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失敗の行方

 どこからどこまでを忘れているのか、集中して思い出さないと整理できない。今までの4年間、思い出すことがなかったのだ。何がきっかけになったのかもわからない。


 ……ダンは、無理に思い出すのは危険だと言ってた。


 わたし自身が、わたしの心を守るために忘れたのじゃないかと言っていたのだ。何か、ダンにそう思わせるようなことがあったということだろう。


 研究のための、旅だと聞いてた。両親が、神呪の研究と言って家を空けるのは、それほど珍しいことではなかった。何を研究しているのかはよく分からなかったが、両親揃って神呪バカだったので、何かしら神呪のためだろうと納得していた。なにせ、自分も神呪バカだ。新しいことを発見して教えてくれるのを楽しみにしていた。


「なんで、一緒に行ったんだっけ?」


 何かを、見に行ったのだ。何か珍しいものを。


「あ……神物……だっけ」


 この世界は、丸い半円の、境壁と呼ばれる膜のようなもので覆われている。境壁の外は神の様々な力が渦巻いていて、何が起こっているのか、何があるのか誰も知らないそうだ。渦巻く神の力がぶつかり合って偶然生まれたのが最初の王で、境壁を創り、世界を創り、神呪を創った神人だ。


 境壁の向こうは、神の力が入り乱れている不可侵の領域だ。境壁そのものが禁忌となっていて、間違って触れることがないように高い高い壁で覆われている。その高く厚い壁の一部が壊れていたのだ。あの壁は、この世界が作られた時にできたそうなので、とても古い。崩れていることはそれまでにもあったそうで、近くの補佐領から定期的に点検のための部隊が出ているそうだ。


 神物とは、神々の力で偶然できあがる生き物だそうで、この世界を作った神人もそうして偶然生まれた生き物らしい。そういうものが、たまに境壁を超えて入って来る。たいていは壁に阻まれてそのまま境壁の外へ出て行くのだが、今回はたまたま壁の壊れた部分から侵入してきたらしい。それを、見に行ったのだ。


「神物は、討伐隊の人たちがやっつけてた」


 問題は、その後だった。壁が崩れているから境壁が見えるはずだと、誰かが言いだして。


「わたし……境壁に、触れたんだ…………」


 あの時、あの旅の最終地点で。高い高いその壁に、穴が開いていて。


 そこから神物が入ってきたのが見えたのだ。お母さんたちの方に、向かっていったのが見えて。


 ……だから、わたしは咄嗟に振り向いて、水を引き出す神呪を描いた棒を突き立てて……。


 近くの水管から地上に水を引き出すだけの神呪だ。水ならそれほどの危険はないので、作って常に持ち歩いていたのだ。ただの木の棒に神呪を描いただけの、簡単な武器を。


 ……そうだ。あの時あの神物は炎を吐いて、わたしが引き出した水の渦にぶつけてきたんだ。


 そこからは、よく分からない。何か大きな音がして、ものすごい風が吹きつけてきた。


 テントを立てていた討伐隊もお母さんも他の神呪師たちも。テントごと爆風で吹き飛ばされたのが、一瞬見えて。

 

 ……次の瞬間には、わたしも巻き込まれて。


 爆風で吹き飛ばされた先は、ちょうど、壁に穴が開いているところで。


 その境壁に触れてしまったその瞬間、頭の中にまるで爆発するように激しい光が充満した。


「イヤァァァァッ!」


 光を思い出した瞬間、頭の奥がキーンと鳴って、次の瞬間、もの凄い激痛に襲われた。


「イタイイタイイタイィィィ!」


 力いっぱい頭を押さえるが、痛みは強くなるばかりで目の前が真っ白になる。なのに、あまりの痛みに意識を手放すことができない。痛みのあまり吐き気がする。


 ……思い出しちゃダメだ!!!


 頭を抱えてもだえ苦しんで、ベッドから落ちて床の上でのたうち回りながらそう思い出した瞬間、一気に気が遠くなり、わたしはまた、意識を失った。


 意識が途切れる直前、その一瞬の間に、頭の中にいろんな景色がチカチカと明滅する光のように過ぎって、その合間に、またあの青空を見た気がした。






 翌日、わたしは意識が戻ったが、ダンの意識はまだ戻らない。


 わたしの悲鳴を聞いて部屋に駆け込んできたクリストフさんとヴィルヘルミナさんは、部屋の惨状に言葉を失くしたと言う。

 ベッドにいたはずのわたしは床に転がっており、置いてあった椅子は倒れ、横のテーブルに乗せてあった水差しは床にぶち巻かれ、シーツははがされてわたしが蹲った腕に抱え込んでいたらしい。


 ……まぁ、暴れた記憶はあるもんね。


 旅の途中から途切れていた記憶は、少しだけ思い出していた。だが、境壁に触れた後の記憶はまだ曖昧だ。

 お父さんのベッドの横にいたのを微かに覚えているが、何かの神呪を一心不乱に描いていて、お父さんに関する記憶が薄い。お父さんの声はもう力を失っていて、その瞳からは光が失われようとしているのを、わたしはたしかに見ているのに、それについて抱いた感情の記憶がない。どこか遠くから、膜の向こうから自分自身を見ているような感覚だ。あのお父さんの言葉は、その時にお父さんがわたしにかけた言葉だった。


 ……わたしが、わたしじゃないみたいだった。


 あの時の記憶は全て、そういう他人事みたいな感覚で、思い出したはずなのに、途切れ途切れにしか残っていない。ただ、その後、ハッキリと意識できる記憶の中で最初に出てくるのはダンで、そこはもう、野営のテントでも、王都の家でもなかった。旅に出発したのは春だったのに、気が付いたら夏真っ盛りだった。穀倉領に向かったのはそれからだ。


 涙が頬を流れるのを感じた。


 ……忘れていたなんて、ひどいね。


 激情はなかった。あれからもう4年も経っていて、お父さんとお母さんを失ったことは、わたしの中ではとっくに過去のことになっているのだ。わたしはこの4年、ダンに支えられて、たしかに自分の意志で生きてきたのだから。だから、胸は痛んでも、感情はもう揺れることはなかった。ただ、静かに涙が流れてきたのが不思議だった。


 わたしの、お父さんの最期の記憶は、忘れてはいけないという言葉とともに力なく頭に乗せられた、手の感触だった。







 ダンの意識が戻ったと聞いて、慌ててダンの部屋に駆け込んだ。


「ダン!」

「よお。……なんて顔してんだ」


 さっきまで意識がなかった者とは思えないような軽い口調で手を上げたダンは、わたしの顔を見て苦笑した。


「ダン……うっぅ……ひっ……」


 ダンの意識が戻らないと聞いた時からずっと、凍ったように固まっていた感情が、ダンの顔を見たとたん、涙と共に一気に溢れてきた。ずっと無意識に強張っていた体からヘナヘナと力が抜けて、ダンのベッド横にペタンと座る。


「心配したか?」

「……うん」


 考えると恐怖が蘇って体が震える。


「…………ダンが……このまま…………」


 言葉にすると本当になりそうで、口にすることすらまだ怖い。


「……そうだな」


 ダンがポンポンと頭に左手を乗せて呟く。右腕は布で首から吊っている。ダンがそんな怪我をしたことなんてなかったので、その布を見るだけで怖い。唇を噛んで、俯く。


「……お前は自分がやったことを分かってるか?」


 いつもと変わらない口調の、ダンの静かな言葉に、俯いたまま頷く。


「…………神呪を、制御しきれてなかった……」

「ああ」


 あの時、わたしはランプを置いたままその場を離れたはずだった。なのに、戻った時には倒れていた。動物か何かが倒したのかもしれない。でも、問題はそこじゃない。水の膜は上手く行っていたのだ。燃えたのは、膜を通り抜けた炭ではなかったはず。


 神呪だ。作動しなくなるはずだったのだ。上に置いたものが、そこからなくなったら。新しく何かが触れた時に、また発火する予定ではなかった。


「……ちゃんと、ダンに検証してもらわなかった」

「そうだな」


 新しい神呪を作り出す時は、検証を他の人にお願いしなければならない。暴発を防ぐためだ。だが、わたしはこの検証作業を飛ばしがちだ。

 王都にいた頃は、わざわざ誰かにお願いしなくても、周りにいつも誰か大人の人がいたので、その決まりすら知らなかった。旅の途中で言い聞かせられたが、それまでいろいろな神呪を触っていて、感覚で、どの程度の神呪でどの程度の暴発が起きるか知っていたので、あまり気にしていなかった。


 ダンにも、火に働きかける神呪以外はそれ程神経質には言われていなかった。だから、わたしは新しい神呪を作っても、特に誰かに何か言わなければならないと、真剣に思ってはいなかったのだ。


「……火を使う、神呪だったのに……」


 火に働きかける神呪だけは必ず見せるようにと、ダンには何度も何度も言われていたのに。


「……オレも最近は目を離しがちだったからな」


 ダンがため息を吐く。


「……火を扱う危険性は分かっていたはずだ」

「うん」

「自惚れて、油断した」

「……うん」


 ダンの言葉に奥歯を噛みしめて答える。悔しい。でも反論できない。


「神呪が得意で、いろんな動具を作り出せて、自分には何でもできるような気がしていただろう?」

「…………うん」


 拳をギュッと握りしめて、涙を堪える。喉の奥に何かが詰まっているような感覚に、ゴクンと喉を鳴らす。


 たしかにそうだと思う。自分ならば火の神呪もどうにでもできると無意識に考えていたことが、今になって考えると分かる。他の人には無理でも、自分ならば、と。


 ……自信たっぷりに自惚れて。


 その結果がこれだ。自分が恥ずかしいと、初めて思った。息が震える。止まっていた涙が、ダンを心配するのとは違う感情て溢れてくる。


「お前は自分のやっていることやできることにもっと真摯に向き合え。大雑把に考えずに、神呪を考える時くらい細かく、丁寧にじっくり自分を見つめろ。自分の中のどの能力がどの程度の物なのか、目を逸らさずに、面倒くさがらずに、見落とさないように、しっかり受け入れた上で一つ一つ着実に積み上げることを意識しろ」


 ……ああ、そうか。神呪と同じくらい大事に慎重に考えないといけないのか。自分のことも。


「途中が欠けた状態で作り上げられたものなんか、今まで一つもなかっただろう?」







 わたしが起こした火事は、水場の屋根と水管の一部を焼いて収まった。この修理もだが、口焚きの最中に騒動を起こしてしまったので、その時に作っていた炭が全部ダメになってしまったのが痛かった。


「お金、いくらくらい損したの?わたしが払える金額じゃないよね」

「アキ。仕事ってのはその場だけの問題じゃねぇ」


 なんとか弁償できないかと悩むわたしに、ダンが屈んで目を合わせて言う。


「クリストフさんは定期的に炭を卸してる。領都の炭屋で、この炭は高級品だ」

「前に聞いた」


 頷くわたしに、ダンが頷き返す。


「クリストフさんが炭を卸せないと、どうなる?」

「次の納品までいつもの炭屋さんに高級な炭がなくなる?」


 クリストフさんの他に、同じくらい高級な炭を作っている人がいなければ、お店からなくなってしまうかもしれない。


「店に高級な炭がなくなると、客はどうする?」

「うーん……安い炭を買う?」

「いや、高級な炭を買う客は大店の食事処や領主の城だ。炭の質で味が変わるから、むやみに質は落とせねえ」


 わたしは高級な炭なんて使わないので違いが分からないが、そういうものかと頷く。


「じゃあ、他のお店から買う?」

「他の店に余りがあればな。だが、どこだって元からの馴染みに優先して商品を渡す。突然入って来た客なんて、余程のことがない限り、後回しだ」


 なるほど。言われてみればたしかに、お店側としてはそうなるだろう。


「じゃあ、今回は余所に炭が余っていたとして、そうやって、違う店から炭を買った客は、次に買うときにどこから買う?」


 今までの付き合いとかがあるのだから、また元のお店に戻るんじゃないだろうか。


「今回は他から調達できたが、できなかったかも知れねぇ」


 ……う~ん……付き合いとかが気にならなければ、炭がちゃんと手に入るところと馴染みになっておきたいよね。


「馴染み客を余所の店に取られた店はどうなると思う?」


 わたしはその先を想像してみてギョッとした。もしかしたら、お店を畳まなければならなくなるかもしれない。

 相手は大店とか領主様だ。きっとものすごい金額が、あっちからこっちへと動くのだろう。巻き込まれたら大変だ。


「ダン……」

「いいか、アキ。そんな風に、世の中みんな、どこかしらで繋がってる。一人の一つの失敗が、回り回ってどんどんデカくなることもある。自分の失敗が自分だけで終わるのは、子どものうちだけだ」


 青ざめるわたしに、ダンが淡々と言って聞かせる。


「今回はお前の保護者であるオレが収める。お前はこの経験を忘れないようにしろ。子どもの間だけに許される練習期間だ。大人になったら通じねぇ」

「ダン……収めるって、どうするの?」


 うちは基本、貧乏だ。革袋に大金が入っていたが、人に預けていたほどだ。簡単に使えるものではないだろう。


「お前はまだ子どもだ。今回、そこは気にする必要はねぇ」


 ダンが頭を軽くポンポンする。


「それより、お前は早めに何か動具を作って誰かに喜んでもらえ」

「……え?」


 話の流れがよく分からないくて、一瞬混乱する。わたしの失敗の話だったはずだ。むしろ、しばらく神呪から離れた方がいいんじゃないだろうか。


「大きな失敗をすると、人は臆病になるからな。早めに上から成功体験を重ねた方がいい。下手するとそのまま戻れなくなっちまう」


 ダンは大した事はなかったように軽く言うけれど、わたしの失敗の後始末はそれほど簡単だとは思えない。でも、それが保護者の役割だと言って、ダンはもうその話には触れなかった。






 わたしはそれから、暇を見つけてはずっと神呪を描いている。ダンが安い紙をいっぱい買ってくれたので、端を紐で留めて持ち歩き、何か閃いたらすぐに描く。


 あの日の記憶は途切れ途切れで、正直実感のない夢のような感覚なのだが、それでも、自分が何か見たこともない神呪を一心不乱に描いていたことは思い出した。そして、わたしは一度描いた神呪は忘れない。自分が描いた感覚がないのであやふやではあるが、それでも、この目で一度見ている。


 ……熱も炎もなければ、ただの光が残るはず。


 描くしかないと思った。失敗を、失敗で終わらせないために。


 あの日、完成を確認することなく終わったランプの制作を、今まで発明されていない神呪を使って完成させたい。そのために、わたしは必死にあの時の記憶を思い出している。


 あの曖昧な記憶の中で神呪が描かれていく光景には、時々、見たこともない情景がまるで切り取ったように映りこんで、わたしを混乱させる。だが、その中に時々現れる青空が、夢を見た日以来少しずつ薄くなっていくあの色の記憶を、鮮明に思い起こさせた。

 それはきっと、光を生む神呪と繋がっている。






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