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【閑話】ハチミツ飴の行方②

 ヨウシア薬剤店に薬を卸に行ったオレに、父さんが無言で小さな壺を差し出してきた。思わず受け取る。


「これ、何だい?父さん」

「ハチミツだとさ。どうやら子どもが作ったものを宿で売っているらしい」


 裏通りにあるヨウシア薬剤店は、引退したオレの父さんが営む小さな店だ。その、小さな店にハチミツ?


「……なんだ、飴玉か」


 ハチミツは高価だ。父さんはこの店を始める時、クスタヴィ薬剤店を受け継いだオレに資産のほとんどを渡してくれた。そして自分は、この小さな店で庶民用の薬を売っている。安くてよく効くと評判だが、ハチミツを使うほど高価な薬は、仕入れる金も買う客もないだろう。


「いや、飴玉というよりはハチミツだった」

「は?」


 ……いや、どう見ても飴玉だろう?


「そのまま食ってみろ」


 そう言われて、一つ口に入れる。


 ……苦い。


 驚きに目を見張る。口に入れた瞬間、ほんの少し苦みを感じるのはハチミツ独特のものだ。花の種類によって変わる香りが影響していると言われている。砂糖を固めたあめ玉にはあり得ない。


「驚くほど忠実に再現してるね。でも、これどうするんだろう?」


 ハチミツは殺菌作用が強く栄養価も高いので、そのまま舐めても病気予防として十分使える。だが、栄養素というものは、加熱すると壊れてしまうものが多いのだ。


「せっかく栄養価が高いのに、飴にしちゃったら熱で台無しになってしまうじゃないか」


 ただ味を再現しただけなんて。


「そのまま練り薬にする方がよっぽどいいよ」


 ハチミツは高価なので、普通はこんな贅沢な使い方はしない。


「いや、加熱していないんだそうだ。栄養になる成分もそのまま保持させたと聞いとる」

「は?」


 一瞬、何の話をしているのか分からなくなる。


 ……え?飴だろ?この飴の話だよな。


 飴を作るには、砂糖を水に溶かして煮詰める必要がある。子ども用に、薬を混ぜ込んだ飴を作ることもあるので知っている。


 ……加熱しないでどうやって煮詰めるんだ。


「作り方は企業秘密だそうだ。高いから、買えそうな奴がいるなら試食用に持って行け」


 ハッキリ言って、何をとぼけたことをと一蹴するところだ。オレだって一瞬、父さんがついに、とか思ってしまった。だが、薬の在庫を整理し始めた父さんはいつも通りだし、オレもさっき食べて、たしかにハチミツだと分かっている。


 それが本当だとしたら大変だ。そんな技術があったら薬剤革命が起こるかもしれない。


 ……一度誰かに相談してみないと。


 自分一人の手に負える気がしない。


 ……ガルス薬剤店がいいな。


 たしか店主の従甥が王族の従者だったはずだ。店主も辣腕で、ちょっと怖いが汚いことをする人間ではないので、隣の領だがオレは頼りにしている。


「……一度うちの薬剤師に見せてから判断するよ」


 オレだって、まだまだ薬剤師として現役だ。加熱せず、成分をそのまま残した状態で飴にできる技術があるんなら、是非知りたいと思う。






------------------------------------------


 室長が、知り合いからもらってきたというハチミツ飴は、神呪師の間で評判だった。特に、わたしたち女性陣に。


「ちょっと、マティルダ!見て!これ、あれじゃない!?」

「え?ラウナさん、今日は生理痛が辛いからもう帰るって言ってませんでした?」


 マティルダは、成人してまだ2年目の若手だ。腕はいいと思うのだが、親との関係で、王都ではなく森林領で働いている。正直もったいない話なのだが、若者がいると活気付くし、わたしも同姓の同僚がいると嬉しいので良かったと思う。


「うーん。けど町に降りたらすぐに境光落ちちゃったからさ。戻って来ちゃった」


 城から町までは等間隔で街灯があるし、城門から家までの間には避難所もあるから、帰れないことはない。わたしたちが改良した森林領の街灯は、他の補佐領が追随を許さない程、素晴らしい明るさを誇る。


「あ、それより!帰る途中で薬を買おうと思ってすぐそこの薬剤店に寄ったらさ。これ、試食用にもらったの」


 体調は薬のおかげでだいぶ良くなったし、家に帰ると仕事の見習いから戻った子どもたちがうるさくしているので、正直、職場にいる方が楽なのだ。


 ……復帰して良かったわぁ。


 世間では難しいと言われる神呪よりも、わたしにとっては子どもの思考回路に付き合う方が難題だった。


「はぁぁぁぁっ!ハ、ハチミツ飴じゃないですかぁぁぁ!」


 思った通り、マティルダが奇声を上げながら飛びついてくる。いや、比喩じゃない。ホントに、ぴょーんと飛びついてきた。


「危ない危ない危ない!ちょっと、落ち着きなさい!」


 わたしの叱責の声に、マティルダが大きく目を見開いて、「ハッ」と声に出して言って、服を整える。「ン、ウン」というわざとらしい咳払いのおまけ付きだ。


 ……仕事中は静かで冷静な子なんだけどね。


 時々、意味の分からない表現方法を使ったり、おかしな敬語を使ったりする。今どきの若い子は忙しないなと感じる。エネルギーが有り余ってるのかもしれないが、時々、ちょっと引いてしまう。


「今後仕入れるかどうか聞いたら分かんないって言うからさ、もらえるだけもらって来たのよ」


 室長にお願いすれば手に入るのかもしれないが、なにせうちの室長はちょっと怖い。一見、垂れ目で優し気なおじさまなのだが、仕事に関して容赦がないのだ。いつも怒られる身としては、仕事でもないのに話しかけるのはちょっと避けたい。


「ええぇぇっ!?分かんないってなんですか、なんですか!?運命の出会いだったのに!」


 なんだか両手を床に叩きつけて激しく見悶えているが、大丈夫だろうか?わたしより彼女の方が薬が必要かもしれない。何の薬かは分からないけど。


「いや……、まぁ、とりあえず、これあげるわよ。ほら、食べたら元気が湧いてくるんでしょ?」


 もらってきたハチミツ飴を差し出すと、目をキラキラと潤ませながら両手で受け取る。


「はい……。この、神呪が撒き散らされて疲弊した脳細胞の隅々までとろりと浸透し、全ての残滓を絡め取って流し去ってくれるあの感覚が……」

「あれ、それオレも欲しかったんですよ~。ありがとうございまーっす」


 マティルダの感極まった弁舌を、同じく若手の神呪師のサウリが横から無情にぶった切った。しかも、わたしがもらってきたハチミツ飴を一つ、ポイッと無造作に口に投げ入れる。


 ……ゆ、勇者だわ。


 その後、激しく怒り狂い、サウリの首を閉めにかかるマティルダを宥めるため、わたしたちは勇気を振り絞って室長の個室に向かった。

 もちろん、ハチミツ飴の追加を手に入れてもらうためだ。






------------------------------------------


「ああ、やはり落ちてしまったか」

「あら、早めに領都に入って正解でしたわね」


 森林領には大きな川が二本流れており、その川が流通に使われる交通機関として知られている。だが、川の周囲には湖や池もたくさんあり、川に注ぎ込む支流も多い。その中の一つであるコンティオラ湖の畔に土地を持つ荘官が、この私だ。隣接する穀倉領から近隣へ陸路で物資を輸送する際は、我がコンティオラ荘を通ることが多いため、宿場町としても栄えている。


 領主の代替わりを半年後に控え、その後の検注などに関する話が大詰めを迎える中、5日後に開かれる議会へ招集されたのだ。

 議会の間は城の一画にある別邸での宿泊が可能になるが、なにせコンティオラ荘は少しばかり遠い。境光が落ちることを予測して、早めに領都に入り、領都の宿から余裕を持って入城することにしている。


「グランゼルムへ行くのは明後日でしょう?ちょうど良かったではありませんか。今日と明日はゆっくり休みましょう。わたくし、疲れてしまいましたわ」


 朗らかにそう言う妻は、実はリッキ・グランゼルムという料理店を大変気に入っている。私の友人がオーナーということもあって、開店前からあれこれと口を出していたのだが、一度妻を連れて行ったところ、そのうち出資者の私より立場が強くなっていた。


「あの料理店は久しぶりだもの。どんなメニューができているか楽しみだわ」


 聞くところによると、料理人として雇い入れるものは素人ではなく他店で3年以上修行したものでなければならないとか、新入りに順番で毎月新しいメニューを考案させるだとか、ずいぶん厳しいことを要求したらしい。だが、そのおかげで、今では高級料理店として領都まで鳴り響くほどの名声を手に入れている。


「料理長が質実剛健を絵に描いたような男だからな。それほど斬新なものはないだろう」

「あら、だから新人にメニューを作らせているのよ。料理長自身は奇抜なアイディアは出せないけれど、それを否定するタイプではないもの。採用する時にその辺りも見ているはずだから、きっとおもしろいメニューが出るわよ」


 妻は本当に楽しそうだ。私としては、食べ物にはそれほど興味はないのだが、妻が機嫌良く過ごしてくれるならばそれで結構だ。






「あら、これは何かしら?」

「野菜の肉巻きでございます」


 メイン料理として出されたのは、豚肉の薄切りで何かをグルグルと斜めに巻き上げ、上からソースをかけた物だった。


「あら、美味しいわ。このソースは初めての味ね。何かしら、塩と砂糖……ではないわね?」

「はい。味噌という穀倉領の調味料にハチミツを合わせております」


 味噌というのは聞いたことがない。穀倉領のすぐ近くに住む私でも知らない調味料など、よく見つけて来たものだと感心する。


「実は、近くの炭やき職人がつい最近穀倉領から越してきまして、その娘から話を聞いて作ったものなんですよ」

「ほぅ、穀倉領から。だが、これを正式なメニューにするならば定期的に穀倉領から持ち込まなければなるまい?」


 地図上で見れば隣だが、それでも馬車での移動となると、うちからグランゼルムまでの数日かかる。日持ちの良いものを選んだとしても、輸送費がバカにならないだろう。


「ええ。ですから、その辺りをコンティオラ荘官様にご相談させていただきたいと思いまして」

「ふむ。馬車だと急いでも4日程。コンティオラ湖からハールス川へ流れ込む支流で運べば2日弱……か。それほど大きい荷でなければ可能ではあるが……」

「それでも輸送費は結構かかるわね。それ程の価値があるかしら」


 妻の厳しい声に、料理長と共に首を竦める。食べ物が絡むと女は途端に強くなる。


「そうだなぁ、何か他の物を運ぶ時についでに乗せるくらいなら可能だが……」

「穀倉領からうちに運び込むものなんて、米や大豆くらいでしょう?せいぜい近隣に配るくらいですもの。領都まで運ぶものなどそうそうありませんわよ」


 たしかに、領都近郊まで荷物を届けるとなると、遠回りにはなるがジュタ湖を通って川から運び込む。その方が安くつくのだ。わざわざコンティオラ荘を介して運び込むものは少量で急ぎのものだけで、そんなもの、そうそうない。穀倉領は本当に米くらいしかないのだ。


「まぁ、それは様子を見ながらだな。何か荷がある時には運ばせるとして、売上げが上がるようならまた考ることにしよう」

「ありがとうございます。では、こちらがデザートでございます」


 料理長の横から若い料理人が皿を持ってくる。先ほどの肉料理もこの料理人が運んできた。両方とも彼の考案なのだろう。


「あら!まぁまぁ、なんて素敵なの!」

「ほぅ、これはおもしろいな。まるで宝石を散らしたようだ」


 果物にクリームを添えたデザートは一般的だが、今回は白いクリームの上にキラキラと輝く黄玉の粒のようなものが散らしてある。ただそれだけのことだが、店内に灯してあるランプの光を反射してキラキラと輝き、まるでアクセサリーのように華やかになっている。これは女性に気に入られるだろう。


「あら、これは……ハチミツ?」

「ああ、本当だ。この粒だけ食べるとハチミツの味がするね」


 ただの飴の細工ではなかった。クリームの甘さが控えめな分、ハチミツの濃い甘みが際立つ。さすがは高級料理店に名を連ねるだけはある。一筋縄ではいかない。


「これは、君が作ったのかい?」

「は……あ、はい。あ、いえ、ハチミツ飴は……その、先ほどお話しした穀倉領から来た娘が作っているものなんです。加熱処理をしていないとかで、ハチミツの栄養や甘みがそのまま活かされているんです。それを今回使ってみました」


 料理長の隣にいる若い料理人に声をかけると、しどろもどろに気になることを言う。


「加熱処理していない?」

「ええ。よくは分からないのですが、そう言っていました。領都のリット・フィルガという宿で取り扱っていると聞いていますが……」





 宿に戻って、試しに泊っている宿屋の主にハチミツ飴のことを聞いてみた。


「ああ、最近リット・フィルガで扱い初めた飴ですね。宿で宿泊客相手に売っているようです。だが、なにせ高いので……売れ行きはそれほど芳しくはないようですな」

「加熱処理をしていないと聞いたが……そもそも飴とはどのようにして作るのだ?」


 たしか、砂糖を熱するとか聞いたような気がする。砂糖の塊なのかとちょっと引き気味に聞いていた記憶がある。


「普通は水に溶かした砂糖を煮詰めて作りますね。ですが、これはハチミツですからねぇ。何か特殊な方法でも使っているのかもしれません。たしか、まだ小さな娘が卸しに来ているのですよ。発想が豊かな娘でいろいろ売り込んでくると、トピアスさんが感心していましたよ」


 ……娘、か。


 何か普通と違う方法と言うと、特殊な動具があると考えるのが自然だ。もしかしたら、身内に腕の良い神呪師でもいるのかもしれない。


 ……なかなかおもしろそうな話だ。議会の合間にでも新領主にお話しすれば、数多いる荘官の中から心証を残せるかもしれないな。

 





「コンティオラ夫妻」と呼ばれていますが、苗字ではありません。

コンティオラ荘の荘官夫妻という意味で呼ばれています。通称です。


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