交渉
「ダン、領都に行くにはどうしたらいい?」
「炭の出荷の日まで待てねぇってことか?」
「そう」
「う~ん、さすがに日帰りは無理だからな。馬動車で行って一泊するしかねぇだろうなぁ」
……やっぱり、馬動車だと日帰りは無理か。
ハチミツは高価なので、領都の方が売れるんじゃないかと思うのだが、行く手段がないのが痛い。今、手が届く範囲で何とかしようと思うと、いろんなことがすごく制限される。不便だと思うが、それでも何か考えて動くしかない。
……とりあえず、コスティのところで本でも読ませてもらおう。
「コスティ、ハチミツって高いでしょ?」
「まぁな」
わたしは、落ちている小枝を拾いながらコスティに話しかける。コスティの家の周りで、冬の薪用の枝を拾っているのだ。乾燥させないといけないので、本格的に冬になる前に少しずつ拾っておかなければならない。
「木の実もね、昔は王様に献上するくらい高価だったんだって。栄養価が高いから」
「そうだな」
やっぱり、コスティも知っていたようだ。あの本を、コスティは読破しているのだろうか。冬、あの部屋があれば時間が潰せてちょうど良いのに、冬は雪が降るからたぶんここへは来られないだろう。残念だ。
「だからね、やっぱり木の実のハチミツ漬けで行こうと思うの」
「は?」
コスティが怪訝な顔で聞いてきた。話を聞いていなかったのかな。
「だからね、木の実のハチミツ漬けなら壺一つで1,500ウェインくらいで売れるんじゃない?」
「……小分けにするなら壺代がかかるぞ」
「どっちにしても、今よりは買いやすくない?」
高いから売れないのなら、安くできる方法を考えればいい。その場で食べ切る肉の煮込みが500ウェインで売れるのだ。保存が効いて、何日かに分けて食べられる木の実のハチミツ漬けならば、もっと高くても売れるのではないか。
「でね。わたし、ハチミツはグランゼルムの町より領都の方が売れると思うの」
「……領都に出店を出すのか?無理だ。グランゼルムの倍以上かかる」
そういえば、出店を出すのってどうするんだろう?
「出店を出すわけじゃないけど……出店ってお金かかるの?」
「グランゼルムのあの避難所のあの場所のあの狭さで、一週間に二度という契約で、一月5,000ウェイン」
「…………賭けに出たんだね」
壺一つで10,000ウェインだ。1個売れれば良いということだが、結果は0。まさに一か八かだ。
「……今回は様子見だったんだよ」
コスティはフイっと横を向いたが、様子は見れたのだろうか。
「コスティ、お金持ってる?」
「……ない」
「じゃあ、出店じゃない方法を考えないとね」
「……店を出す以外に物を売る方法なんてあるのか?」
不思議そうな顔で素直に首を傾げるコスティは、お坊ちゃんだなと思う。物を売り買いするといえば、お店としか浮かばないのだろう。だけど、わたしはお嬢さんだけどお嬢さんじゃない。
「コスティ、わたし、領都に行きたいの」
「……いや、会話の流れについて行けないんだけど」
ふふんと胸を逸らして言うわたしにコスティが突っ込んだ。なんで分からないかなぁ。ここはコスティの出番でしょ?
「連れてって!馬で!」
馬動車は、大勢のお客さんを快適に運ぶためのものなので、どうしても遅いのだ。
……じゃあ、馬で二人乗りなら速いんじゃない?
「わたし、アルヴィンさんと少しは仲良くなれたと信じてるの」
「はぁ?」
コスティは首を傾げているが、アルヴィンさんと仲が良いことは大事なことなのだ。
領都に連れて行ってもらう約束は取り付けたが、行くのは10日後ということになった。
何故10日後かと言うと、売るものがないからだ。つまり、木の実のハチミツ漬けが手元にないのだ。
「ダン、この中で食べられる木の実ってある?」
「……これとこれとこれ……くらいしか知らねぇ」
眉をひそめながらダンが示したのは小さめのどんぐりがいくつかと、赤い木の実と胡桃だった。
「食べ方ってある?」
「これとこれは乾煎りだな。この実は乾燥させる。こっちはあく抜きが必要だな。水に10日くらい晒さねぇと食えねぇはずだ」
「ダン、物知りだねぇ」
「大人の嗜みだな」
……嘘くさい。
だが、ダンの知識の豊富さは素直にすごいと思う。つくづく、身形が残念だと思ってしまう。
「どれくらい保存できる?」
「水分を抜いた状態で、普通は一月くらいじゃねぇか?ハチミツに漬けるんならもっといけそうだな」
……やっぱり旅人向けだね。しかもお金持ちの。
ふむふむと頷きながら考える。そういうお客さんは、わたしたちが泊った宿より高級な宿に泊まるだろう。最終目標としてはそこだなと思う。
「じゃあ、ダン。儲かったら返すから、10,000ウェイン貸してくれる?」
「……ハァ。しょうがねぇな。だがそう何度もは無理だぞ」
分かっている。炭やきの仕事は神呪師程の稼ぎはないだろう。わたしも森で木の実を集めたり、ヴィルヘルミナさんに教えてもらって食べられる草とか茸とかを取ってきたりはしてるけど、それでもゆとりのある生活には程遠い。
……バランスが難しいな。
頼らないと生きていけないし、でも頼りすぎてもいけないと思う。ダンが本当の親だったら、何か違ったのだろうか。
「領都の馬繋場ってどこだ?」
「え?えーっと……ちょっと聞いてくる!」
わたしは、領都を囲む柵の手前で下ろしてもらい、領都に駆け込む。たしか、この通りを少し行ったところに避難所広場があったはずだ。
「避難所、避難所……あれ?あれ、馬繋場かな?」
入り口を入ってすぐのところに避難所があって、その奥に馬車が入って行くのが見える。
「お兄さん、お兄さん、ここ馬繋場?ここに馬連れてきてもいい?」
「ん?ああ、そうだ。契約してない馬ならこっちから入るように」
お兄さんが、姿勢を正して威厳たっぷりに教えてくれた。でも、ちょっと無理して見える。わたしとしては、姿勢が正しくなくても、オジルさんの方が頼れる感じで、警邏隊にピッタリだと思ってしまう。
「で?どうすんだ?」
わたしと共にシェルヴィステアの街に足を踏み入れたコスティが、少し緊張した顔で聞いてくる。
「コスティは領都は初めてなの?」
「いや、小さい頃に住んでた」
思い出の街らしい。でも、緊張した様子を見る限り、いい思い出ばかりでもなさそうだ。
そのまま大通りを歩いて行って、最初に泊った宿を探す。領都は広いので、宿を探すのも大変だ。
「宿に近い馬繋場、ダンに詳聞いてくればよかった……」
「そうだな。オレも馬で領都に来るのは初めてだから気付かなかった」
馬の二人乗りでの道のりは、馬動車で来るのに比べて半分くらいに縮まった。わたしが途中で何度も休憩を要求しなければ、もっと早かっただろうと思う。だが、それでも鐘1つ分以上かかっている。帰りのことも考えるとあまり悠長にしてはいられない。
「あ、この避難所広場、最初に来たとこだ」
「……やっぱり領都の避難所は広いな」
悠長にはできないけど、ちょうどお腹もすいたので、少し寄っていくことにした。
「おじさん、このお肉、何の肉?」
「ん?今日はキジ肉と木登りネズミだよ」
木登りネズミ率が高い気がする。木に登らないネズミはいないのかな。
「じゃあ、両方の小さい方、2本ずつちょうだい」
「ほいよ、400ウェインだ」
「はい。ねぇねぇ、おじさん。ハチミツって知ってる?」
わたしは穴開銅貨を4枚渡しながら話しかける。コスティの分はおごりだ。馬に乗せてもらったからね。
「そりゃあ、知ってるさ。ハチミツは森林領か高原領くらいでしか採れないだろう?」
「えっそうなの!?」
「花がたくさん必要だし、住宅地の近くだとできないからね、森の中でやるんだよ」
「おじさん、ハチミツの使い方って、どんなのがあるの?ハチミツっていくらくらい?どこで売ってるの?」
お肉を焼いている間がチャンスだ。横でコスティが呆れているが、時間稼ぎのために4本まとめて買ったので、この機会にどんどん質問する。
わたしの早口問答の結果、ハチミツは独自の入手ルートを持っている薬剤店や行商が扱っているそうだ。使い方に関しては、よく分からないらしい。料理に使うらしいことは知っていても、実際に使う者など滅多にいないそうで、思いつく限り、果物を漬けこんだものくらいしか心当たりがないそうだ。
「独自ルートでしか手に入らないなら、なんで、買う人が少ないんだろう?手に入れるチャンスだよね」
「使う予定がないものなんか買わないだろ?」
……つまり、使い方を考えて提案すれば売れるよね。
「よし、宿屋に行こう」
ここからなら近いので、道も分かる。わたしは張り切って宿屋へ向かう。コスティは黙って後ろを付いてきているが、時々キョロキョロと見回しているのは、懐かしいからだろうか。
「あ、マズイ」
「へ?」
歩いていると、なんだかだんだん暗くなってきた。ポカンとするわたしの手首をコスティがガシッと掴んだ。
「境光が落ちる。宿はどこだ?遠ければ避難所の方に戻るぞ」
「あ、え、え?えー……と、宿がすぐそこ!その道曲がってすぐ!」
「暗くなる前に着くぞ、走れ!」
コスティがわたしの手首を掴んだまま走り出した。わたしも引きずられるようにして走る。最初は少し陰ったくらいだったが、走っている間にみるみる暗くなり、宿に着くころには完全に落ちていた。宿の人が入り口の前の街灯に火を付けているところを捕まえて、中に入れてもらう。
「お二人だけですか?大変でしたね」
宿に入って、ぜいぜい言う息を整えて顔を上げると、街灯に火を入れていたのはアルヴィンさんだった。
「あ、アルヴィンさん!」
「……ああ、ええと……以前お泊りいただきましたね」
アルヴィンさんは驚いたように目を瞬いている。
「わたし、アルヴィンさんにお願いがあって来たの」
「お願い……では、こちらでお待ちいただけますか?私は仕事が残っておりますので」
そう言うと、アルヴィンさんはわたしとコスティを食堂に案内し、お茶を出してくれた後食堂から出て行った。まだ仕事中のはずなので、境光が落ちてもやることがいろいろあるのだろう。
「あの人は知り合いか?」
バイバーイと手を振るわたしに、アルヴィンさんの後姿を見ながらコスティが何気なく難しい質問をしてきた。
「う~ん……仲良しになったはずの人」
「……つまり仲良しだという確信はないということだな?」
「コスティ、だいぶ分かるようになってきたね」
「……仲がいいわけでもない宿屋の従業員に何を頼むんだよ」
じとっとした目で見て来るコスティには、特に良い案があるわけでもないのだから、胡乱な目で見るのは止めて欲しい。
「ねぇ、それより、今日はこれからどうする?」
「ハァ。どうしようもない。境光が出るまで待つしかないだろ。暗い中馬を走らせるのは危険だ」
そんなことを話している間に後の2の鐘が聞こえてくる。アルヴィンさんはまだ戻って来ない。厨房を覗くと、料理人のおじさんが一息ついているところだった。
……これってチャンスじゃない?
「ねぇねぇ、おじさん。ちょっと作ってもらいたいものがあるんだけど」
「ん?なんだい?」
このおじさんは、この宿にはずいぶん長く雇われていて、宿の持ち主とも仲が良いのだと言っていた。手が空いていれば、わたしのおしゃべりにも付き合ってくれる気のいいおじさんだ。もう少しでおじいさんくらいかな?
「パンの両面をバターでこんがり焼いてね、これを上からかけて欲しいの。あ、木の実はそのままでも小さく砕いてもいいよ」
「ほうほう。木の実をハチミツに漬けてあるのか。おもしろいな」
わたしが手渡した、木の実のハチミツ漬けを見て目を輝かせるおじさん。掴みは良好だろう。
「お金はちゃんと払うよ。いくら?」
「パンが高いからなぁ、バターも入れると400ウェインってとこかな?」
「じゃあさ、おじさんも食べていいから300ウェインにまけてよ。わたし、お腹がすいてるんじゃなくて、そのハチミツ漬けがどんな風に美味しくなるのかが知りたいだけなんだ。だから量は少しでいいの」
「ハッハッハ、相変わらずお嬢ちゃんはおもしろいなぁ」
どうやら、おじさんはわたしのことを覚えていてくれたみたいだ。わたし、そんなに目立つことなんてやってないけどな。
おじさんは、ちょうど暇だしなと呟きながら、パンを焼き始めた。
「うっわぁー、美味しそーう!香ばしバターの香りだね」
「おお、いい香りだなぁ。木の実のハチミツ漬けと共に、だな」
「え?カレルヴォおじさん?」
わたしとおじさんが厨房で、「香ばしバタートースト・木の実のハチミツ漬けと共に」を命名して歓声を上げていると、アルヴィンさんが驚いた顔で入ってきた。おじさん、カレルヴォさんっていうのか。
「あ、アルヴィンさんが来た。おじさん、これ4人前に分けてくれる?」
わたしとおじさんはお皿を持って食堂のテーブルにつく。
「アルヴィンさん、食べながら話そう」
「アルヴィン、今日はもういいのか?」
「……境光が落ちましたからね。恐らくみなさま、お帰りは遅くなるでしょう」
カレルヴォおじさんに答えながら、わたしの方を見る。
「私に御用とは?」
「うん、話すからね。とりあえず、これ食べよう?」
わたしは再度、アルヴィンさんを促す。まずは、これが美味しいのだということを知ってもらおう。話はそれからだ。
わたしは、ため息を吐きながら渋々フォークを取るアルヴィンさんを見ながら、気を引き締める。
カレルヴォおじさんとアルヴィンさんには、この宿屋のオーナーにまで話を持って行ってもらわならない。どんな順番で何を話すのかが重要だ。
コスティくんは、お坊ちゃんだったので、森に移り住むまではお店で買い物をしたこともほとんどありません。
広場で買い食いしたこともありませんでした。
今でも、アキがいるときしか買い食いしません。いつも、お昼ご飯抜きで店番してます。
アルヴィンさんは、とても真面目なのです。




