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適材適所

 「次は何をする気だい?」


 神呪開発室で、いつも通りサウリさんとマティルダさんが描いた神呪をチェックしていると、相変わらず突然、不機嫌そうなラウレンス様の声がする。


「え? 光の神呪をどう描くかを話そうと思ってますけど?」

「鍋をどうするのかを聞いているんだよ。まさか鍋を光らせるわけじゃないだろう?」


 ……おお。昨日の今日でもうその話が伝わっているのか。ハンナって意外とおしゃべりだったんだな。


「ラウレンス様も意外と噂好きなんですね」

「……そんなことはないが、そもそも別に噂にはなっていないよ。料理長から漏れ聞いただけだ」

「え? ラウレンス様、地下階に行くことなんてあるんですか?」


 厨房は地下階にあって、地下は使用人が仕事をしたり生活したりする場なので、普通の官僚や雇い主はあまり足を踏み入れない。特に、ラウレンス様はこのお城の中でもけっこう高い地位にいると思う。そういう人が、使用人とおしゃべりしたり、そもそも地下階に行くのは珍しいことだ。


「いや、地下に行ったわけではないよ。たまたま外で行き会って聞かれたんだ。必要な鍋の大きさや形を知りたいとね」


 なるほど。ハンナやラウレンス様がおしゃべりなのではなく、仕事の早いハンナから問い合わせを受けた料理長がきちんと仕事を遂行すべく、開発室長に詳細を問い合わせたというわけだ。


「鍋であればなんでもいいのですが……詳しいことをお話するのはアーシュさんの許可待ちです」

「…………君は、あの人をとても信頼しているようだが、それは危険ではないのか?」

「危険?」


 ラウレンス様の言葉に、後ろの二人が少しだけ反応したのが分かった。


「彼がどれほど良い人でも、主を持つ身だ。主のためならば他を裏切ることだってある。特に、彼の主は王族だ。政治が絡むと人は自分が思う通りには動けなくなることが多いよ」


 ラウレンス様の表情は特に変わらないけれど、いつものように冷えた目と声をしてはいないので、たぶん心配してくれているのだろうなと感じる。


「そうですね。でも、わたしナリタカ様もそれほど悪い人ではないと思っています。鬱陶しいだけで」

「…………鬱陶しい……」

「はい。人が集中していると、いつの間にかやって来て声をかけたり邪魔してきたりするんです」

「………………」

「近くに来られてるのに気付かないとすごくビックリするんで嫌だったんですよね」

「………………」

「しかも、それ以外ではあんまり話しかけて来ないのに」

「………………」


 小さい時の記憶はもうだいぶ薄れているが、それでもナリタカ様の鬱陶しさは記憶に刷り込まれている。

 わたしが、ナリタカ様がいかに鬱陶しいかを語るにつれ、ラウレンス様の視線が徐々に下がって行くのがちょっぴり気になる。


「いや、アキちゃん。もうその辺で……」

「そうだぞ。室長だって悪気があってやってるわけじゃ…………いや、ない……かもしれない……かな?」


 ラウナさんとマルックさんがへっぴり腰で止めに入るが、マルックさんに本当に止める気があるのかどうかは疑問が残る。


「え? ラウレンス様、どうしたんですか?」

「……いや……、久しぶりに心に刺さる言葉を直接もらって新鮮な気分に浸っているんだ……」


 なんだかよく分からないが、ラウレンス様がそっと胸に手を当て新鮮な気分を味わっているので、周りの人はそんなにオロオロしなくても、温かい目で見守ればいいと思う。

 






 その後、自分で直接厨房に行って料理長と話した。その場にはいらない鍋はなかったが、以前廃棄物に回したものがあるそうなので、それをもらいに行くことになった。


「ゴミ置き場はたしか、敷地の一番奥なんだよ」


 本邸を出て、いつもとは逆に進みながらリニュスさんが言う。


「ペッレルヴォ様のお家とは反対なんだね」


 お城の敷地内は木が生い茂り、林のようになっている。


「ここの木は、冬になると葉っぱがなくなっちゃうんだね」

「え? アキちゃんの家の周りは違う?」


 リニュスさんも、隣で黙って歩いているヒューベルトさんも、不思議そうな顔をしている。二人にとっては、木は冬には葉を落とすものなのだろう。


 ……そうか。リニュスさんたちが来たのは春ごろだったから。


 二人はあの森の冬を知らないのだ。そう考えると不思議な気がした。出会ってまだ1年も経っていないのに、わたしは二人と一緒にいることに違和感を感じていない。ダン以外の大人と、こんなに長く一緒にいることはなかった。


「うちの辺りの森は、冬もここまですっからかんにはならないよ。なんか、木の種類が違うんだって」

「へぇ~」


 クリストフさんが炭にする木は葉を落とさない種類の木だ。官僚採用試験の時にはここに生えている木のほとんどが緑じゃない色の葉っぱをしていた。帰ってからクリストフさんに話したら、そういう種類なのだと教えられた。同じようなどんぐりでも、冬に葉を落とす種類と落とさない種類があるのだそうだ。


 雪に足を取られそうになりながら茶色い木々の中を進むと、前方に建物が見えた。


「洗濯場だな」

「え? こんなとこに?」


 本邸から結構離れたところに洗濯場はあった。敷地内の端の方だ。


「汚れ物は病気の元になったりもするので嫌厭されがちなのだ」


 たしか、ペトラのお母さんは洗濯女中だと言っていた。では、ペトラはここで育ったのだろうか。


「官僚からの目が届きにくいからな。犯罪が起きやすい場所でもある。まぁ、それでも町中ほどではなかろうが」

「ペトラのお父さんは罪人だったって……」

「ああ。もしかしたら、母親が何かに巻き込まれたのかもしれん。望んだ子ではなかった可能性もある。そういう事情もあって、洗濯女中は女中の中でも格が下に見られるのだろう」


 ……ペトラは上とか下とかにとても拘ってた。他の使用人からはそれほど聞かないのに。


 お城の敷地は閉ざされた空間だ。その中で何か問題が起こると、それを回避したり忘れたりすることが難しいのかもしれない。ペトラは今、洗濯女中ではなく家女中として働いているが、それでも本邸の台所女中はペトラが洗濯女中の娘だと知っていたのだ。


「まぁ、その可能性もあるってだけだよ。その辺りは本人に聞かないと分からない。噂って言うのは勝手な憶測で広がっちゃう無責任な側面もあるからね」

「そっか。そうだね」


 そういう話をペトラとするかどうかは分からない。なにせわたしは、期間限定でここにいるのだ。でも、少なくとも何も聞かないうちに人の事情を憶測するのは一旦止めておこうと思う。勝手に憶測したことが知れたら気まずいし、隠せる自信もないからね。


 ゴミ置き場は、洗濯場より更に行った、本当に敷地の奥の小屋だった。特に見張りがいるわけでもないので、鋳物として分別されたごみの中から適当に鍋をいくつか拾う。


「これ、再利用するんだよね」

「そうだね」

「じゃあ、売り物?」

「見張りがいないのだから、大した価値はないのだろう」


 町中だと鋳物はたしか買い取ってもらえたと思うが、官僚はそういうチマチマしたお小遣い稼ぎはやらないらしい。


「じゃあ、これでいいか」


 比較的キレイなゴミを拾って元来た道を戻る。

 ゴミに用事がある者なんてこのお城にはそうそういないらしく、雪の中振り返った先に続くのは、今しがたやってきた自分達3人の足跡だけだ。その、白い布に垂らした細い黒糸のような跡を辿るように戻る。なんとなく、真っ新な雪はそのまま残したい気持ちになる。






「というわけで、わたしは今日から動具作りに精を出します!」


 新しい物を作るのはアーシュさん待ちだが、今までにあるものを自分でやって試してみるのならば、別に構わないはずだ。


「いいけど、新メニューはどうするのよ」


 ペトラが眉間にしわを寄せて言う。


「ペトラにお願いする!」

「はぁ? なんであたしが、あんたの手伝いなんてしなきゃいけないのよ」


 案の定、ペトラが噛みついてきた。命令されるのはイヤなのだから当然の反応だと思う。


「だってペトラ、まだお料理の練習するでしょ? そのメニューがわたしのお手伝いメニューなら、食材を使っても怒られないんじゃないかと思って」

「…………なるほどね」


 無事説得できたようで良かった。


「食事の代わりになるようなメニューがいいのよね」

「うん。でも、他の時間帯も売るかもしれないし、コスティやエルノさんの意見も聞きたいから、メニューはいっぱいある方が嬉しい」

「……あたし一人じゃそんなに思い付かないわ……」


 ペトラがちょっと悔しそうに、言いにくそうに呟く。そんな風に、できないことをちゃんと伝えてくれるのが嬉しい。だって、それくらい心を開いてくれてるみたいだ。


「そうだね。材料とか味付けとかは一緒に考えて、実際に切ったり調理したりするのをペトラがやったらいいんじゃない? ペトラは上達するし、わたしは開発を進められるし」

「分かったわ」


 そうして、二人であれこれ話し合って、ペトラが作ってる間にわたしは動具を考えていると、時間はあっという間に過ぎる。手が空いたハンナがやってきて、いろいろアドバイスをしてくれるので、ペトラも熱心だ。


「…………さま、……じょうさま」

「……ぅ! ……んで固まって…………のよ!」


 ふと、微かに耳に音が飛び込んできた気がした。


「……嬢様! お嬢様!」

「ちょっと! いい加減正気に戻りなさいよ!」


 今度はさっきよりハッキリ聞こえて、意識がゆっくりと浮上する。


「…………え? ペトラ? ……あ、ハンナだ。どうしたの?」


 ゆっくりと周囲を見渡して、やっと集中する前の状況を思い出して、何度か瞬きをする。


「あ、そうか。料理中だったんだっけ」

「だったんだっけじゃないわよ! 一緒に考えるって言っといて、途中から全っ然反応しなくなっちゃったじゃない!」

「えー……、ヒューベルトさん?」


 固まったわたしを前に、護衛はどうしていたのだろうかと二人を見ると、二人揃ってため息を吐いて首を振っている。


「オレ達も何度か呼びかけたんだけどね、全然反応しなかったんだよ」

「アーシュ様から聞いてはいたので、あまりしつこくはしないようにしていた」

「アーシュさん?」


 意外なところで名前が出てきた。たしか、アーシュさんはわたしが集中し出すと周りが何も見えなくなることを知っているはずだ。


「アキ殿が神呪のことを考えている時は、余程のことがない限り邪魔をしないようにと言われている」


 首を傾げるわたしにヒューベルトさんがサラッと答える。いや、邪魔して欲しい時もあるんだけどね。ペトラが困ってる時とか。


「まぁ、周囲の状況にもよるんだけどね」


 ヒューベルトさんに付け足すようにリニュスさんが苦笑する。たぶん、開発室ではやたらと作らせないように言われているのだろう。わたしも、何か思いついた時に自制できる自信はないので、その辺りは助かる。


「そっか……ペトラ、ごめんね。言い忘れてたけど、わたし神呪のこと考え出すと他のことが何もできなくなっちゃうの」

「それ、早く言いなさいよ!」

「でも、調理場でそれはさすがに危ないんじゃないですかね?」


 ハンナがヒューベルトさんたちに視線を向けながら言う。


「そうだな。我々も、まさかこれ程とは思っていなかったので油断したが、これからは調理場での集中は禁止にした方が良さそうだな」

「ええっ!?」

「しょうがないよ、アキちゃん。調理場はさすがに危険なものが多すぎる。いくらオレ達が護衛してたって、本人の意識がないんじゃ守り切れないよ」


 それを言われると、さすがにこれ以上は言えない。わたしを守るためにいる二人の邪魔を、当のわたしがするような真似はできない。


「はぁーい……」


 結局、今後は自室と開発室以外で神呪の開発をするのは禁止された。それ以外の場所でも極力神呪や動具のことは考えないようにと言われたけど、それはさすがに無理だと思う。だって、水回りだってお手洗いだって動具は使われているのだ。もうちょっと便利にできるかなって考えるのは普通のことだし、考え付いたら試してみたくなるのが人情というものだ

 そう言ったら、リニュスさんがとてもキラキラした笑顔で「じゃあ、お手洗いにも付いてって見張ってようか?」と言ったので、可能な限り自室と開発室以外で神呪のことは考えないということで合意した。







洗濯女中は洗濯場の地下に住んでいます。

建物の1階が洗濯場になっていて、屋上に干します。


次話は「ペトラとおでかけ①」です。

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