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買い出しに来ました

 結局、残りの2日で終わったのは1階の居間と台所までだった。

 境光が出ている間に買い出しにも行かなければならなかったので、どうしても生活に必要な部分以外は後回しにした結果だ。


「この仕事は決まった曜日が休みってわけじゃねぇんだ。あとはぼちぼち進めるか」


 とりあえず、生活できればそれでいいという結論になった。

 ダンが仕事をしている間に、2階の部屋をもう一つ掃除して寝室が2つになれば、それで当面の生活に困ることもない。


「じゃあ、わたし、今日は2階の掃除してるよ」

「ああ、じゃあ行ってくる」


 ダンが家を出ると、わたしは朝食の食器を片付けて、早速掃除動具を持って2階に上がった。ドアを開けるのにちょっと勇気がいる。


「よし、行くぞ!」


 端切れで口元を覆って、装具道具を構えて、わたしはドアを開ける。

 

「わっ!」


 ドアを開けた拍子に埃が大量に舞う。


 ……しまった。昨日の夜、窓を閉めてなかったんだ。


 わたしは少し考えて、急いで閉めたドアを少しだけ、そっと開ける。その開けた先から掃除動具の吸い口を突っ込み神呪を作動させた。どうせ部屋には何もないのだから、しばらくこうしていれば良いだろう。


 ……効率は悪いけど、被害少ない方がいいよね。急ぐわけじゃないし。


 結局、自分の部屋で寝られるようになったのは、更にその翌日のことだった。さすがに一つのベッドにダンと二人で並ぶときつくなってきたので、翌日に終わらせることができてホッとした。






 引っ越してきてから数日が経った。今日はダンの仕事がお休みになったので、町へ買い出しに行くことになった。ついでに服も買いたい。


「建物はカラフルなのに。服はカラフルじゃないんだね」


 通り過ぎる人々を見ても、くすんだ茶色や生成り色の服しか見当たらない。


「ああ。染色は特別な資格がいるからな。汚れていない川が必要だし、やってるのは王都以外では高原領くらいじゃないか?」

「王都では染色をやってるの?」

「王都の薬剤店は川の近くに工房を持っていることが多いんだ。薬を作るのにキレイな水が必要だったりするからな。そこでそのまま染め物まで扱ってることが多い。染め物まで扱っている薬剤店は大店だな。ガルス薬剤店も扱ってるんじゃないか?」


 思いがけず、穀倉領でお世話になった薬剤店の名前が出てきて、わたしは目をぱちくりしながらダンを仰ぎ見た。

 なんとなく、ダンはわたしに穀倉領の話はふらないのではないかと思っていたので、ちょっと意外だった。


「お前ももうすぐ誕生日だしな。そろそろ、そういうことも知っといた方がいいだろう」

「ダンはガルス薬剤店を知ってたの?」

「名前だけはな。特に世話になったことはないが、これと言って問題のある店じゃなかったはずだ」


 わたしは、王都にいた頃は基本的に家から出なかったので、町中にどんなお店があるかなんて全く知らない。王都にある店が他の領にもあるなんてことも知らなかったし、まして問題があるお店が存在するかもしれないなんて、考えたこともなかった。


「研究所の神呪師はただでさえ注目を浴びる。新しい神呪が開発されれば多方面に影響が出るからな。役人は元より、商人も研究所の動向には目を光らせてるんだ」

「だからわたしは、王都に戻らなかったの?」

「……まぁ、それもある」


 神呪師というのはわたしが考えているより複雑な立場にあるらしい。まぁ、一瞬とはいえあんな真っ暗闇が作れたりするのだ。複雑なはずだ。


「新しい神呪ができるのが楽しいってだけじゃダメなんだね……」


 ため息を吐くわたしの頭にダンがポンポンと手を乗せる。


「だけじゃダメだが、その気持ちがなくなると途端に発想も貧しくなる。何かを作り出す人間が楽しむ気持ちを忘れちゃ意味がねぇな」

「そっか……。もしかしたら、穀倉領の神呪師は楽しむ気持ちがなくなっちゃったのかも知れないね」

「かもな」


 避難所のオジルさんが神呪が描かれた紙切れを見せても、見たことがないから知らないと言われたと言っていた。新しいことが、楽しいより面倒臭いと感じられたのだろう。だから、動具の材料を変える神呪の開発も進まなかったのかもしれない。


「森林領はね、領主様の命令で領民のための動具が開発されたりするんだって。森林領は神呪師にとって楽しいところなのかもしれないね」

「ああ。そうだな」


 初めて領都を訪れた時に避難所で会ったおじさんの、誇らしげな顔が浮かぶ。あんな風に思ってもらえたら、領主様ももっとやろうって気になるだろうな。


 そんなことを考えながら歩いていると、ダンが革製品を扱っているお店を指した。


「アキ、お前の靴を買うぞ」

「え?別にいらないよ?ここは石畳じゃないからうるさくないし」


 わたしは相変わらず木の靴を履いている。別に気に入っているわけではないが、わたしは育ち盛りだ。今、高価な革靴を買ってもすぐに使えなくなってしまう。


「いや、冬用だ。木の靴だとここでは寒い。毛皮を張ったブーツが必要なんだ」

「毛皮!?」


 毛皮とは、動物の毛をそのまま使ったものだ。王都はそれほど寒くならないので必要なかったし、高価なので穀倉領でも見たことはなかった。


「森林領は狩りが盛んだからな。食肉の加工やなめし技術も発達してる」


 そう言いながら、ダンがドアを開ける。わたしは後に続いて入って店内を見回すと、思わず歓声を上げた。


「すごい!ダン、革靴がやっすいよ!」


 ……だって、穀倉領の半値くらいからあるんだよ!


 店頭には見本となる商品が並んでいるが、どれもとても安い。しかも種類が豊富だ。

 穀倉領では革製品といえば靴しかなかったし、デザインも、足の甲までの高さの革を紐で足首に巻き付けるタイプしかなかった。


 だが、森林領で売っている革靴は、長さがふくらはぎの途中くらいまである。デザインも、靴の前面に紐が付いていて、足首から上まで編み上げる物や、足の横の方にボタンが付いているものもある。足首のところと一番上とその真ん中くらいにぐるっと紐が巻いてあって結ぶ形の靴が一番安かった。ちなみに、ボタン付きの物は、森林領でももちろん高価だった。そもそもボタンっていうものが高いしね。


「これ、革が二重になってるね」


 わたしはブーツを手に取ってじっくり見てみる。底の部分も厚い気がする。


「防寒用だからな」

「へぇ。あ、こっちは中古だ」


 お店の一画に、結構ボロボロになった革製品が置いてある。


「革の中古は止めた方がいい。手入れが難しいからな、痛みも匂いもひどいぞ」


 なるほど。たしかに、一応値段は書いてあるが、扱いが雑だ。品物自体もとてもくたびれていて、変な匂いもする。

 中古品程安くはないけど、新品でもなんとか買える範囲だなので、新品の中から選ぶことにした。


「選んだか?」

「うん」


 新品でももちろん、一番安いデザインのものだ。寒くなければいいんだしね。


「すみません、これでお願いします。毛皮も付けてください」

「わかりました。仕上がりは5日後になります」


 前金として半分渡してわたしは弾むように店を出た。出来上がりが楽しみだ。


「あとは食料品だな」

「あ、ダン!避難所寄りたい!」

「ああ、ちょうど昼時か」


 ここは領都ではないが、やっぱり避難所の前は広場になっていて、出店がたくさん出ていた。領都程の広さではないが、ここにもいろんなお肉や果物なんかが売ってあるのを、前に来た時に確認していたのだ。そしてもちろん、あの杯みたいな街灯もある。


 さっきのお店に入る前に、後の1の鐘がなったのが聞こえていた。実はお腹ぺこぺこだ。


「お肉食べたい!お肉!」

「……お前、そんな食い意地這ってたか?」


 ダンが首をひねっているが、わたしは別に食い意地が張っているわけではない。小さい頃にお祭りで食べられなかったことが尾を引いているだけなのだ。


「食べ物の恨みは怖いってことだよ。あ、見えてきた!」

「は?」


 ポカンとした顔をしているダンを置いて、わたしはサクサクと広場に入って行った。






「おばさん、このお肉は何のお肉?」

「これはスズメだよ。美味しいよ」

「スズメかぁ」


 わたしは少し悩む。スズメは前に来た時に食べた。


「他のお肉はある?」

「あとは猪と木登りネズミだね」

「どっちも食べたことあるなぁ……」

「じゃあ、これはどうだい?ちょっと高いが柔らかくて美味いよ」


 おばさんは、小さめの肉が刺してある串を示した。たしかに、他の肉がたいてい100ウェインとか200ウェインで買えるのに対して、一本で300ウェインとちょっとお高い。


「それは何のお肉なの?どうして高いの?」

「これは鶏の尻尾のところの肉なんだ。少ししか取れないから高いんだよ」


 なるほど。希少価値というやつだ。食べてみたい。

 わたしは涎を飲み込みながら、ダンを見上げる。服の裾をキュッと握って、じーっと見つめる。


「…………2本くれ」

「はいよ!」


 わたしは、とびっきりの笑顔で、お肉に塩を振って焼くところを見つめる。きっと、今のわたしは目をキラキラと輝かせているに違いない。


「お肉を食べたらお野菜も食べなきゃね。あっちだよ」

「お前、すっかり常連と化してるな……」


 広場にはお肉のお店が一番多いので、いろんなお店でいろんなお肉を食べてみているが、野菜や果物のお店はお肉程は多くない上に種類も少ないので、行くお店がだいたい決まっている。


「あれ、知らないお店だ」


 わたしはダンを連れて奥まで進んでいた足を止めた。

 広場の一番奥で、しかもとても狭い場所だ。今までお店なんかなかったところに、小さいお店が出ていて、わたしとそれ程変わらない年の男の子が店番をしていた。


「ハチミツだな」

「ハチミツ?」


 ……聞いたことがないなぁ。


 少年の前の机には、小さな蓋つきの壺が二つ並んでいる。よく見てみると、一つ10,000ウェインと書いてある。なにその値段!?


「お前が王都にいる時は小さかったからな。食べさせなかったんだろう」

「ダンは知ってるの?」

「花には蜜があるだろう?あれを集めたものだ。死ぬほど甘い」


 ダンが顔をしかめて言う。ダンは別に甘いものが嫌いというわけではない。お菓子も普通に食べる。そのダンがこれほど言うのだ。余程甘いのだろう。


「たしかに、花の蜜って甘いけど……あれはさすがに高すぎない?」

「ハチミツは蜂を使って蜜を集めたものだからな。一つの花から採れる量が少ない上に他に集める方法もねぇから高い」

「えっハチ!?蜂を使うの!?どうやって使うの!?」


 ……だって、ハチってあの蜂でしょう?小さくって刺すやつ。


「さぁなぁ。養蜂は森ん中でやるから、オレも見たことはねぇんだ。上手くやれればある程度収入は見込めるらしいが……そもそも、こんな小さな町で売れるのか……?」


 ……いや、売れないでしょ?


 ハチミツ屋さんの前にはお客さんらしき人は誰もいない。お肉や果物の串が100ウェインとかで買えるのだ。手のひらに乗るくらいの小さな壺に入った蜜に、10,000ウェインも出すところなど、想像がつかない。もちろん、わたしたちにも無理だ。


 ……ハチミツ、ちょっと食べてみたかったな。


 わたしは、名残惜しくその少年と壺を横目で見ながら、野菜のお店に足を向けた。








お肉屋さんのおばさんは、出店用の雇われ店員さんです。

出店はたいてい本店が近くにあり、余った食材などで出店を開きます。

お昼時は本店が忙しいので、お昼だけのパート勤務をお願いしています。

本店が暇な時間帯は、料理人が自分でやってたりします。

お店によりますが。

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