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空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~  作者: 静乃 千衣
第三章 シェルヴィステアのお城
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アーシュさんの提案

 なんとなく、衝動的に何かしなきゃいけない感覚にはなったけれど、それでも、まだダンに相談するのは躊躇われた。なんで躊躇ってしまうのか自分でも分からない。


「……コスティ、試験ってどんなことするの?」


 そもそも、官僚採用試験というものがどんなものなのか、わたしは全く知らない。


 ……動具の試験とは違うよね?


 これまでの人生で、試験などというものに触れたことなど全くないのだ。想像もつかない。


「法律と計算と一般教養の筆記。歴史や創世神話の試験官との問答。ちなみに筆記では文字の美しさの試験も兼ねてる」

「…………」


 聞いているうちにだんだん目と口が同時に開いて行って、最後にはポカーンと開いたまま、しばらく固まってしまう。


 ……え?……何?


 何を言われたのかさっぱり分からない。何かいろいろ出てきたけど、法律とか文字の美しさとか……アーシュさんは、わたしにいったい何をさせようと言うのか。


「法律と一般教養は本をそのまんま暗記だな。計算は問題をひたすら解く。で、歴史と創世神話は暗記した上で自分なりの解釈を用意しないといけない」


 口をカパッと開いたまま、目をぱちぱちさせて言葉もないわたしに、コスティが更に詳しく説明してくれる。


「…………解釈?」

「覚えた内容がどういうことで、何を意味しているのか、自分の意見を言わないといけないんだ。伝承なんて曖昧だからな。人によってどう感じるかは違う」


 説明されてもよく分からない。想像が付かな過ぎて何から手を付ければいいのかも分からない。


「……うーん、オレの本を見せてもいいけど……一度、アーシュさんに相談してみた方がいいんじゃないか?」

「アーシュさん、いつ来るか分かんないんだよね……」


 できれば、コスティの家でちょっとだけ本を見せて欲しい。あれ?でも、そういえばわたしは、コスティが勉強しているところを一度も見たことがない。


「コスティは試験は全然受けないの?」

「いや、成人前に一度は受けようと思ってる。父親のけじめのためにもな」


 ……自分のことなのに。


 お父さんのために、そんな重要なことが決定されるのかと思うと、少し複雑だ。例えばわたしのお父さんが生きていても、お父さんのけじめのために、自分がやりたくもないことをやるなんて選択はしなかったんじゃないかと思う。わたしにとってのお父さんと、コスティにとってのお父さんの違いに、ちょっと戸惑う。


「そっか……。じゃあ、今度わたしが受けたら、どんな感じだったか教えるね」

「ああ」


 まぁ、コスティはすごく詳しいから、別に報告は要らないかもしれないけどね。







「アーシュさん、もしわたしが試験を受けるとしたら、どうしたらいいの?」

「お、受ける気になってくれた?」


 今日はコスティが出店を出す日だが、ダンやクリストフさんの手が空かないのでわたしは町に行くことができない。その代わり、アーシュさんがやって来たので、炭やき小屋から離れたところへアーシュさんを引っ張って行って、こっそり聞いてみることにした。


「う~ん、そのつもりだったんだけど……。この前コスティに聞いたら試験がすっごく大変そうで……」

「ああ、それはそうだよ。だって国の制度を動かしたり守ったりする仕事を任されるんだよ?中途半端な勉強じゃ太刀打ちできないし、そもそも、それくらい合格できない人に安心して任せられないだろう?」


 そう言われてみればそうだ。おかしな人におかしなことをされたら庶民の暮らしが立ち行かなくなるかもしれない。


「今回は合格することが目的じゃないんだよ。だいたい、成人前に合格した者なんて数名しかいない」

「でも、受験料払うのに……」


 アーシュさんからすれば大した金額じゃないんだろうけど、払ってもらう側からしたら気にかかってしまう。自分で決心して、自分で貯めたお金ならこれほど気にしないんだろうけど。


「うん。だからね。高得点、取ってね」


 そう言うと、アーシュさんはニッコリと爽やかに笑った。


「アキちゃんを推薦するのは僕なんだから、アキちゃんが残念な点数を取ると、僕の評判にも関わっちゃうんだ」

「えええっ!?それ、絶対ダメじゃない!わたし勉強なんてしたことないのに!」


 初めて聞く話にギョッとする。わたし一人の問題ならお金だけの問題だったのに、誰かの評判に関わるなんて、怖くて気軽に挑戦できない。


「そうなんだよね。まずは勉強する環境だよね。コスティくんには協力してもらえない?」


 アーシュさんは、あくまでもわたしが試験を受ける前提で話を進めていく。


「……コスティの家は馬じゃないといけないもん。送ってくれる人がいないと……」

「う~ん……、とりあえず今からコスティくんのとこに行って、聞いてみない?貸してもいい本があるなら借りて、次に行く時に返せばいいし」


 アーシュさんはあっさり言うが、わたしは気が進まない。コスティの家の本は、コスティが試験を受けるためにお父さんがわざわざ選んで取っておいてくれているものだ。そもそも、本なんて高価なものを借りたりして、何かあったら怖い。


「アキちゃん。試験までね、あと2週間とちょっとしかないんだ」

「……へ!?」


 ……2週間?週って言った?月じゃなくて?


「だからね、例え全部の科目を借り切ったとしても、たった2週間で汚したり失くしたりしてしまう心配はそうないと思うよ?」

「いやいやいや、そこ!?今、話題にするとこ、そこだった!?2週間?いやいやいや」


 思わず突っ込んでしまうわたしを、アーシュさんがおもしろそうに見下ろしている。まるで他人事だ。


 ……自分だって大変なんじゃないの!?


 この現状で、まだわたしを推薦する気満々なのだから、やっぱり見た目と違って神経が極太だ。


「じゃあ、行こうか」


 わたしは呆然としたまま、半ば引きずられるように、アーシュさんと町に向かった。


 




「いいけど……どうやって運ぶんだ?」


 本を貸してもらえないかと相談したら、コスティはすんなり許可をくれた。


「え!いいの!?だって、汚したり失くしたり……」

「まぁ、今月いっぱいだし、大丈夫だろ。しっかり管理してくれそうだからな。ダンさんは」


 最後の一言がだいぶ余計だと思う。わたしだって、他人から借りたものをそうそう汚したり失くしたりしない。


「よし、じゃあ、僕は試験の届を出してくるから、明日から僕が寝起きできそうな部屋を用意しておいてね」

「は?」

「は?」


 わたしとコスティの声がキレイに重なるなんて、今までになかった奇跡だ。地味に嬉しい。まぁ、わたしの「息があったね」というアイコンタクトは相変わらずコスティには伝わらなかったけど。


「……寝起き?」

「そ。本だけじゃ難しいからね。特別に家庭教師してあげようと思って。ちゃんと休みも取って来てるんだ」


 怪訝そうに聞き返すコスティに、アーシュさんが当然のように答える。


「かていきょうし?」

「家で勉強を見てあげる先生だよ」


 なるほど。頼んだ覚えはないけど、いてくれると助かる。正直言って、本を借りてきたところで何をしたらいいのかさっぱり分からないのだ。


 ……それにしても、アーシュさんて、実は暇なのかな。


「あ、でも、突然言われてもシーツとか余ってるか分かんないんだけど……」


 なにせお客さんなど来そうもない森の中だ。部屋はあっても寝具はない。


「ああ、そうか……。う~ん…………うん、じゃあ、アキちゃんが宿に泊まろうか」

「は?」

「は?」


 今日はずいぶんコスティと気が合う。


「あ、なんならコスティくんも一緒に勉強する?僕こう見えても結構優秀なんだよ?アキちゃんもその方がやり易いだろうしね」


 なるほど。それはいいかもしれない。コスティだって、そのうち試験を受けるのだから、優秀な人に教えてもらえるのは悪い話じゃないだろう。

 問題は宿代だ。2週間分となると、今までの稼ぎが随分減る。コスティは生活費にも充ててるみたいだから、もしかしたら足りないかもしれない。悩みどころだ。


「いや、オレは……」

「あ、宿代は心配しなくていいよ。アキちゃんの受験費用ということでナリタカ様に二人分請求するから」

「コスティ、がんばろうね!」


 やっぱり、志を同じくする友が一緒にいるっていうのはいいことだよね。





 

 宿に泊まりこむのなら、ダンにはどうしても試験のことを言わなければならない。コスティに送ってもらった後、夕飯の席でちょっとドキドキしながらダンに切り出す。


「あのね、官僚採用試験、受けてみようと思うんだけど……」

「……理由は?」


 予想とは違う反応が返ってきた。


 ……反対されると思った。


 バカなこと言うなと怒られるか、おでこをペンッと叩かれて流されるか、どっちかだと思っていた。


「…………分からない」


 少し考えたが、正直に言ってみることにした。自分でもはっきりしないことが、ダンになら何か伝わるかもしれない。


 今回チャンスをくれたナリタカ様やアーシュさんが、またチャンスをくれるかどうか分からない。やってみるかと聞かれたときに、やってみると答えなければ、次は誘ってくれないかもしれない。


「……ただ、何かしなきゃいけない気がして……。役人になりたいたっていうわけじゃないんだけどね」


 ただ何かに突き動かされただけで、その後どうするのかなんて考えていない。でも、とりあえず一歩踏み出してみたら、何か違うものが見えるかもしれないという気がした。


 ダンが何か言おうとして口を開いて、そのまま閉じる。


「…………ハァ」


 長い沈黙の後、目を閉じて、深いため息を吐く。


「……分かった。ただし、受験料はオレが払う」

「えっ!?いいの!?」


 試験は領主様のお城で行われる。何となく、近づくことは禁止されるような気がしていた。


「お前ももう10歳だからな。そろそろ自分のことは自分で決める練習も始めとかねぇとな」


 ダンの言葉にドキリとする。どうして自分がダンに相談できなかったのか分かった。


 ……自分のことは自分で決める。


 それは、ダンの元を離れる練習なのではないのか。いつかクリストフさんは、わたしから手を離さなければダンはわたしを放り出したりしないと言った。けど、じゃあダンは、そのうちわたしがダンの手を離すと思っているのだろうか。……わたしは、離すことを望まれているのだろうか。


「成人すると練習なんてさせてもらえねぇからな。それまでにいろいろとやってみて失敗してみるのもいいだろう」


 知らずに詰めていた息を、そっと吐き出す。


 ……成人までは、いていいんだ。


 さすがにわたしも、成人してまでダンにべったりくっついていようとは思わない。あと5年経つ頃には、わたしにも何かが見つけられているだろう。それまでは、ダンの元にいたいと思う。


「うん。あ、それでね。アーシュさんがこれから試験まで家庭教師してくれるから、宿に一緒に泊るようにって。コスティにもまとめて一緒に教えてくれるんだよ」

「は?なんで宿?」

「だって、うちに来られても泊められないでしょ?」


 ダンが額に手を当ててため息を吐いている。


「え?ダメ?」

「いや……もうそのまま囲い込まれそうな勢いだな……」


 ダンが何かぶつぶつ言っているが、いまいち聞こえない。


 ……聞こえないように言ってるのかな?


「宿代は……」

「あ、宿代は大丈夫。コスティの分と二人分払ってくれるって。ナリタカ様が」

「……お前、よっぽど苦手なんだな」


 別にナリタカ様が苦手だから遠慮しないわけじゃない。わたしが遠慮したらコスティはもっと遠慮しなきゃいけなくなるから、仕方なくだ。決して、わたしに苦手意識を持ってもらえたらいいなとか思っているわけではない。


「明日迎えに来てくれるって」

「分かった」


 翌日から、わたしとコスティは、アーシュさんが泊まっている宿にそれぞれ部屋を借りて勉強を始めた。コスティと同じ部屋で大丈夫と言ったのだが、何故か二人声を揃えて却下と言う。しかも即答。

 わたしもコスティもまだまだクリストフさんの半分の大きさもないのだから、別に困らないと思うんだけどね。







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