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客分と使用人

 目の上に雪入り皮袋を乗せて、仰向けにベッドに寝転ぶ。昼間に結構寝たので、全然眠くならない。


 ……たしか、血って心臓から全身を巡ってるんだよね。


 それと同じように、神力を巡らせられないだろうか。心臓になる部分を何か作ればできるものなのだろうか。


「あれ……そもそも、神力って体の中でどうなってるの?」


 神人は、神力で世界を創ったと教わった。だったら、その力は人間の体内にあるだけではないはずだ。この世界にある全ての物に流れているのではないだろうか。


 ……ん? あれ、そうすると、神物って……どうなってるの? 


 神人によって神力で創られたこの世界なのだ。神人によって創られていないものが、存在できるのか。


「いや、できてたよね」


 こうやって考えてみると、神物という存在はすごく不思議で貴重だ。もしかしたら、神人が世界を創った過程が何か分かるかもしれない。


 ……なるほど、見に行きたくなるはずだね。


 もう、7年も前の記憶だ。当時はそれほど興味もなかったのでほとんど覚えていないが、そういえば、あの時討伐された神物はどうなったのだろう。研究は進んでいるのだろうか。


「…………ハァ、もう無理だぁ……。分かんないことだらけ……。早く図書館行きたいなぁ」


 まずは分からないことを解消しないことには先に進める気がしない。何より、わたしが気になって眠れない。今日は。明日は眠れるかも知れないけど。


 …………あ、マズイ。思い出しそう。


 考えたくないことがあるので、何か考えなきゃと思うのだが、さっき行き詰ったところが引っかかって考えが先に進まない。


「あ、他の部屋にある本は勝手に読んでいいってペッレルヴォ様言ってたっけ」


 ペッレルヴォ様は、今研究しているものに関する資料は必ず手元に置いている。先日、図書館から借りっ放しになっていた本は図書館に返したが、それでもペッレルヴォ様個人が所有する本は膨大な量で、余った部屋に分けて置いてある。ペッレルヴォ様が自分の部屋に置いているもの以外は、好きに読んで良いと言われていた。


 ……課題で手いっぱいで忘れてたけどね。


 どうせ今日はまだまだ眠れそうもないし、目も冷やさなければならない。だったら、片目ずつとか冷やしながら本でも読む方が有意義かもしれない。


 中身が水になってしまっている皮袋も、今はまだ冷たいが、そのうちぬるくなったら、また雪を詰める必要があるだろう。寝間着に着替えていたので、その上から上着を着て、保温するための神呪をコートに描き込んで羽織る。


 ……他の人が触らないうちに消さないとね。


 使用人が間違って作動させてしまったら、きっと驚かせてしまう。ダンに言われて、ここで書いた神呪は全て一覧に書き出しておくようにしている。ここを出る時に処理し忘れないためだ。それに加えて、紙に大きく「神呪消す」と書いて寝台に置いておく。これなら戻ってきた時にすぐ目に入るだろう。


 そっとドアを開けると、目の前が真っ暗闇になる。別に気を失ったとかではなく、本当に、目の前に闇が広がるのだ。

 日中はみんな起きているので、境光が落ちていても廊下には等間隔でランプが灯され、ドアの隙間からは僅かに光が漏れたりしている。だが、夜は全ての明かりが消されているので、境光が落ちると本当に真っ暗闇になるのだ。


 ……こんなに何も見えないんだ……知らなかった。


 わたしは基本的に夜は寝るし、穀倉領から森林領に向かうときも、境光が落ちたら馬車を泊めて、テントを建ててランプや蝋燭を灯していた。


 ……そういえば、森の中で急に境光が落ちたりしたらどうするんだって、コスティに怒られたっけ。


 たしかに、この暗さは怖い。森の中で、一人で、火を消して蹲って境光を待つなんて、とてもできる気がしない。コスティが怒るのも無理はなかったと改めて感じる。


 部屋にランプを取りに戻って、ドアを大きく開く。日中は気にならない程度のギッという開閉音が、やけに響いて冷や冷やする。

 別に悪いことをしているわけではないが、わたしのせいで誰かを起こしてしまっては申し訳ない。


 ……なんか、ヒューベルトさんとか、耳聡く音拾って起きそうなんだよね。


 ヒューベルトさんの部屋は向かいだが、特に起きて来るようすもないので、そのまま廊下を進む。ランプはあるが、それでもやっぱり、ちょっと心許ない。境光が全くない状態だと、これくらいの光では全然足りないと感じる。街灯ならば、ある程度の間隔を空けて並べて設置するのだろうが、そうすると、一つの該当でどれくらいの広さを照らせるかがとても重要になるだろう。


 一歩一歩、床を睨むようにしてゆっくりと進む。心臓がドキドキしている。そんなわけはないと分かっていても、床に何か落ちていて躓くかもしれないと緊張する。

 目的の部屋は隣の隣の隣だ。自分の周囲しか見通せない廊下を歩いていると、なんだかこのままグルグルと同じ廊下が続いて、部屋にたどり着けないのではないかと思える。廊下の隅にところどころ飾ってある花瓶にホッとする。


 ……人って、こんなにも暗闇が怖いんだ。


 アンドレアス様が、ナリタカ様との約束を破ってまでランプを何とかしたかった理由が分かる気がした。






 目的の部屋に辿り着いて、とりあえず目についた本を読み出す。明かりが少なすぎて、じっくり選ぶのは無理だった。でも、とりあえず何か集中していれば、余計なことを考えなくて済むので、それで構わない。


 しばらくすると、初めの2の鐘がなった。あと、鐘一つ分で起きる時間になってしまう。


 ……マズイ、目を冷やすの忘れてた!


 雪を取りに行こうと、そっとドアを開けると、廊下には薄っすらと光が差していた。花瓶や壁に掛けられている絵が微かにだが見えている。もしかしたら境光が出始めているのかもしれない。


 1階のホールに降りて、玄関のドアを押す。外からも内からも登録鍵動具になっている両開きのドアは、わたしには少し重くて、ゆっくりとしか開けられない。


「わぁ……!」


 少しずつ、ゆっくりと開くドアの隙間から、境光の光が筋になって漏れ入る。その筋を視線で辿ると、光の中がなんだかキラキラと輝いている。


 ……埃? 


 よく見ると埃だが、光の中では小さくキラキラと光を照り返してとても綺麗だと思った。埃などという、普段全く意識しない、どうかすると邪魔だとしか思われないようなものでも、光を照り返すことができるのかと不思議に思う。その光の中にわたしの手を突っ込んでみても、あんなにキレイにキラキラと輝きはしないのに。


 自分が出られるくらいの幅だけ開けて外に出る。まだ完全に出きっていない境光に写し出された森が、いつものように色鮮やかではなくちょっと暗い色合いなのが、なんだか新鮮だ。木々の下の方は結構真っ暗だが、背の高い木の上の方はなんだかちょっと白みがかっている気がする。境光の強さによって色が違うなんて知らなかった。


「…………えっ?」


 邸の前にまばらに広がる木々と、その向こうに広がる空を見つめていると、ふと瞬きした瞬間にチカチカと見知らぬ景色が明滅する。


「え……?」


 それは、空の景色だった。


 だが、いつも見慣れた、暗い色合いが折り重なるように混ざった空ではない。抜けるような薄い青の空だったり、白いモフモフが浮かんだ濃い青色だったり、赤だったり紫だったりする空だ。


 …………あの夢だ……。


 こんなに意識がはっきりしている頭に浮かぶなんて初めてで、息を飲む。身動きしたら忘れてしまいそうで、思わず呼吸まで止める。


「すごい…………」


 それはほんの一瞬見えただけで、もう何度瞬きしても見えなかったが、それでも、その信じられないくらい澄んだ青に圧倒される。

 頭の奥がしびれたようで、いつの間にか半開きになった口を閉じることさえできない。


「あんなの……あんな、青なんて…………」


 呆然と、小さく首を振る。有り得ないと思う。

 何をどうしたら、あんな空が出来上がるのか。そもそも、わたし自身がどうして、あれが空だと認識できたのか。


 そのまましばらく呆然と立ち尽くしていたが、後ろで僅かに響いたドアの音でハッと我に返る。


「…………あんた………………なにしてんの?」


 振り向くと、寒そうに上着の前を掻き合わせて、不機嫌そうに立っているペトラだった。






「……ペトラ、寒いの?」


 とりあえず、今一番気になることを聞く。わたしはコートに神呪を描き込んでいて寒くないので、これがないとどれくらい寒いのかがいまいち分からない。


「はぁ? 当ったり前でしょ!? 何言ってんの?」


 わたしとしては心配して言ったのだけれど、なんだかペトラには気にくわなかったようだ。


「神呪、描いてあげようか? 寒くなくなるよ?」

「………………」


 一瞬、目を吊り上げて何か言いそうにしたが、すぐに思い直したように口をムグムグさせる。口から漏れる息が白い。


「神呪具持って来てるから、すぐに描けるよ? 洗濯とかしなければずっと温かいよ?」

「…………ずっと?」

「うん。まぁ、破れたり寄れたりして神呪が消えたり歪んだりしたら効果も消えちゃうけど」

「………………」


 なんだか悩んでいる。でも、すぐにいらないと言わないということは、やっぱりあった方が便利だと思っているんじゃないだろうか。


「中に描き込まなきゃいけないから一旦ホールに入ろうよ。ここで脱ぐと寒いでしょ?」

「…………分かったわよ」


 ホラホラと促すと、しょうがないと言った口調ですぐに踵を返す。心なしかいそいそとドアを開ける。


 ……まぁ、寒いより温かい方がいいよね、そりゃ。


 広いホールは、夜の今は特に暖を取っていないので寒い。部屋の角の方に行って、上着を脱がせると、ペトラがガタガタ震え出した。大変だ。


「ゴメン! そんなに寒かったんだね、急ぐからもうちょっと待って!」


 とりあえず、自分が着ていた上着を脱いでペトラにかぶせる。袖を通さないと神呪が作動しないので、ペトラの腕を取って無理矢理袖に突っ込むと、ペトラが少し抵抗する。


「は!? 何やってんのよ、いらないわよ!」

「だって、寒いんでしょ? わたしはずっとそれ着てたから大丈夫。まだ体はあったかいから。それより、袖通さないと作動しないんだよ、早く!」


 焦って失敗したらもっと時間がかかってしまうので、冷静に冷静にと言い聞かせて素早く神呪を描く。冷気に晒されて体が急激に冷えていくのを感じる。指先がかじかむ前に描き終わらないと失敗しそうだ。


「はい、終わり! 着て着て!」


 ペトラから上着を返してもらい、二人して急いで神呪を描いた上着を着る。左袖のところに神呪を描いているので、袖が手首に触れると勝手に作動して温まり始める。


「あ、すごい。暖かい……」

「良かった。大丈夫? 風邪、引いてない?」

「……これくらいじゃ引かないわよ」


 ペトラの言葉にホッとする。暖かくしようとして風邪を引かせてしまっては意味がない。


「何日かは持つと思うけど、もし何かおかしなことになったり効果がなくなったりしたら言ってね。また描くから」

「…………どうやって言うの?」

「え?」


 ペトラが怒ったような、戸惑ったような声で言う。でも、質問の意図がよく分からない。普通に話しかけてくれればいいと思うのだけど。


「あたし、基本的に地下にいるもの。あんたと顔合わせることなんてないでしょ」


 ペトラの言葉にハッとする。そうだった。わたしとペトラは家主の客分と使用人という関係で、生活圏が全く違う。


「ホントだ……。同じ邸の中にいるのに…………」

「しょうがないわよ。言ったでしょ、使用人は下で、命令する側は上なの。下の者は家でも下に住んで、上の者は上に住むのよ。下は上には逆らえないの」


 ペトラの言葉に衝撃を受ける。


 ……わたし、何も気付いてなかった。


 たしかにそうだ。わたしは華やかに装飾された上の階に住んでいて、石や土が剥き出しの地下に住んでいるペトラとは完全に隔離されている。


 ……同じじゃなかった。


 ルールの上でどんなに平等だと決められていても、それは人の心まで動かせるものではない。

 これほど明確に、物理的に上と下に分かれているのだ。人の意識がそれに引き摺られてもおかしくない。わたしだって、この環境に馴染めば、だんだんそういう意識になっていくのかもしれない。


 ……あんなに勉強したのに。


 勉強したからこそ、見えなくなっていたのかもしれない。それとも、見なくなっていたのだろうか。本で知識として多くのことを知ったからと。もう、目に映る狭い世界など見る必要がなくなったと。


 ……勉強って、なんのためにするの? 


 見たことがない、知らないことをどれほどたくさん記憶しても、今、目の前に広がっていることが見えていなければ、その記憶は何に活かされるのだろうか。

 早くお城に戻りたいと思ったのに、戻ったら戻ったで、ここに馴染むのが怖くなってくる。

 いろんなことが、よく分からなくなってくる。





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