ランプ、改良中
「そもそも、ランプに油が使われてなければいいと思わない?」
コスティは、油入りのランプと言って怒っていた。その後の発言からも、油から何か引火してしまったことがあるのではないかと思う。
「まぁ、油の代わりに蝋を入れるものもあるにはあるがな」
「あれ、だんだん暗くなるんだもん」
動物から採れる油は、使っているとだんだん明かりが暗くなる。しかも、アーシュさんが以前言っていたように、臭いがきついのだ。わたしには無理だった。ダンだって無理そうだったけどね。
「蜜蝋を使えばいいだろ?」
「高いよ」
……コスティだけのことなら、それで解決だけど。
せっかくなので、何か動具を考えてみたい。油だと危ないのは誰だって同じはずだ。
ダンと町へ買い出しに来たわたしは、中古のランプを買った。なにせ工房がないからね。これを元に油がいらないランプを作ろうと思う。ちなみに、今回は自分のお金で準備できた。食事処に卸した木の実のハチミツ漬けの代金が入ったので、自由に使えるお金ができたのだ。穀倉領では、糠漬け代はお米でもらっていたので、お金をもらうのは初めてだ。
……やっぱりお米とお金じゃ違うよね。ちょっとドキドキする。
宿屋の受付の分は置かせてもらっているという契約なので、売り上げは売れた後に入る。だが、トピアスさんの食事処で出す分は、わたしから卸すという形なので、納品した分がそのまま代金としてもらえるのだ。ランプはけっこう高かったが、自分で買えたと思うと嬉しい。
「まずは仕組みを考えないとね」
次の日から早速、炭やき小屋にランプを持ち込んで眺めてみる。持ち運び用として売っているランプも、普通のランプとそう変わらない。家用のランプだと、金属でできた器に油を入れて、そこに芯になる紐をとぷんと入れるだけだ。
持ち運び用だと、金属の器部分に蓋が付いていて、蓋の真ん中から芯が飛び出るようになっている。持ち手は金属部分から伸びていて、丸く加工されている。
「火が燃える部分に蓋とかが付いてればいいんだけどね……」
明かりを広げるためには蓋は透明でなければならないが、ガラス加工品は大変高価だ。それこそ、ガラスを使う程なら蜜蝋を買うよ!と一斉に突っ込まれるだろう。
……ガラス加工が安くできれば、木の実のハチミツ漬けを入れるのにもちょうどいいんだけどな。
残念ながら、ガラス加工の工房は見たことがないので、どうやって作られるのかさっぱりわからない。わからないので、何かを考える余地もない。一度見てみたいんだけどね。
ないものは考えても仕方ない。まずは油の代わりになるものを考えなければ。横に逸れそうになる思考を、頭を振って元に戻し、考える。
……油より安くないとダメだよね。
燃えるもの、燃えるもの、と考えて、すぐに頭に浮かぶのは炭だ。今のところ、一番身近だ。だが、炭が油より安いかと言うと、それほどでもない。
……でも、一つの炭で何時間も燃えてるよね。
燃焼時間を考えると、アリかもしれない。
わたしは考え事をしながら台所に向かう。もうすぐお昼になるので、ヴィルヘルミナさんのお手伝いをするのだ。
「あら、アキちゃん。今日は何も作ってないの?」
基本的には毎日お手伝いをするのだが、わたしは夢中になると相変わらず周りが見えなくなる。わたしがあまりに夢中になって神呪を描いているものだから、そういう時には声をかけずにいてくれるのだ。
それを聞いた時は、ヴィルヘルミナさんに気を遣わせてしまったなと申し訳ない気持ちになったが、どうやらクリストフさんからも声をかけないように言われたらしい。一度、ダンがわたしの意識を戻すのに頭をスパーンと叩いているのを見ての言葉だったそうだ。クリストフさん、優しい。ヴィルヘルミナさんも優しい。ダン…………。
「ねぇ、ヴィルヘルミナさん、油以外に燃やすものって、何があるかなぁ?」
「うーん……、蝋とか炭とか薪とか?」
「油より安くしたいの」
でも、そうか。薪ならその辺の木を拾って使えるようにできればタダ同然だ。
「そうねぇ。難しいわね……。消す方法ならあるけど、燃やし続けるというのはね……」
今は、ランプの灯を消すには火消し用の蓋を被せて消すが、王都のお城で知り合った下働きのおじいさんは、若い頃は芯切りとして働いていたと言っていた。その頃は、火を消すには燃えている芯の先を切っていたらしい。想像しただけで難しい技だ。わたしにはできる気がしない。凄腕のおじいさんだったんだなと感心したものだ。
「蓋を被せると火が消えるって発見した人はすごいね。どういう仕組みだろう……」
「わたしには難しいことは分からないわ。ダンさんに聞いてみたら?」
なるほど。ヴィルヘルミナさんの中でも、ダンは物知りということになっているようだ。身内が褒められている気分になって、嬉しい。
今日は窯の方が注意が必要な作業だから、あまり相手はできないと言われた。わたしも、一旦ランプは中断して、今日は油を採る動具を作れないかと考えている。気分転換だ。
以前アーシュさんに聞いたら、油は木の実からも採れると言っていた。油はそれほど高くないが、身近にこれだけ木や木の実があるのだ。これから油が採れれば買わなくて済む。わたしは、炭やき小屋の隅に集めていたどんぐりを持って来た。
……潰して濾すだけなんだけどね。
それほど複雑な神呪はいらないが、その作業をいっぺんに終わらせるには、ちょっと工夫がいる。
窯の方では、今日から火を入れて、微調整しながら少しずつ木の水分を抜いていくらしい。窯の入り口は半分以上塞いであって、その隙間から薪を入れたり口を少し塞いだりして、火の強さを調整していく。煙や匂いで中の状態を判断しては火を調整するので、炭化が始まるまでのこれから数日間は夜も寝ないで作業するのだ。これが終わるころにはダンはいつもヘロヘロになっている。
わたしは、家から布やら皿やら金槌やら、手あたり次第持って来て、実際にどんぐりを潰しては考える作業を繰り返した。数日経って、ダンたちの作業が一段落した頃には、わたしの周囲は油まみれどんぐりまみれになっていて、木を置く場所もなくなっていた。ちゃんと掃除するんだから、あんなに怒らなくてもいいじゃないかと思う。
そんな感じで、油を使わない安いランプを考えつつ、気分転換に他の神呪を考える日が続いた。もちろん、木の実のハチミツ漬けも作るし、ハチミツ飴も納品している。
木の実のハチミツ漬けは順調だ。カレルヴォおじさんがいろいろな料理を開発しているそうで、一度食べに来て欲しいと言われている。
穀倉領の調味料を取り寄せる際に糠漬けも仕入れたようで、それを活かす方法をさがしているのだそうだ。トピアスさんの食事処の料理人とカレルヴォさんで、料理対決のようになってきているそうで、売り上げがとんとん拍子に上がっているらしい。木の実のハチミツ漬け、値上げしてもいいかな?
ハチミツ飴の方は苦戦している。飴にしては値段が高いので、栄養のこととかの説明はしてくれているそうだが、それでも所詮、飴なのだ。わたしは密かに、薬剤店の大店辺りに売れないかと考えているのだが、知り合いがいないのでなかなか売り込めないでいる。何かきっかけがないと、こんなくたびれた服の子どもが大店に足を踏み入れることなど、そうそうできない。
「ハチミツ飴、栄養たっぷりでいいんだけどね……。売る相手がなぁ……」
「金持ち相手ってとこは間違ってないだろうけどな」
「飴っていうと、どうしても子ども向けってなっちゃうもんねぇ」
たぶん、そこが問題なのだ。子どもが自由にできるお金なんてたかが知れている。お金を持っている大人で、なおかつ、子どもがいる人しか買わないので、あまり売れないのだ。
「結局、金持ちしか買えないんだから、そこは動かせないだろ?あとは、何とかできそうなのは子どもって部分だな」
なるほど。子どもじゃなければ大人か。大人自身が飴を欲しいと思うようになれば、このハチミツ飴が売れるのかもしれない。
……身近な大人の手が空いたら聞いてみよう。
身近な大人が少ないので、今度買い出しに行った時に避難所広場で聞き込みしてみることにする。
「ところで、ランプの方はいいのか?」
コスティには、ランプを作ろうとしていることも話していた。ついでに、どんぐり油を採る動具も作ってあげた。陶器の皿とか木の枝とか、わたしにも手に入るもので加工したので、見た目はみすぼらしいが、手のひらより小さい木の実ならだいたい何からでも油が採れるので、コスティには大変喜ばれた。
やっぱり、神呪師は喜ばれてこそだなと思う。相手が一人というのがちょっと寂しいけどね。
「うーん……何かを燃やそうと思うとやっぱり油が一番安くて手軽なんだよねぇ」
「何にしても、何かを燃やしてたら、それを落とした時に危険なことに変わりはないだろ」
「あ……」
……そうか。たしかにそうだ。
わたしは油の代わりになるものを探していたのだが、それでは根本的な解決にならない。
……今あるランプを元にして考えるから、そこから抜け出せないのかも。
腕を組んで考えてみる。ランプは一旦頭から消し去って、一番欲しいものを考える。
……明かりが欲しい。
物を光らせる神呪は発明されていないので、火をなんとかするしかない。他に、明かりになるものはない。
……何かを燃やすと、落とした時に大変。
それなら、「何かを燃やす」の部分と「落とした時」に分けて考えてみても良さそうだ。そうやって、いつものように考えに沈んでいく。まるで沼にずぶずぶ沈引き込まれていくような感覚だ。何も聞こえなくなる。
……「落とさない」っていうのはあり得ないよね。
人間なのだから、転ぶこともあるだろうし、何かの拍子に手を離してしまうこともあるかもしれない。それなら、そういう状況になっても体から離れない、もしくは、斜めになったり転がったりしない形や仕組みが必要だ。
……「何かを燃やす」というのは?そもそも、何も燃やさなくする?どうすれば、できる?
頭の中に次々と閃いては考え、保留して次を考えて、さっき閃いたものと合わせていく。
一つの答えが浮かび上がってくると、忘れていた呼吸を吹き返すように、深く深呼吸しながら、意識を現実に戻す。
周囲の様子が徐々に目に映ってきて、霧が晴れたように頭がスッキリしてくる。
ゆっくりと目を上げると、コスティがじっとこちらを見ていた。
「……コスティ、空気だ」
早く帰って試したい。わたしは、ダンが待ちきれずに、拾ってきた石で床にガリガリと神呪を描き始めた。閃いた時に描き留めておかないと忘れてしまう!
結局、コスティが閉口してダンを呼びに行き、ダンが迎えに来て耳元で名を怒鳴られるまで、夢中で描き続けていた。
とにかく考えてます。
集中しているので、他のことはなかなか進みませんでした。
ハチミツ飴は、高いです。一粒で、広場のお肉が数串買えちゃいます。




