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ペトラと交流

 日中からずっと寝ていたせいか、後の4の鐘の音で目が覚めた。ヒューベルトさんは、今日はもう自室で休んでいる。部屋にはわたし一人だ。


「お腹空いたな……」


 寝る前にお粥を食べてから、もうずいぶん時間が経っている。

 そういえば、今日はお休み通信がまだだったなと思い立ち、通信機に向かって「お腹空いた」と呟いてみたら、しばらく沈黙のあと、「…………………ん? ああ、腹? もう夜だ。我慢して寝ろ」という呆れた声が聞こえた。お休みという以外の言葉を交わすのは久しぶりだったが、ダンの返事には特に変わったところは感じられず、知らずに入っていた力がちょっと抜ける。


 ……我慢できないよ。


 お腹がぐぅぐぅ鳴り出した。熱も下がって元気いっぱいになったせいか、お腹の音も絶好調だ。


「……熱はもう下がったのか?」

「うん」

「そうか」

「何か食べてから寝る」

「……ハァ。食いすぎるなよ。あと、迷惑もかけるなよ」


 いつもと変りない会話ができたことにホッとして通信を切る。


「見回りは後の5の鐘だっけ……」


 お腹が空きすぎてお腹と背中がくっつきそうだ。たしか、ハンナが見回りをする前までなら厨房を使っても良かったはずだ。

 上着を着てそっとドアを開けると、廊下はまだランプの光が灯されていた。明るいが、火のランプは影がゆらゆら揺れて少し怖い。


 ドアを閉めて一歩踏み出すと、ヒューベルトさんとリニュスさんが同時に部屋から出てきた。考えてみたら、以前抜け出した時にも見つかっているのだ。こんな早い時間に見つからないはずがない。


「…………アキちゃん」


 リニュスさんが呆れたようにため息を吐く。


「あ、ごめんなさい。でも、お腹空いちゃったんだよ。ちょっと調理場に行くだけだよ」

「ちょっと? 調理場で何をするのがちょっとなのだ?」


 ヒューベルトさんの方は、明らかにお説教モードだ。


「うっ……、ちょ、ちょっと何かつまめるものを……」

「つまり料理をするのだな? 病み上がりの子どもが、それをちょっととは言わんだろう」


 たしかに、ちゃんと料理をしようと思えば、結構体力を使う。


「料理と言うほどじゃないよ。何かちょっとしたものだよ。だってお腹空いたんだもん」

「使用人に言って何か作ってもらうよ。アキちゃんは寝てて」

「えっ!? それはいいよ。そんな迷惑かけるくらいなら我慢するよ」


 こんな時間にお腹が空いたから何か作ってくれなんて、それこそ偉そうだ。


「迷惑って……それも彼らの仕事だよ?」

「……違うよ。ハンナの仕事はペッレルヴォ様のお世話だもん。わたしはただのお客さんだもん」

「…………ハァ、仕方ない。無理だと思ったらすぐに引き上げさせるからな」


 これ以上話してもキリがないと思ったのか、ヒューベルトさんがため息を吐く。

 わたしも、わざわざ誰かに作ってもらう気にはなれなかったので、ホッとして地下への階段へ向かう。


 食材は、毎朝その日の分を確認して調整しているので、夕食のあとならば何を使っても良いと言われている。いろいろ揃っているのが分かるが、何に使うのか分からないものが多い。特にハーブ類は、ほとんど分からない。


「うーん、ここはガッツリお肉が食べたいとこなんだけど……」

「病み上がりの夜食で肉……」

「若さだねぇ」


 なんだかヒューベルトさんが遠い目をして、リニュスさんがうんうん頷いているが、わたしはとてもお腹が空いているのだ。たぶん、病気を治すのにすごく体力を使ったんだと思う。


「どうしようかな……。もう何も考えずに肉、焼いちゃおうかな……」

「お腹が空いてるんなら、それが一番早いんじゃない?」


 たしかにリニュスさんの言う通りなのだが、わたしは調理場を借りる理由に、新メニューの開発を挙げているのだ。さすがに、ある程度は取り繕いたい。


「味噌はないし……ハチミツはあるけど甘い気分じゃないんだよねぇ」


 鍋を片手に悩んでいると、背後でスッとヒューベルトさんが動く気配がした。


「あんた……、何やってんの?」


 振り向くと、調理場の入り口に、怪訝そうな顔をしたペトラが立っていた。そして、ヒューベルトさんがすぐ背後に移動している。護衛ってすごいなと思う。だって、声かけられる前に動いてたよ、今。


「あ、ペトラ。ペトラこそどうしたの? お腹空いたの?」

「はぁ? そんなわけないでしょ。あんたと一緒にしないで」


 そんな台詞に被せるように、ぐぅ~っという音が響く。夜な上に石壁に反響して、不必要に全体に響き渡る。


 …………あれ? 今の、わたし? 


 わたしがちょっと首を傾げると、ペトラが顔を真っ赤にした。


「………………」

「……えっと、……今のって…………ペトラだよね?」

「っっっなによ! 何か悪い!? ていうか、そういうの普通、黙って聞こえなかったことにするんじゃないの!?」


 首まで真っ赤になったペトラがズカズカ近付いてきてわたしから鍋を引ったくる。


「え……あ、ううん。もしかしたらわたしのお腹かなって思って……」

「なによっ! あんた自分のお腹と他人のお腹の区別もつかないわけ!? だから嫌なのよ町の人間って! ホンットがさつなんだから!」


 すごい剣幕で文句を言いながら、炭に火を付け、油を塗った鍋にお肉を並べる。


「ペトラ、お料理できるの?」

「…………できないわよ」

「へ?」


 どう見てもペトラは料理をしていると思うのだが。


「肉を焼くしかできないの! ハーブも、分かってるのはほんのちょっとだし……」


 そう言って、ペトラは並べてある草の中から細長い小さな葉っぱが付いた草を取り出し、肉の上に乗せる。


「……どうして、こんな時間にお料理なんてしてるの?」


 使用人だって、ちゃんと食事の時間は取ってある。交代で食べるのだと本邸の料理長が言っていた。未成年だって同じはずだ。


「……夕食食べてないから」

「えっ!? どうして?」

「代わりにお料理の練習させてもらってるから」

「…………え?」


 それは、夕食で食べるはずの食材を練習用に充てるということだろうか。


「そうなの…………?」


 そんなこと、わたしは聞いていない。新メニュー開発の許可は取ってあるので、そのために食材を使うことも、当然許可された中に含まれていると思っていた。だが、考えてみれば当然だ。食材を揃えるのにはお金がかかる。そう簡単に何でも使わせてもらえるわけがない。


「あ……、でもわたし、今日は夕食、お粥しか食べてないから別にいいんだよね」


 ……危なかった。危うく食材泥棒になるところだった。


「……それ、本気で言ってんの?」


 わたしご胸を撫で下ろしていると、ペトラがこっちをじっと見ていた。


「へ?」

「あんたはペッレルヴォ様のお客様なのよ。お金なんて取られるわけないじゃない。ましてや、道楽のために食事抜きなんて」

「え……? 道楽じゃないよ?」


 いろいろ引っかかる点はあるが、まずはそこが一番気になった。簡単に真似できないクレープは、わたしにとってはいざというときの命綱だ。冬の、時間がある間にいろいろと開発しておかないと、他が売れなくなってからでは遅い。道楽などでは決してない。


「食べてくための保険みたいなものだよ。ペトラこそ、なんでお料理なんてやってるの? ペトラは家女中なんだから、必要ないでしょう?」

「いつまでも家女中なんて下っ端でいられないからよ。あたしはこき使われるだけなのは嫌なの。早く偉くなりたいのよ」


 ペトラがイライラと答えるが、その答えはわたしにとっては馴染みがあるものだった。


 ……そっか。ペトラもコスティと同じなんだ。


 今のままではダメだと感じていて、それを自分の力で乗り越えようとしている。問題を起こしているのが誰だとか、自分はまだ子どもだからとか、そういうことを言い訳にして、立ち止まったりしていない。


「そっか……。あ、じゃあさ、二人で一緒に作ろうよ。わたしがペトラに教えられる料理があるかもしれないし、わたしも一人で考えるよりいい考えが浮かぶかもしれないし」

「あんたと?」


 ペトラが眉を顰めて、どこか警戒するように言う。


「うん。わたしも春になったらここを出て、また出店を始めるから、それまでにいろんなメニューを考えておきたいんだ。ね、ちょうどいいでしょ?」

「………………」


 ペトラがこっちをじーっと睨みつけながら考え込んでいる。時々視線が揺れるので迷っているのだと思うが、何でそんなに迷うのか分からない。


「あ、食材は勝手に使っていいか聞いておくよ。ダメって言われたら自分で買って来ればいいし」

「……そんなことじゃないわよ」


 心配するポイントが違うらしい。ではなんだろう。


「……あたし、あんたの指示には従わないからね」

「へ?」


 ペトラが、じっと観察するようにわたしを見ながらポツリと言う。


「あたし、使われるだけの立場は嫌いなの」


 なるほど。わたしの方が立場が上なので、一緒にやるとなると、わたしが一方的に指示を出すようになることを警戒していたらしい。


「うん。いいよ。ていうか、一緒に考えようよ。指示とかじゃなくてさ」

「………………」


 ペトラが唇を噛んで俯いてじっと考えている。視線の揺れがさっきより大きいので、かなり迷っているようだ。


「わたし、リッキ・グランゼルムっていう高級料理店の料理人と知り合いなの。だから町に戻ったら、料理人に必要な修行がどんなのか、聞いてきてあげるよ」

「………………」


 ペトラがハッと顔を上げる。ほんの僅かだが、何か期待するような目を向けられる。ような気がする。


「ていうか、領都にも料理人の知り合いがいるから、今度領都に行ったら聞いて来ようか?」

「………………あ」


 ペトラが何かを言いかけて止める。でも、続きを言おうか迷うように、口を少しパクパクむぐむぐさせている。


「え? 何?」

「……あたし、時々おつかいで領都に行くの。その時に……」

「ああ、そっか。仕事の後とか都の日とかだったら一緒に行けるよ。出られる?」


 ペトラがコクンと頷いた。なんだか、野生の小動物の頭を撫でられたような達成感を覚える。ペトラっておもしろいなと思う。


「じゃあ、とりあえず今は何か作ろう? わたし、さっきからお腹空いちゃって空いちゃって……」

「……病み上がりなんでしょ? 物、食べられるの?」

「うん! 大丈夫! お肉食べたい! お肉!」


 わたしの答えにペトラが呆れたような視線を向けて来るが、気にしない。だって、そんな顔をしてたって、ツンツンしてたって、ホントはがんばり屋さんなんだって分かったんだから。

 なんだか無性に気分がいい。すごくすごく大変な冒険の後に宝物を見つけた気分だ。視線とか態度なんて小さなこと、全然気にならないよ!






ペトラから見ると、アキは職人の娘なのに、家主の客人という奇妙な立場です。

そういう立場の人は、無用な対立を招かないために、普段使用人とはあまり接さないようにしています。


次話は「ペトラとのお料理」です。

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