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使用人の主張

「ハンナさんは家政婦と料理人の両方ができるの?」

「ええ。小さい邸ですからね。別々に雇うまでもないのですよ。それと、さんは不要ですよ、お嬢様」


 ペッレルヴォ邸のハンナは、わたしをお嬢様と呼ぶ。これまで呼ばれた経験がなかった呼称なので、最初は自分が呼ばれていると思わなかった。


「でも、来年ここを出たら、わたしまた職人の娘に戻るんだよ?」

「それでも、ですよ。今、ここにいる間は家主のお客様です。使用人と対等ではないのですよ」


 なるほど。それでマリアンヌ様はわたしに上流階級の生活に慣れさせようとしたのか。


「では、ハンナ。わたしも時々厨房を使わせてもらいたいんだけど、いいかな?」

「そうですね。時と場合によります。まず、わたくしや他の女中が厨房で働いている時間ではないこと。わたくしが最後に見回りをした後でないこと。それと、お嬢様の安全が確保できる場合であること。この三つが条件となります」

「ハンナの最期の見回りはいつ?」

「後の5の鐘を合図に見回りを始めます」


 では、夕食の片付けが終わってから5の鐘までは使えるということだ。そして、安全の確保については、わたしには必ずヒューベルトさんかリニュスさんが付いているので問題ないと考えて良いだろう。


「分かった。ありがとう」


 今は冬で、出店は閉じている。だが春になってわたしが戻る頃にはまた再開するつもりなのだ。それまでにメニューをいろいろと考えておきたい。コスティはやっぱりハチミツに拘りがあるので、ハチミツを使った何かを出店で売れないかと考えている。いつまでただの職人の娘でいられるのか分からないが、だからこそ、できる時にできるだけのことをしておきたい。





 ペッレルヴォ様は、お城の中では知らない人がいないほどの有名人だ。最近、大した用事もないのに神呪開発室を覗きに来る文官が多いのは、あのペッレルヴォ様の弟子がいるらしいという噂が流れているのが原因だと言われた。


「別に弟子ってわけじゃないんですけどね」

「でも、毎日講義を受けてるわけでしょ?弟子みたいなもんじゃない」


 ラウナさんまで弟子扱いだ。


 ……どっちかっていうと、雑談とかおしゃべりだけどね。課題は出るけど。


「ただ、お家に住まわせてもらっているだけなのですが……」

「いや、あのペッレルヴォ師の家に突撃できる時点ですげぇわ」

「ああ。オレなんて廊下ですれ違ったりすると思わず俯いちゃうからな、目が合わないように」

「オレなんてあの方の顔見ると条件反射で反対側に歩き出しちゃうんだよ、足が」

「いや、それどういう反射だよ」

「無意識なんだろ?今度師に覆面とかしてもらって実験したいな」


 マルックさんが信じられないと言った口調で言と、みんながいつも通り頭を寄せ合って話し合いを始める。


 ……仲、いいよね。


「しっかし、アキちゃんも有名人になっちまったよなぁ」

「大丈夫なの?護衛二人だけで」


 サウリさんの言葉にマティルダさんが頷く。


「うーん、仕事中は大丈夫だと思います。ただ、邸に戻るといろんなお客さんが来るから、その人たちの方が心配ですよ……」

「ああ……噂は聞いてる。何て言うか……災難だよな」


 最後のマルックさんの一言には、誰も何の意見も出ず、全員で深く頷き合っていた。本当に仲が良いと思う。


「ところでアキさん」

「はいつ!?」


 ラウレンス様が声をかけてきた途端、神呪師たちが散り散りになる。声をかける直前まで気配が感じられないのは、もしやわざとだろうか。


「街灯はどうだい?」

「ああ。うーん、そうですね……何から力を供給するかなんですよね……」


 ランプは基本的にずっと手で持っているので、力は手から供給される。だが、街灯や机上のランプは一度作動させたら手を離してもずっと付いていなければならない。この違いはとても大きい。


「たしか、以前研究所で、調理場の火を点けっぱなしにする研究をしていたと思うのですが、それがどうなったか分かりますか?」

「いや……少なくとも僕は聞いたことがないからまだ一般化はされていないのだろう」


 そう言うと、ラウレンス様は考えるように眉間に拳を当てる。


「……君はその研究についての話をいつ聞いたんだい?」

「わたしが3歳とか4歳くらいだったので……7年か8年くらい前だと思いますが?」

「なるほど……」


 考えてみれば、研究所ですらこれだけ長い年月形にできていないものを、わたしがホイホイと簡単に作れるはずがない。


「うーん……すごく難しいことなら、3月までに仕上げることはできないかもしれませんね」

「ああ……とりあえず、できるところまで開発を進めてくれ。僕も少し調べてみるよ」


 研究所に聞いてみるのだろうか。何かヒントになるものがあれば良いが、研究所はたしか、一般化させられると認定されたものしか外に出さないはずだ。あまり期待はできない。


「はい。お願いします」






「ハンナ、鉄板はどこに置いたらいい?」

「そうですねぇ、この辺りはどうでしょうか?」


 使用人に運んでもらった鉄板を設置する。


「これ、この部分をこっちに動かすと、鉄板の温度が上がるんだよ。ちょっと待ってね」


 鉄板に水を垂らして作動させる。


「今は何ともないでしょ?」


 説明しながら、鉄板の下についている摘みを右に動かす。


「あ、ほら!ちょっと動いてきた」


 水がウゴウゴと動き出したかと思うと、あっという間にブクブク泡立ち蒸発する。


「へ~ぇ、これは便利ですねぇ」

「でしょ?卵の方が分かりやすいんだけどね」


 わたしが新メニューを開発するために設置したのだが、どうせなら他のみんなにも便利に使ってもらいたい。


「ハンナもどんどん使ってね。ただ、これ、この部分から手を離すとちょっとずつ冷めていくから定期的に作動させてね」

「ありがとうございます。お嬢様」


 ハンナに喜んでもらえたようで何よりだ。そしてメニューが増えれば更に嬉しい。


 ……森林領の家庭料理って、串に刺してあぶる系ばっかりなんだよ……。


 久しぶりに誰かのための動具を作って満足しながら調理場を出ると、ちょうど食材を補充しに来たペトラと鉢合わせた。


「あ、ペトラ。久しぶり~」


 とりあえず手を挙げてヘラリと挨拶すると、もの凄い目で睨まれた。


「あたしはお嬢様なんて呼ばないから」

「へ?」


 初めてまともに話をしたと思ったら、何だか思いがけない方向から突っ込んできた。


「あんた、職人の娘なんでしょ?料理長が言ってたわ」

「そうだね」

「あたしは生まれた時からお城に勤めてるのよ。あんたなんかよりよっぽど上流階級に近いんだから」


 ……近いとか遠いとかが関係あるのだろうか。庶民は庶民だと思うけど。


「ちょっと特技があるからって自分の方が上だなんて思わないでよね!」

「……誰かが上にいるのが嫌なの?」

「……っだ、誰でもじゃないわよ!ついこの間まであたしより下の立場だった人間が、いかにも上流階級に入ったような勘違いをしてるのが気に入らないって言ってるのよ!」

「職人の娘は使用人の娘より下なの?」

「はぁ?下に決まってるでしょ?だって町に住んでるんじゃない」

「町に住んでたって、自分の家だよ?お城に住んでたって自分の家じゃないでしょ?」

「当たり前じゃない。お城は領主様のものなんだもの。あたしは領主様のお家に住まわせてもらえてるのよ」

「どこに住んでたって、仕事をする身分は一緒でしょ?」

「だから!あたしはお城で働いてるのよ!」


 聞いているうちに心が急速に冷めていく。上とか下とか、上流だとか。そんなもの、どうでもいいものなのに。


「……ハァ。……何、勘違いしてるの?」


 ……バカバカしい。そんなものになど、何も意味はないのに。


「この世界で特別なのは王族だけだよ」

「……は?な、なに言ってんのよ……」


 目を細めて白けた目を向けると、ペトラが気圧されたように一歩下がる。


「王族以外はみんな一緒。誰であろうと、みーんな王族って枠の外だよ。一緒一緒」

「そ、そんなわけ……」

「ちょっと仕事が違うだけだよ。やってる仕事が違うから給金が違うってだけ。根っこの部分ではみんな一緒。労力を提供して、賃金をもらってる」


 ……ホント。何を勘違いしてるんだか。


「でも王族だけが違う」


 ペッレルヴォ様に教えてもらったからよく分かる。人がこの世界で生きるには、王の温情が必要だ。


「王や領主になる可能性がある王族にだけは、逆らうことが許されない」


 ……王が支えなければ、この世界は維持されない。補佐領主が支えなければ、人の生活が成り立たない。


「王族だけが特別。わたしたちが生きるには、王族が必要だから」


 だから、王族にはいろいろなことが許されている。例えば、10歳の子どもを養父から無理矢理引き離すなどということも。


「王族にだけは、逆らえない」


 恐らく、これから先、わたしが王族と全く関わりなく生きることは難しいのだろう。わたしが神呪が描ける限り。


「わたしは、ダンと引き離されて、こんなところに来たくなんてなかったよ」


 ペトラが何に価値を置いているのかなんて分からないし、どうでもいい。だけど、これだけは譲れないし、認めるわけにはいかない。


「ペトラが下だと言っている生活は、わたしにとってはここの生活よりもよっぽど楽しいものだったよ」


 ペトラとは、どうやら意見が合わないようだ。ペトラへの興味が急速にしぼんでいく。


 くるりと背を向けて歩き出すと、ヒューベルトさんとリニュスさんも黙ってついてくる。


「な、なによ!何が楽しいのよ!下の人間は上の人間には逆らえないのよ!」


 後ろでペトラが何だか喚いていたが、もう興味を失くしてしまったわたしは、そのまま振り向くことなく部屋に戻った。


「じゃあね。アキちゃん、おやすみ。温かくして寝るんだよ」

「おやすみ。動具類を消すのを忘れないようにするのだぞ」

「はい。おやすみなさい」


 二人とのいつも通りの会話で、ペトラと言い合って少しささくれた心が、ほんの少し温まる。二人が付いてきてくれて良かった。アーシュさんにも今度お礼を言うことにしよう。


 ……通信機でグチると周りに聞こえちゃうかな。


 ダンに聞いてもらうのは、今度帰ってからにしよう。







使用人の娘でも職人の娘でも、家庭教師を付けたりしてお勉強をしていないと、世界の成り立ちや王族の役割などの情報はなかなか入って来ません。

おとぎ話のように創世神話を聞いて育ちますが、それを現実に結び付けられるほどの教養は、庶民にはありません。


次話は「ダンとヴィルヘルミナさん」です。

もしかしたら2話に分けるかもしれません。

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