教育強化
……どうして一緒に来ちゃうんだろう。
約束の野の日、フレーチェ様との午後のお茶会でマリアンヌ様の突撃訪問について相談したのだが、この時は、まぁまぁホホホと取り合ってもらえなかった。そして、その日の夜が今だ。
「来てしまったものは仕方がありませんわね。ですが、アキはまだ礼儀作法の練習中です。ルール違反はマリアンヌ様の方なのだとご自覚あそばせ」
「分かっておる。正式な場でも無し、細かいことは言わぬ。そもそも妾は珍獣は好きじゃぞ」
「存じておりますわ」
……ねぇ、いいの?王様のお姉さんで、領主様のお母さんがこんなにホイホイ庶民の子どもに絡んできていいの?
「では、アキ。茶菓子は準備できたかえ?」
「はい。ただいまお持ち致します」
そう言って立ち上がると、マリアンヌ様が不思議そうな顔をする。
「アキ、自ら運ぶ必要はありませんよ。使用人に指示をお出しなさい」
「え?でも盛り付けが……」
「マリアンヌ様もわたくしも、アキに会いに来ているのです。貴方が我々をもてなさなければなりませんよ。席を外してはマリアンヌ様を退屈させてしまいます」
言われてみれば、たしかにそうだ。今日はお二人で来られているからおしゃべりでもしていてもらえば良いが、相手が一人だった場合は困ってしまうだろう。
「アキ殿。盛り付けは私が承知している。ここはリニュスに任せるのでアキ殿はお二人をもてなすと良い」
「へ?」
「リニュス、しばし頼むぞ」
「了解」
そう言うと、わたしがポカンとしている間にヒューベルトさんが部屋を出て行ってしまった。
「ヒューベルトさん、お料理できるの?」
「さぁ、できると言うんだからできるんじゃない?」
ヒューベルトさんって礼儀作法にも服飾にも詳しそうだし、意外と女性的な感覚を持ってるんだなと思う。
……男性部門も女性部門も網羅できるってすごいよね。
「そういえば、今日、来られることは先ほどのお茶会ではおっしゃってませんでしたよね?フレーチェ様」
「ええ。マリアンヌ様をお止めしようかとも思ったのですけれどね。あの後急に思い立ったのよ」
フレーチェ様は涼しい顔でそう言うが、そんなわけないと思う。お止めしようと思っているのならば、あの時、まぁまぁホホホで終わらせているはずはない。絶対あの時にはもう企んでいたはずだ。
「人数分のクレープがきちんと準備できて良かったです」
先に言ってもらわないと準備ができないよと爽やかに言う。笑顔笑顔。
「あら、そうね。良かったわ」
……笑顔で爽やかに嫌味を言っても通じない時にはどうすればいいんですか、フレーチェ様!
「それにしても、使用人の数が少なくはないかえ?」
「そうですわね。ここには穀倉領からお預かりしている大事なお客様が3人もいらっしゃいますもの。これでは行き届かないでしょう」
二人で部屋を見回しながら言う。
ここにいる使用人は本当にお世話をする最小限で、地下では数名が働いている。それでも足りないのだろうか。
「どういったことに人数が必要なのですか?わたしには足りているように感じられるのですけれど」
「お茶が冷めたら新しく入れる者、お茶が切れたら取りに行く者、こぼしてしまった場合に片づける者。お茶を担当するだけでもこれだけ思いつくわね。部屋を整えたりお菓子を並べたり衣装を準備したりするのにも使用人は必要でしょう?」
……必要かな?
上流階級の生活って、何でも人にやってもらわなきゃいけなくて、却って不便そうだ。自分でササッとやっちゃう方が速いと思う。
「……アキは」
わたしとフレーチェ様の会話を聞いていたマリアンヌ様が、ゆっくりとカップを傾ける。
「上流階級の生活に慣れておいた方が良かろうな」
「……え?」
……上流階級の生活?
でも、わたしはこのお城を出たらまた庶民に戻るのだ。中途半端なものを身に付けても混乱してしまうだけのような気がする。
「そうですわね。使用人を増やしましょう。侍女も必要ですわね」
「教育係もいるのう」
「では、アリーサを付けましょうか」
わたしを置いてどんどん話が進んで行く。ていうか、ここはペッレルヴォ様のお家だ。わたしはともかく、ペッレルヴォ様の許可が必要なのではないだろうか。
チラリとペッレルヴォ様を見ると、なんとコックリコックリ船を漕いでいた。
……ええっ!?いつから寝てたの!?ていうか、寝ていいの!?
目の前の二人が気が付いていないということはないと思うので、放ったらかされているのだろう。正直言って羨ましい。
「……ああ、使用人やら侍女やらは、ハンナに言っといておくれ」
そう言うと、今度はきちんと欠伸をしてウトウトし出した。でも、退出はしないらしい。一応、この家の主だからね。
「失礼致します」
使用人を新しく雇い入れることが決まったころに、ヒューベルトさんが戻ってきた。珍しく、自分でワゴンを押している。ヒューベルトさんの仕事は護衛なので、普段は、手が塞がっているという状況がないようにしている。わたしが食材をもらいに調理場に行っても荷物を持ってくれたりしないのは、別にいじわるなのではなく、真面目なだけなのだ。リニュスさんは小さい物ならこっそり持ってくれたりするけどね。何かあったら放り出す前提で。
「ほぅ。これが庶民の菓子じゃの?」
「はい。ですが、今回はマリアンヌ様にお出しするために、料理長に助言を仰ぎました。普段売る時にはこのようにお皿に美しく盛り付けたりせず、紙の袋に入れて売ります。お客さんはそれを手で持って、歩きながら食すのです」
「手で持って?」
……しまった!
フレーチェ様が目を細めて軽く睨んでくる。
……ああ、マリアンヌ様の目がキラキラしてる……やってみたいって目が言ってる……。
「そ、それは、またの機会に……」
「そうじゃの。ではまた楽しみにしておるぞ」
マリアンヌ様はアンドレアス様のお母さまなので、それなりにお年を召している。だが、この好奇心はどうだろう。わたしの知っている、背中を丸めたお年寄りとはだいぶ違う気がする。
……同じ人間だよね?
王族は庶民とは年の取り方が違うのだろうか。
「アキ殿、選定が終わったぞ」
「え?もう?ちゃんとハンナさんにも許可をもらったの?」
「うむ。それで、だ」
珍しく、ヒューベルトさんが少し言いにくそうにする。
「あのペトラという女中も入れることになった」
「……へ?」
この前、あの子と仲良くなるのは無理そうだなと思ったところなのだが。
「それ……わたし、どうしたらいいの?」
「まぁ、所詮は成人前の家女中だ。家主の客人であるアキ殿との接点は特にないが、本人がどうしてもと言って入り込んできたところが多少気にはなっている」
「本人が?どうして?」
「同じ年ごろのアキ殿に親近感を持ったと本人は言っているが、これを信じるのは難しい」
……まぁ、あの態度だからね。
「それなのに採用されたのはどうして?」
「新しく採用した洗い場女中がペトラの母親と知り合いのようで頼まれたそうだ。この洗い場女中は元々いたハンナと昵懇で信頼がおける者だ」
「……つまり、ハンナさんのお友達のお知り合いがペトラのお母さんなの?」
「ああ。その母親の素性に関しては特に問題がないことを確認している。問題はペトラの父親だが……」
たしか、お父さんが誰なのか分からないと、本邸の台所女中さんが話していた。
「素性は分かっているようだ。だが罪人として処刑された者なので公表を差し控えているらしい。ペトラも知らされていない」
「…………え?」
サラリと明かされた話に驚いて目を見開く。
……罪人って。
父親が罪人で、処刑されていて、しかもそれを本人は知らされていないという。
……本人は知らされないのに、わたしが知ってしまって、いいの?
これまであまり他人の家族関係に興味を持ったことがなかったが、ちゃんと聞いてみると、みんな結構複雑だ。
「わたしって……」
思わず、自分の生い立ちを振り返る。
「つくづく、平凡な家庭に生まれたんだね……」
軽く息を吐きながら呟くと、ヒューベルトさんが何故か目を剥いて口をパクパクしているが、何も言わないので何が言いたいのか分からない。まぁ、言いたくなったら言うだろう。
わたしの両親は、共に特に注意を要するような問題もなく、王宮に勤める、ただ腕が良いというだけの普通の神呪師だったのだ。やっぱり平凡が一番だなとしみじみ感じてしまう。
「ま、まぁ、その辺りの見解はまた後日話し合うとして。アキ殿とペトラは主従の関係だ。年が近いことがどう影響するかも分からん。可能な限り近づかないよう注意して欲しい」
「分かった」
仲良くなれるものならば仲良くなってみたいが、なれないものならば仕方ない。ヒューベルトさんやリニュスさんを困らせてまで仲良くしたいと思っているわけではないので、近付くなと言われれば近付かないようにしようと思う。
「フレーチェ殿に付けられる教育係には部屋を用意する必要があるので、また後日になる」
「え?部屋が必要なの?」
「教育係だからな」
ヒューベルトさんは当然のように言うが、もしかして教育係って朝から晩までずっと密着して教育するのだろうか。仕事中はどうするんだろう。
「アキ殿が仕事に出た後に本邸に戻り、アキ殿の終業前にこちらに出向くという形になるようだ」
普通、上流階級の子女の教育係というのは家庭教師として家に住み込み、勉強だけじゃなく、礼儀作法や芸術なども教えるのだそうだ。わたしの場合は、間に仕事が入ってしまっているのでそこまでは介入しないという変則的な業務形態がとられるが、その分仕事以外の起きている時間は全て何らかの教育に充てられるらしい。おかしいな。わたし、神呪師として来たはずなんだけど。
思うところはいろいろあるが、これらはちゃんとアーシュさんの許可を得て遂行されるらしいので何となく逆らえない。というか、逆らおうとしても味方になってくれる人がいない。
……ダンがお城に来なかった理由って、こうなることが分かってたからかな。
いつもながら、ダンの読みの深さに感心する。できればわたしにも、今の境遇になる前に深く読んだ内容を教えて欲しかったと思う。ダン、ちょっとズルくない?
ペッレルヴォ様の無礼は昔からなので、今更気にする人はいません。
次話は「使用人の主張」です。




