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水の膜と火の神呪

 リッキ・グランゼルムは大きな店だ。とは言っても穀倉領領都にあるガルス薬剤店程ではないが。


 今日は保護者同伴のため、躊躇うことなくドアをくぐる。


「いらっしゃいま、せ……」


 入り口付近にいたお姉さんが、笑顔で振り向いた後、怪訝そうな表情で口ごもる。


……まぁ、このお店に入るような格好じゃないもんね。


「うちの養い子に話があるそうだが?」


 ダンがぶっきらぼうに言う。それじゃ、伝わらないだろう。


 人生の半分を貧乏で暮らしたわたしに理解できる、「場違い」という言葉は、人生の7分の1しか貧乏していないダンには理解できなかったらしい。店員さんの戸惑いなどお構いなしだ。


 ではクリストフさんはと見上げると、こちらも飄々とした態度で、相手の戸惑いに寄り添おうという気配はない。


 ……保護者!


「さっき、避難所で出店をやってたさわやか兄さんに呼ばれてきたの。木の実のハチミツ漬けの話だと思うんだけど……」


 仕方なく、代表して前に出て用件を告げると、店員さんは、ああと言って奥に入っていった。


「態度悪ぃな」


 たしかに、ガルス薬剤店の店員さんの接客を知っているわたしから見ても、接客態度がなってないように思える。が。


 ……ダンに言われたくはないと思うよ。


 しばらくそのまま待たされた後、別室に通された。そして、そのまま待たされる。お茶が出るでもない。


 ……態度、悪いね。


 さすがのわたしもムッときて帰ろうと言おうとした時、ガチャッとドアが開いて、がっしりとした男の人が入って来た。後ろにさわやか兄さんも付いている。


「料理長のトゥーレという。よろしく」


 トゥーレさんは、クリストフさん、ダンと見ていって、最後にわたしを見る。大人だと、大人にしか目を向けない人もいるので、トゥーレさんにはちょっと好感を持った。


「早速だが、レヴァダ・イェンナで使われている木の実のハチミツ漬けがあるなら見せて欲しい」


 ……んん?レヴァダ・イェンナ?


「あん?知らんのか?おかしいな。トピアスさんに聞いたんだが……」

「トピアスさんなら知ってるけど……もしかして、食事処の名前?」

「ああ、そうだ。あんただろ?子どもから買ってるってカレルヴォから聞いたしな」


 なんと、トピアスさん繋がりだった。それにしても、食事処で憩いなんて、素敵な名前のお店だと思う。美味しい食事を出さなきゃね。


「そうだね。一番最初に見せたのがカレルヴォおじさんだったんだよ。あ、違った、さわやか兄さんだった」


 わたしがさわやか兄さんを見ると、シーッと仕草だけで訴えてきた。


「ん?さわやか兄さん?」

「うん。最初はこの町で売ろうとしてたから、そこのさわやか兄さんに見せたの。そもそも最初はさわやか兄さんに、何か料理を考えてみてって言われて作ったものだからね」

「あ、あー……いや、待ってお嬢ちゃん、ちょっと黙って……」

「あぁん?」


 トゥーレさんにギロリと睨まれて、さわやか兄さんが縮こまる。さわやか兄さんが、だんだんさわやかさを失いつつある。


「トゥーレさんもちょっと食べてみる?」


 わたしがさわやか兄さんのことは放っといて話を進めることにすると、トゥーレさんも目つきを和らげてこちらを見る。


「ああ。おーい、誰か皿持ってこい」

「あ、スプーンも!……でもこの飴ならスプーンはいらないよ」


 わたしはここぞとばかりにハチミツ飴を取り出す。今こそ試食用の飴の出番だ。

 

「飴ぇ?」

「そう。ハチミツの成分をそのまんま、加熱処理もしないで固めたから、栄養たっぷりだよ」

「加熱なしで……?どうやったんだ?」

「それは、企業秘密」


 トゥーレさんに胡散臭げな顔をされるが、仕方ない。動具を作ったなんて言えないからね。


「ん?お、おお、へぇ~。なるほど、たしかにハチミツだな」

「でしょ!?」


 わたしは身を乗り出して賛同する。だって、大事なとこだよ?砂糖とは味が違うんだもん。


「だが、料理には使わねぇな」

「だったら、う~ん……お茶に入れるようにするとかは?」

「お茶?」


 わたしの苦し紛れの咄嗟の案に、トゥーレさんが興味を示す。


 ……しまった。何か言わなきゃ。


「え、えーと……あ、そうそう。なんかどこかの補佐領ではお茶を甘くして飲む文化があるって聞いたような聞かないような気がしたりしなかったりするよ?」

「火山領か?」

「そうそう。それをここでも出すんだよ。他所の領地はこんな飲み方してまーすって」


 トゥーレさんが顎に手をあてて考えている。


 ……行けるかな?


「で、甘みを付ける方法として、お砂糖の代わりにハチミツはどうですか?って」

「別に飴である必要はねぇだろ?」


 ……ううっ痛いとこ突いてくる。カレルヴォおじさんといい、料理人は突っ込みが激しいよ!


「だって、おしゃれでしょ?ほら、透明な飴をキレイに盛り付けて出すとさ。高級っぽくなるよ」

「ふん、なるほどな。まぁ、それはおいおい考えるとするか」


 わたしが熱弁を苦しく振るっている間に、お皿とスプーンが持ち込まれた。当然のように、トゥーレさんの分だけだ。いいけどね。わたしたちは味を知ってるから。でもさわやか兄さんには食べさせないのかな。


「うん?ああ、美味いな。これだけでも十分イケるな」

「うん。でも料理にも使えるでしょ。お味噌と合うんだよ」

「あの穀倉領の調味料だな。あんたが言い出したのか。あんたは穀倉領から来たそうだな」


 トゥーレさんがチラリとさわやか兄さんを見る。いろいろと報告済みのようだ。そう考えながらふと見上げると、わたしもダンにチラリと見られていた。こちらは報告がまだだった。しまった。


「まぁ、それはいいとして、だ。これをうちにも卸してもらうことはできるか?」

「量と納品間隔によるかなぁ。トピアスさんのところにも卸してるから。どれくらい欲しいのか聞いて、ハチミツ作ってくれてる人と相談してからしか返事はできないよ」


 トゥーレさんがチラリとダンを見る。ダンは肩眉を上げてわたしの方に顎をしゃくる。クリストフさんは初めから関係ないという態度だ。


「じゃあ、どれくらい納品できそうかを先に教えてくれ。値段は?」

「出店での値段は2,100ウェイン」


 トピアスさんの宿屋では2,200ウェインで売っていた。あまり値段の差がない方がいいだろう。


「高いな」

「そうだね。でも、それは仕方がないんだよ」


 しばらくトゥーレさんと見つめ合う。横でさわやか兄さんがあわあわと手を振っているのがちょっと目障りだ。


「まぁ、いい。次はいつ来れる?」

「次は9日だな」


 わたしがダンを振り仰ぐと、即座に答えてくれた。わたしはまだ、ダンがいつ買い出しに来るのかその周期がよく分かっていない。


 ……だって炭作りって複雑なんだよ。


 各工程にかける日数は季節によっても変わる。その辺りはクリストフさんが状況を見ながら決めているのだ。


「一週間か。いいだろう。だが後の3の鐘じゃ遅い。仕込みがあるからな。初めの5の鐘か後の2の鐘で来てくれ」


 なるほど。たしかゾーラさんのお店もそれくらいの時間で動いていた。今日、店員さんの態度が悪かったのは、そういった事情もあるのかもしれない。


 ……失礼だったのはこちらの方だったのかもね。






「アキは街灯の仕組みに興味があるのか?」


 帰り道で、ふとクリストフさんが聞いてきた。クリストフさん自身、ふと思いついた感じで言う。


「知り合いに、あれを作るのに携わった神呪師がいるんだが……」

「会いたい!」

「アホか!」


 即答するわたしの頭をダンがすかさずスパーンと叩く。


 頭をすりすりしながら恨みがましくじとっと見上げると、わたしの倍くらいじとっとした目で見下ろされた。


「お前の頭には神呪以外入ってねぇのか!」

「なんて失礼な!ハチミツだって入ってるよ!」

「あの甘さで溶けたんだな。全部溶けて神呪しか残ってねぇんだろ」

「くぅー!糠漬けがあったら口に突っ込んでやるのに!」

「…………父娘で仲が良いな」


 クリストフさんの言葉にハッと我に返ったダンが咳ばらいをする。往来で子ども相手に本気でケンカするなんて、ダンは大人気ないと思う。


「いや、だが本当に。アキが神呪師に会うのは避けたいんです」

「そうか」


 クリストフさんは、特に何を言うでもなく頷く。クリストフさんはどこまでわたしの事情を知っているんだろう。


「ねぇ、クリストフさん。クリストフさんだけその人に会うことってある?」

「……会おうと思わなければ会うことはないが、会おうと思えばすぐに会える。家がすぐそこだ」


 そう言って立ち止まったクリストフさんが差したのは、本当にすぐそこにある小さな雑貨屋さんだ。


「あれ、クリストフ?」

「…………会ってしまったな」

「…………」


 ダンの方を向いて、クリストフさんが厳かに言う。わたしは、あまりな偶然にぼけっとしてしまう。


 ……いやいやいや、だって、噂をした本人がそこに通りかかるとか……ないでしょ?


 でもこれはチャンスだ。


「おじさん、こんにちは。おじさん、神呪師なの?」

「うん?うん、そうだよ」


 微妙な沈黙を破って話しかける。今話しかけないと二度とこんなチャンスはない。クリストフさんはお父さんくらいの年かなと思ってたけど、このおじさんもたぶん同じくらいだ。ふっと笑った目がちょっと垂れ目がちで優しそうだ。


「あの街灯の火、すっごく大きいけど、火の子が散って火事になったりしないの?」


 これはずっと引っかかっていたことだった。物を燃やすと、ぱちぱちと火の子や灰が舞う。だが、あの街灯の火から降ってくるのは光だけだった。


「ああ。あれはね。水の膜を張ってるんだよ」

「膜?」

「そう。そういう神呪があるんだ」


 ……なにそれ!聞いてない!


 わたしは勢いよくダンを振り返ったが、ダンも首を振っている。ここ最近できた技術なのかもしれない。


「以前は、街灯にできるだけ不純物を入れないようにしていたんだけどね。この神呪ができてから、より安全になったよ」


 あの街灯の神呪は写し取ってある。あの中のどこかにその神呪があるのだろう。あとは。


「教えてくれてありがとう。あとね、ハチミツ飴っていうのがあるんだけど。これ、神呪師のお仕事にピッタリだと思うの」

「ん?飴?」

「そう。ハチミツをそのまま加熱処理もしないで固めたものだから、栄養たっぷりなんだよ。神呪師って甘いもの好きが多いでしょ?」


 そうなのだ。神呪師は何故か甘いもの好きが多かった。頭を使うから糖分が必要なんだと研究所のお姉さんが言っていたが、お姉さんはお休みの日でもお菓子パーティーとかしていたので、あんまり関係ないんじゃないかと密かに思っていた。


「ふむ。そうだね。そう言われてみれば、仕事中に甘いものが食べたくなることが多い気がするね」


 わたしの適当な言葉に頷くおじさん。


 ……え、ホント?


「じゃあ、これお試しにあげる。神呪師のみんなで食べてみて。で、また買いたいな~って思ったら火の日に広場で売ってるから」

「ハハ、しっかりしてるな。クリストフの親戚?」


 おじさんは特に気にした様子もなくクリストフさんに話を振る。わたしを不審がる様子はなくて、ホッとする。


「まぁ、そんなとこだ」

「じゃあ、また欲しくなったら連絡するよ」


 そう言って、神呪師のおじさんは雑貨屋さんの裏手から入って行った。


「……おい、こら」

「神呪師って言ってないよ!ハチミツ飴の宣伝をしただけだよ!チャンスだったんだもん!」

「……ハァ。あのな、あの飴を作ってるのは誰だ?」


 ダンが分かり切った質問をする。


「わたしだよ」

「じゃあ、どうやって作ってるんだ?」

「そりゃあ、わたしが発明した…………」


 わたしはそのまま口を噤み、神呪師のおじさんにこれ以上接触するのを諦めた。だが、水の膜というヒントを得られただけで満足だ。






 次の日から、今度は街灯の神呪の解明に取り掛かる。他人が作った神呪を解析するのは、自分で考えるよりイヤな集中力が必要だが、時間は圧倒尾的に少なくて済む。

 わたしは、時々休憩しては集中し直してを繰り返して、膜を作る神呪を見つけ出した。


 ……連動させるのがポイントなのかな。


 神呪の複雑さもさることながら、仕組みが連動によるものになっている。これを単体で使えるようにしないとランプには使えないだろう。


 ……どこで実験しよう。


 ダンたちの作業は、あの細かい調整が必要な作業だ。わたしに構っている暇などないだろう。


 キョロキョロと見回しながら周囲を歩くと、水場が目に入った。水を使う神呪なので、水がすぐ近くにあった方が便利だろう。

 水場には、木の柱に木の板を乗せただけの簡単な屋根がついているので、なんとなく家っぽくて落ち着く。水を汲みに来た時に、ここから木登りネズミみたいなのを探すのも楽しい。まぁ、あれが木登りネズミかどうかは分かってないんだけどね。


 水場に座り込んで、地面に神呪を描き出していく。神呪に関しては一度描けば忘れない自信があるので、研究段階の神呪は地面に描くだけでも十分なのだ。


 そうして、水場に座り込んで二日。とうとう膜を張る神呪が出来上がった。


「今日はね、いよいよあの神呪を試すんだよ」

「ああ、水の膜か。できたのか?」


 窯の前で、ダンが疲れた表情で食事を取りながら答えた。窯の前から離れられないので、ヴィルヘルミナさんとクリストフさんと4人で、炭やき小屋でご飯を食べる。


 ……うぅ、熱い。


 窯に火が入っている上に、もう冬でもないので熱い。わたしは早々に食事を終えて、水場に避難することにした。炭やき小屋にいるとそれだけで消耗すると思う。ダンたちは大変だ。









トゥーレさんとカレルヴォおじさんは、以前同じ職場で働いていたことがあります。

その縁で、トピアスさんは食事処を開くときにトゥーレさんにも助言を頂いたりしてました。


午前中にアップするつもりだったのですが、うっかりしてました。。。

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