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塔の賢龍  作者: 鹿の子姫
第1章 出会い
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アオバ、はじめてのおつかい

この日もいつもの様に本棚のホコリをはらっていると、中央塔の門が不規則に叩かれた。

まるで石がぶつかっているような音だ。


「シャズイーニ、馬の来客です」


「あぁ。馬だな。馬だけに美味そうな匂いがする」


塔内が冷え切ったところでファシルが扉を開ける。


「ピーター! お前生きてたのか!」


一ヶ月ぶりの主人の姿を見てアオバの愛馬ピーターがアオバに駆け寄る。


「よしよし! 偉いぞ。よく戻ってきた!」


ピーターは初めてこの塔に来た時、ファシルの幻術に驚いてどこかに走り去ってしまっていた。

魔獣に襲われてやいないかと心配していたアオバはピーターのたてがみを撫でてやる。


「ここでは馬は必要ない。僕が喰ってやるよ。馬の肉は筋肉質の赤身が美味しいんだ」


シャズイーニが物騒な事を言う。


「いや、シャズイーニ。こいつに使い道はあるぞ。ちょっと町へ買い出しに行ってくる」


王都を離れる時、餞別を含めて金貨はどっさり貰ってある。

今までこの金貨で町で食料を買いに行きたかったが、人の足では町に行くのに二日はかかったので行けなかった。

しかしピーターという馬を使えば半日で行って帰って来れる。


「そういって逃げるつもりだろう。この塔の賢龍から逃げようなんていい度胸してんな。この塔で一番知識があるのは僕だ。知識こそ力。無知は罪。つまりここでは僕が一番偉いんだ!」


シャズイーニが歯をむき出して威嚇する。


「そんなつもりないって。第一人間の世界に戻ったところで、俺の帰る場所なんてないし」


これは本当だ。

星の周期記録書を見つけぬまま王都に戻っても責任逃避で処刑されかねない。

かくしてアオバは晴れて外出できた訳なのだが......


「監視付きとは面倒臭い龍だな......」


結局説得するのに二時間もかかった。

監視付きで許しを貰うのすら苦労した。


「あいつは母親かっつーの」


シャズイーニはアオバの位置情報を知れる魔法の目印を付けたらしい。何かが付いている感覚はアオバには無いが、監視されていると思うとなんだかむず痒い気分だ。

ファシルも誘ったのだが、


「私は中でやる事があるので」


と遠慮されてしまった。


「せっかくの外出のチャンスなのに。ファシルは損してるよ全く」


町に着くと馬を引きながら混み合う市場へと向かった。

そこで野菜やら肉や香辛料をたっぷり買いだめたが金貨はまだまだ残っている。

金より困ったことが、司書用のアオバが着用している服が余りに豪華で町の中で浮いてしまっている事だ。皆アオバとすれ違うと後を振り向きジロジロとアオバを見る。


「ヒソヒソ......あの者は何者だ? 見ない顔だ」


「ヒソヒソ......あの服装! まるで貴族だわ」


「ヒソヒソ......最近また魔龍会が活動してるって噂じゃない。あの人、なんだか怪しいわ」


まさかこの服がこんなに注目されるとはアオバも思っていなかった。

人のことを「魔龍会」呼ばわりとは酷い町だとアオバは苦笑した。


「そう言えば、この前読んだ本に魔龍会が出てきたな......「魔龍と魔龍会」ってタイトルだったか? 魔龍会なんて単語が町で飛び交うなんて。物騒な世の中になったもんだ」


買い物を済ませ、さっさと塔へ帰ろうとした時。


「兄ちゃんいい服着てんな。ちょっとツラ貸しな」


そう言うが早いか、アオバは腕を引っ張られ路地へ連れ込まれてしまった。


「その馬に乗せてる食料と有り金、あとその服こっちに渡しな」


三十路過ぎの小太りの男と出っ歯のひょろひょろ男がナイフを片手にアオバを脅す。


「嫌だね。人体の護身術その一! 相手の隙をつく!」


そう言うと小太りの男の顎を蹴りあげ、ひょろひょろ男のナイフを持った右腕を掴んでひねる。


「人体の護身術その二! 急所を狙う!」


蹴られた小太りの男はナイフをアオバに向けようとするがアオバの素早い目潰しがクリーンヒットする。


「人体の護身術その三! 相手の攻撃手段を奪え!」


先程アオバに脱臼させられた右腕をぶらぶらと揺らしながら左手にナイフを持ったひょろひょろ男がアオバに突進してくる。しかしアオバは冷静にその攻撃を回避して男の左腕を掴み、思いっきりひねる。


「んがぁー!」


男の悲鳴とともにゴキっという音が響いた。

路地で伸びた二人のカツアゲを見下ろしながらアオバはため息をつく。以前のアオバならこんな下衆相手でも負けていたかもしれない。

しかし、塔で読んだ護身術の本を読んでからは何回もこういう場面を想定して脳内シミュレーションを行ってきた。

その幸がそうした。


「知識こそが力か......あながち間違ってないのかもな」


シャズイーニを少し見直しつつアオバは町を去っていった。


その日の夕食を作ったのはアオバだった。

人間の食べ物を使い、作られた料理はファシルにも大好評であった。


「凄いです! このスープ、どうしたらこんなに味に深みが出るんですか!」


アオバは得意げに言う。


「それは俺が鶏ガラからちゃんと出汁を取ってだな〜......」


アオバは料理は得意な方だった。意外な才能を褒められたアオバはご機嫌だ。


「む? なんだこのいい匂いは?」


丁度シャズイーニが狩りから帰ってきた。


「シャズイーニ! いい所に。今日の夕食はアオバが作ってくれたんですよ。とっても美味しいですよ。シャズイーニも一緒に食べましょう」


アオバがもう一つ皿を用意してシャズイーニのためにスープをよそぐ。


「はいどうぞ」


アオバが愛想よく微笑みながらシャズイーニの前にスープが入った皿を置く。


「この僕が人間が作った料理を口にすると思うなよっ!」


しかし我慢できずにシャズイーニの口の端からヨダレが滴る。


「あっそうですか。ならこの皿は下げさせて頂きますね。グルメなシャズイーニさん?」


アオバがいかにも残念そうにシャズイーニの前に置かれた皿に手を伸ばす。


「あ! いや、待って! せっかくアオバが作ったんだ。味見ぐらいしてやるぞ!」


そういうが早いかシャズイーニは皿を器用に二本の前足で掴むと、スープを一気に飲み干した。シャズイーニが小さな声で


「うっま......」


と言ったのをアオバは聞き逃さなかった。


「あれぇ〜? グルメなシャズイーニは人間の食べ物はお嫌いなんじゃないんですか? なのに随分気に入られたご様子ですね〜?」


いつもの嫌味の倍返しだと言うようにアオバはシャズイーニを煽る。


「ふ、普通だよ! こんなスープ、殺したての鹿の肝臓の味に比べたら足元にも及ばないね! ていうかこんな人間サイズの皿のスープなんて味がしないよ。もっと鍋ごと持ってこいよアオバ」


「はいはい。分かりましたよー」


素直じゃないシャズイーニに口元のニヤけがバレぬように服の袖で口元を多いながらアオバは厨房へスープを取りに行った。


目立ちまくりのアオバのはじめてのおつかい、いかがだったでしょうか?

思わぬ所で前回登場した「人体の護身術」が役に立ちましたね。

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