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長い一日 ~争いの中

「湧水は川になって流れ出ているか?」

「いえ、雪に埋もれていてよくは見えませんが、水量はそれほどないようです。ただ、少し温度があるようですね」


 通信機をアーシュさんに渡すと、アーシュさんが要点を的確にまとめてダンに話す。


 ……要点をまとめろって言われたら、わたしだってまとめたのに。


 アーシュさんほど的確じゃないかもしれないが、最初から言えと言われなければ、わたしだって最初の方はある程度はしょることだってできるのだ。鳥肉のハチミツ味噌漬けが美味しかった辺りから話せば充分だろう。


「じゃあ、その辺りだけ植生が違ったりはしねぇか?」


 ダンの言葉にわたしもせっせと動具を作っていた手を止めて周囲を見回すが、光が届く範囲には、特殊な草などは見当たらなかった。池自体は凍っていないのだが、その周囲は厚い雪に覆われていて、当然植物もその中だ。


「そうですね……いえ、雪に埋もれていて……。ああ、そういえば、ここに辿り着く少し前、花が咲いている木がありました」

「花? 木か?」

「ええ。黄色い花でした。微かに甘い香りがして」

「……蝋梅か」


 アーシュさんが、池の様子や通ってきた途中で目についた木の様子などを説明するのをポカンと口を開けて眺める。


 ……あの状況で、逃げながら周りの木とか見てたの!? 


 やっぱり、アーシュさんは全然普通じゃないと思う。少なくとも、わたしに同じレベルを求められても絶対に無理だ。


「恐らく、ヒューベルトかリニュスがそちらに向かっているはずです。彼らにも情報を共有していただけますか」

「分かった。じゃあ、会ったらまた連絡する」

「お願いします」

「それから、アキ」


 ダンに呼ばれて、さっきから描きかけたまま中断していた動具を一旦置いて通信機を受け取る。


「うん?」

「オレが合図をしたら、なんか目印を上げろ」

「目印?」

「ああ、ある程度の距離から見えれば何でもいい。ただし、一瞬見えて、すぐ消えるものだ」

「さっきアーシュさんが言ってた木の辺りから見えるくらいってこと?」

「ああ」


 その木を目安に助けに来てくれた人たちが、わたしたちがどこにいるのか分かるためのものだろう。たしかに、この真っ暗闇では探すにも限度がある。


「うーん……、じゃあ、光の神呪で何か考えとく」

「そうだな。あー……いや、一応、水か何かも用意しとけ。そろそろ境光が出てもおかしくねぇ。境光があると光は見えにくいからな」

「分かった」


 何を作るかはアーシュさんと相談することにした。


「じゃあ、くれぐれも山火事なんか起こすなよ」

「起こさないよ。目印は光と水だけだもん」

「空間をあっためてるんだから熱の神呪使ってんだろ」

「あー……」

「干からびないようにしとけよ」


 ダンの余計な一言を最後に通信を切る。


「……ハァ。アキちゃんて、ホントちっとも目が離せないね」

「へ?」


 アーシュさんが脱力したように肩を落としてため息を吐く。


「……その通信機。誰にも言ってないよね?」


 ジトリと見下ろされて首を縦に振る。


「うん。ヒューベルトさんとリニュスさんにも言ってないもん」

「…………まぁ……、それはしょうがないけどね」


  アーシュさんがこめかみを押さえて渋い顔をする。


「そんなのが作れるって知られたら、ますます誘拐事件が増えちゃうから、絶対にバレないようにね」

「え……? 通信機のために誘拐するの?」


 いくらなんでも、それは少し言い過ぎなんじゃないだろうか。通信機くらい、頼まれれば作るし、なんなら作り方を教えても構わない。


「それを持っているのが自分だけっていう状況が重要なんだ」


 わたしが、よく分からなくて目をパチパチしていると、アーシュさんが察したらしく、追加で説明してくれる。


「自分だけ……相手は持ってない……?」

「今の状況がまさにそれだね」

「あ…………」


 相手がたとえ通信機を持っていたとしても、音の種類で決まった言葉でしか連絡ができないのでは細かいことや決められていなかったことを伝えることができない。それに比べて、わたしの作った通信機ならば、自分の言葉で相手とやり取りしながら正確に伝えられる。


「しかも、声で相手を判断できるから更に正確に伝えられる。アキちゃんが無事だっていうこともね」

「……そうか…………」


 そう考えれば、たしかにとても有効に思える。ただ、それでも、そんなにまでして自分だけが有利になりたい状況が思いつかない。


「こういった込み入った状況だとその有利さが際立つね」

「込み入った状況……」

「情報戦だね」


 アーシュさんの言葉にドキリとする。戦ということは、今のこの状況は戦いの状況ということだ。


「…………争ってる人たちがいるの?」


 アーシュさんがこんな言い方をするということは、割と大規模な争いがどこかでおこっているのだろう。自分がその中に巻き込まれているということが、なかなか実感できない。どこか他人事のような気がしている。それは、誘拐なんてされた今になっても変わらない。自分の意志が、この状況に反映されない。


「……そうだね。いつだって、人が何人か集まれば、争いは起こるものなんだろうね」

「どうして……」


 試験の勉強をしていた時に、アーシュさんからこの世界が創られてからのことを教えてもらった。歴史の中には補佐領同士が争っていた時代もあって、本を読んで、その出来事の背景などをさらに詳しく教えてもらって、コスティと3人で話し合った。自分がその場にいたら、どうすることができたか。他にどんな方法があったのか。コスティも物知りだから、わたしがおかしなことを言うと、アーシュさんと2人でそれを可能にするには何が必要なのかとかをいろいろと考えてくれた。


 ……考えただけだった。


 いろんなことを勉強しても、それは所詮、宿の快適な部屋で、3人で仲良くおしゃべりをしていただけだった。どれほど頭で考えていたって、実際に自分が当事者になったら何もできないし考え付かない。


 ……よく考える余裕なんて、なかった。


 攫われれて、閉じ込められて、逃げ出す。たったそれだけのことなのに、わたしは相変わらず手を引かれて、言われたことしかできない。いや、パニックを起こして足を引っ張ったりもした。アーシュさんがいなかったら、小屋を出る前に窒息していたかもしれない。


「どうしたらいいんだろうね……」

「………………」


 争いを止めることはできないのだろうか。そのために、学ぶのではないのだろうか。だけど、学んだって実際に何もできないのでは、その学びはどこに行くのだろうか。わたしは次も、その争いに巻き込まれて、ただ誰かの言いなりになるしかないのだろうか。その時に、わたしに指示を出すのは、どこの誰なのだろうか。


 いつも答えをくれるアーシュさんは、今回は答えをくれなかった。






「アキ、目印はできてるか?」


 ダンからの通信が入ったのは、それからだいぶ経ってからのことだった。


「うーん。できてはいるんだけど、検証ができてない」


 ダンに言われていた目印になる光の動具はもちろん出来上がり、ついでに水の神呪で作った目印の動具も、以前作った時より威力を増すように改良していた。ただ、ここで下手に目立って敵に見つかっては意味がないためテストができていない。


「まぁ、それはしょうがねぇな。状況が状況だ」


 本番で動かないということはさすがにないだろうけど、それがどれくらいの威力で動くのかが検証できないのだ。


「念のために聞くが、どんなものだ?」

「光の方はね、空中に光が上がるの。ホントは空一面にお花みたいにできないかなって思ったんだけど、アーシュさんに派手過ぎるとダメだって言われたから、一本の柱が木の高さくらいまで立つやつにした」


 でも、せめて色を何色か試してみたいと言ったらそれは許可してもらえたから、見える範囲にいたらすごくカラフルな光が見られると思う。


「……アーシュさんが一緒で、つくづく助かったな」

「え? 何? ぼそぼそ言われたら聞こえないよ」

「…………なんでもない」


 わたしにはよく聞こえなかったが、アーシュさんは切れ切れのボソボソ声でも察することができたらしく苦笑している。


「水の方も作ったか?」

「うん。でも、こっちは特に派手さはないんだよ。前に作ってた水管から引き出すやつだから」

「…………いや、それもやり過ぎないようにしとけよ」


 でも、光と違って遠目からも見えるようにするためにはある程度の規模が必要だと思う。


「助けてくれた犯人はどうだ?」


 ダンに言われてチラリと後ろを振り返る。


「……意識がない。さっきまでは時々呻いたりしてたけど、それもなくなってる。この空間は上着がいらないくらい温かくしてるんだけど、それでも寒いみたいで震えてるの」

「……まずいな」


 池の渕で傷口を洗おうとしてそのまま蹲っていた緑灰の目の人は、意識を失っていた。ここに運ぶ時には薄っすらと目を開けて何かしゃべろうとしていたが、声にできるほどの力は残っていなかったらしい。

 時々、アーシュさんが傷口を見たりしていたが、傷口の辺りを触られると痛いのか呻いていた。だが、もうその反応すらない。体がガタガタ震えて唇が紫色で、見ていると不安になってくる。


「もう少しで近くに着くそうだ。蝋梅があって地下の水管が深い場所は限られてる。恐らく、目印が見えればすぐにたどり着けるはずだ」

「分かった」


 一度通信を切って、緑灰の目の人に目を向ける。万が一のために、わたしは近付かないようにしているので、今はアーシュさんが自分の上着をかけて神呪を作動させて温めている。ダンに言った通り、唇が紫色になっていて、眉間にグッとしわを寄せて目を閉じている様子は、そのまま苦しんだまま息絶えてしまいそうで、見ているこちらも苦しくなる。


「…………わたし、その人の名前、まだ聞いてない」


 他の二人は名前を知る機会があったが、この緑灰の目の人についてはその機会がなかった。


「3人だったのに…………」

「……そうだね」


 一人になって、そして、わたしたちを逃がしてくれた。とても危険なことだったはずなのに。


「……元気になったら、名前、聞いてみようね」

「うん」


 アーシュさんの言葉に、なんだか泣きたくなった。


 ……名前、絶対聞くんだから。


 もうすぐ助けが来る。きっと間に合う。そう、祈るように心の中で唱えた時、その音は聞こえた。


 トトト……ザッザザッ……トトトト……。


 真っ暗な中、何かの生き物が、軽やかに雪を踏む音だと思った。








次話は「長い一日 ~わたしの武器」です。

※タイトルは変更するかもしれません。

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