持ち向けで、広い部屋が一つと寝室もあるらしい。宿の人に頼んで、机と椅子を二人分アーシュさんの部屋に運び込んでもらったのだが、その椅子が硬いのだ。座面に綿が入れてある分食堂の椅子よりはマシだが、それでも硬く感じる。


 材質も硬いのだが、背もたれがピシッとしている感じが、何というか、四角っぽいと言うか真面目っぽいと言うか……。


「なんか、この椅子コスティっぽいよね」

「はぁ?」


 ……う~ん、伝わらないかな。


 コスティには首を捻られただけだったけど、アーシュさんは横で噴き出したので、伝わったんだと思う。そしてアーシュさんはこの椅子じゃないなと思う。


 とりあえず座っていればいいのかと、ソファやベッドに座ってみたんだけど、姿勢が悪くなるからダメだと言われた。机に向かって正面を向いて、ピンと背筋を伸ばして座らなければならないそうだ。背骨が歪んではならないらしく、頬杖を突いたり背もたれにクタッと寄りかかるのもダメだった。それを、鐘1つ分続けなきゃいけないと言われるんだから、それ自体が何かの特訓みたいなものだ。


 そういえば、研究所にもこういう机と椅子があって、神呪師がよく座って何か描いていたなと思い出す。あんまり気にしていなかったし、わたしはあの頃から地面にべたっと座って描いていたので忘れていたが、神呪師になるならこの苦痛も平気にならなければならないのだ。


 ……これが一番の難問かもしれない。


 アーシュさんは最初の半日でわたしの苦痛を見抜いたらしく、「とにかく鐘一つ分を座って過ごす」という目標を設定した。とりあえず机に真っ直ぐ向かって座ってさえいれば、本を読もうと神呪を描こうと構わないというものだ。最初はホントに辛くて、アーシュさんが持って来てくれた砂時計で時間を計って、ちょっとずつ延ばしていった。この砂時計は、鐘一つ分を10に分けたうちの1つの時間が分かるんだって。


 最初の4日間は、砂時計1回分も苦痛で苦痛で耐えがたかった。だが、コツが分かってからは順調に時間を延ばすことができた。要は、集中していればいいのだ。

 地面に座ろうが寝そべっていようが椅子に座ろうが、集中してしまうと時間が経つのはあっと言う間だ。最初は椅子に座る苦痛の方に気が向いていたので難しかったが、気持ちを神呪とか本とかに向けることで改善できた。

 試験はこの姿勢で受けなければならないそうなので、できるようになって本当に良かったと思う。


「じゃあ、行こうか」


 領都に移動するのはわたしとアーシュさんだけだ。コスティは試験は受けないので、一昨日宿を出て、買い出しに来ていたクリストフさんとダンに送って行ってもらった。


 アーシュさんは教え方がとても上手いらしく、最初はちょっと胡乱げな目で見ていたコスティも、宿を出る頃にはすっかりアーシュさんに心を許していた。

 コスティが小さい頃に付けられていた家庭教師とは違い、本を読んで覚えさせるだけではなく、それをみんなで話すことで、きちんと理解できるように促しているところがすごいのだそうだ。わたしは家庭教師を付けられた経験がないのでよく分からないが。


 アーシュさんの馬で領都へ向かう。アーシュさんに乗せてもらう時は、時々、アーシュさんが馬に乗るコツのようなものを教えてくれるので、周りの景色を見ることができて楽しい。コスティだと前が見えないと言われるので、あまり上体を起こせないのだ。


「アキさん、いらっしゃい」


 アルヴィンさんが笑顔で出迎えてくれた。アルヴィンさんは、初めて会った頃よりずいぶん親しみやすい笑顔を向けてくれるようになった。きっと、わたしの仲良くしたい思いが通じたのだろう。


「机と椅子を、アーシュ様の部屋に用意しておきました」

「ありがとう、アルヴィンさん」


 この宿にはしょっちゅう来ているので、何となく安心感がある。試験の前の最期のお勉強をするのにも良いだろうとアーシュさんも言っていた。


「明後日ですね。私も微力ながら応援させていただきますね」

「応援……」


 向けられ慣れない言葉に目を真ん丸にしてしまう。これまでは自分で好き勝手にやってきたし、むしろ止められることの方が多かった。応援していると言われると、なんとなく、がんばって答えなきゃという気にさせられる。応援してくれている人がいるのだから、余計なことは考えずに、試験に集中しようと思う。






 森林領の領主様のお城は、領都の北側にある。


 領都の北から南南西へ流れる川と、北から南東へ流れる川の両方に面していて、どちらからも船を付けられるようになっているそうだ。


「森林領の物流の基本は船だからね。木材の出荷も麦の買い入れも基本は船だよ。馬車よりずっと早い。だから川を使って出入りする物を、検査できるようにしているんだ」

「わざわざお城で検査をするの?」


 ……いちいち森からお城に持ってくるのは大変なんじゃない?


「まぁ、さすがに全ての木材を城に運び入れたりはしないけどね。ただ、出入りする荷物の一部を抜き打ちで検査するんだ。だから森林領に出入りする荷物は必ず城の横を通るように決められてるんだよ」

「船だけ?馬車で運んだものはどうなるの?」


 川は、高原領からと森林領から、そして鉱山領から穀倉領を通る形で、それぞれジュダ湖に流れ込んでいる。穀倉領の6分の1くらいの広さを持つ広い湖で、わたしたちが穀倉領から森林領に入る時に通った湖でもある。

 船で荷を運ぶということは、必ず湖を通ることになるのだが、例えば穀倉領と森林領は、領都の大部分で隣接している。道が繋がっているのだから、わざわざ船で湖まで遠回りして運ばなくても、馬車で運ぶ方が早いはずだ。


「うん。領境に当たる大きな道にはね、検問所が設けてあるんだよ。荷馬車1台程度ならそのまま通れるけど、一定量以上の荷物を移動する場合は検査することになる」


 なるほど。例えば魚の行商のおじさんなんかはそれほど大量の荷物を運んではいなかったと思うので、あれくらいの行商さんならそのまま通れるようだ。


「検査って、どうやるの?」


 領と領の行き来はそれほど難しくない。人も物もそれほど制限されていない。だからこそ、ダンとわたしは穀倉領や森林領に隠れることができているのだ。だが、特定の職務に就く人や物だけ、移動が制限されている。どちらもいくつか種類があるが、職務についての筆頭は王族だ。


 アーシュさんに教えてもらうまで知らなかったのだが、「王族」とはその時の王様から五親等以内の者を指すのだそうだ。だから、王様が代替わりすれば当然、王族ではなくなる者や、新たに王族を名乗る者が出てくる。そして、王族となった者は、自由に領を跨ぐことはできなくなるらしい。まぁ、王族と言ってもいろいろと立場があるらしいので、それによっては届け出さえすれば結構自由にできる人もいるみたいだけど。あの鬱陶しかった人とかね。


 そして、移動が制限される物の方は、鉱物だとか米だとか宝石だとか、領によって違う。これは、領内の経済状態とかを見ながら領主様が決めるんだって。


「検査しなければならない物を判別する動具があるんだよ。ただしこれは、同じ類いの物には何にでも反応してしまうから、最終的には人の目で確認するんだけどね」


 アーシュさんの馬でお城のすぐ手前まで行き、馬は領都の馬繋場に預けたままにして、歩いてお城に向かう。試験は始めの5の鐘で始まるので、念のために4の鐘を目安に宿を出た。


「僕が付き添えるのは受付までなんだ。そこから先は試験官の指示に従うんだよ。分からないことがあれば近くにいる試験官に聞けばいいから」


 アーシュさんがなんだかとても心配性になっている気がする。まぁ、アーシュさん一生懸命教えてくれたからね。教え子がちゃんと試験で実力を発揮できるか心配するのは当然だろう。


「おもしろい動具とか見つけても飛びついちゃダメだよ。君が神呪師だということは隠して受けるっていう条件でダンさんに許可をもらってるんだから」


 ……それは初耳。


 なるほど。アーシュさんとダンの間で既にやり取りがあったらしい。それでダンもあんまり驚かなかったんだなと思い至る。


「あと、木の実のハチミツ漬けのこととかハチミツ飴のこととか、爽やかそうに美味しい話を持って来られても付いて行っちゃダメだからね」


 さすがはアーシュさんだ。まるで見て来たように言う。


 ……千里眼って、目に何かの神呪とかが描かれてたりするのかな?


「それと、間違っても試験会場以外のところにふらふら行っちゃダメだからね。場所によってはホントに厳罰に処されるから。アキちゃんて、普通の人が入れないところに普通に入れちゃいそうだからちょっと怖いんだよね」


 ……わたし、何の心配されてるんだろう?


 言われる内容の数々にちょっと遠い目になってしまう。だって、アーシュさんの口からは一言も試験に対する心配が出て来ない。


「……アーシュさん、わたし、今から試験を受けに行くんだけど」

「ああ、そうだったね。なんかアキちゃんがすごくいつも通りだから、普通に城に連れて行くような気になっちゃってたよ」


 普通の人は普通に城に連れていかれるものなのだろうか。


「アキちゃんはホント、アキちゃんだねぇ」


 意味が分からないが、バカにされてるとかではなさそうだ。アーシュさんがなんだかしみじみしている。


「ま、アキちゃんはいつも通り、広場にでも行くような感じで行くといいと思うよ?」


 アーシュさんはそう言うが、いくらなんでも、お城と広場は全然違うと思う。


 ……だって絶対、お城の方がおもしろそうな動具がいっぱいあるよ!







小学校1年生の授業で最初に身に付けることは、「座っている」ことですしね。

幼稚園とかで練習していないと難しいんですよね。。。

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