初めての生徒
「この物語本は北塔でいいですか?」
アオバが振り返ると、頭より高く積まれた十冊もの書物を抱えたファシルがいた。と言っても、本の小塔のせいでファシルの顔は見えない。
「ああ。北塔は物語本や小説を置くからな。前に気をつけて運べよ」
「分かりました!」
本の塔の後ろからファシルが元気に返事する。
本当に大丈夫かよ、とアオバは内心ハラハラしつつファシルが宙をフラフラと飛んでいくのを目で追う。
ファシルは北塔に入ると、空の本棚に力魔法で本を操りながら十冊の本を綺麗に並べ入れていく。
ファシルが無事本をしまい終えるのを見届けてアオバはホッと胸を撫で下ろす。
そして手の中にある本を広げて内容を確認する。
エクーナ王国の王都エクナバータでの国王との約束の日まで一週間を切ったこの日。アオバとファシルはアオバが先日掲げた『塔の書物改革』の一環である『本をジャンルごとに仕分ける』作業に追われていた。
何とかして王都に行くまでの間に半分は終わらせておきたいとアオバは考えていた。
そもそもこの塔には元からヤーゴンが各国から集めていたありとあらゆる書物に加え、シャズイーニが人間以外の知的種族の遺跡などから集めてきた書物を合わせて数百万冊はあると思われる。
それを北塔、南塔、東塔、西塔、中央塔にジャンルごとにごとに分けていくのである。
北塔には小説などの物語本を。
南塔には歴史書を。
東塔には産業や技術書を。
西塔には図鑑や辞書といった具合である。
ちなみに一番広い中央塔には一番数が多い魔法関連の書籍を置くことにしている。中央塔は壁一面にうず高く本棚が並んでいる。ここに初めて来た者は皆その風景に圧倒される。
アオバも初めはそうだった。
ここに初めて来た日を懐かしみつつアオバは本の仕分けを続ける。
「えっと、これはエルフの文字だな......おーいシャズイーニーこれなんて書いてある?」
「......自然魔法の仕組み大典」
「自然魔法ね、これは中央塔行きっと。シャズイーニサンキュー」
「これ以上僕の読書を邪魔しないでくれないか」
アオバとファシルが毎日本の仕分けに明け暮れる中、シャズイーニはいつも通り読書をしていた。手伝う気など毛頭ないらしい。
「これ全部内容確認するなんて百年はかかりそうだ......」
目の前にうず高く積まれた本の山を見つめながらアオバはため息混じりに呟く。
「そんなに嫌ならやらなければいい」
シャズイーニから声が飛んでくる。
「いーや、これは俺のためでもあるんだ。諦めてたまるか」
ファシルは三百年もこの塔に閉じ込められていたので全ての本の内容と保管場所を覚えているらしいが、アオバはそうはいかない。シャズイーニから本の注文を言いつけられても本の場所が分からないのである。
ファシルに聞いてから探すのも二度手間だ。
そこでジャンルごとに分けてしまえば簡単に目的の書が手に入ると考えたわけだ。
シャズイーニに言いつけられなくても、アオバ自身も読書は好きなので自分で好きな本を探す手間が省けるのは嬉しい。
「『人体の護身術』か......この本からは色々と学ばせてもらったっけ...でもどこに分類するかな」
人体を詳しく解説した本なので、図鑑として西塔に置くか。それとも護身術と書かれているから東塔の産業・技術書として分類するか。非常に悩ましい。
「うん。とりあえず保留」
アオバは『人体と護身術』を本の山のてっぺんに乗せる。
こうして保留になった本達が中央塔の床の一角で山積みとなっている。遠目から見ると、ちょうど小さな塔が立ち並んでいるように見える。
他にも中央塔内の床にはあちこちに本の山が築かれている。アオバが仕分けし終わった本達だ。
仕分けし終わった本を本棚に運ぶのはファシルの仕事だ。力魔法と飛行魔法を併用して、アオバが運ぶ三倍のスピードで次々と本の山を運んでいく。
ファシルは全ての本の山を片付けると、アオバの本の仕分け作業を手伝ってくれている。
「こういう仕分けもパパーッと魔法で出来ちゃえば便利ですよね。精霊魔術は細かい事が苦手ですのでそういう魔法は無いんです。星導魔術には無いんですか?」
「残念な事に無いんだよなぁ」
「なら作っちゃいましょうよ! 魔法開発なんてワクワクするじゃないですか!」
アオバは腕を組んで唸る。
「そう言われてもなぁ......作れるとしたら星導魔術だがなぁ......」
「私が手伝います! 」
「そうだなぁ......このままのペースだと全部仕分けるのに何年もかかりそうだし......まあ、やってみるか!」
アオバは前に精霊魔術のエコー魔法を星導魔術で開発することに成功している。なんとなくいけるような気がしてきた。
星座表と紙とペンを用意し、力を借りれそうな星座を探していく。
星導魔術で必要なのは力を借りる星座を明確にすることと、力を呼び出すための呪文、それに加え魔力を操るための大まかなイメージが必要となる。まずは力を借りる星座を探す。
今は春なのでとりあえず春の星座から見てみる。
「ウミヘビ座、コップ座、子獅子座、カニ座......うーんどれもイマイチだな」
次に南の星座を見てみる。
「お! コンパス座か! これならピッタリだ」
コンパスは東西南北を教えてくれる便利な器具である。
この塔は東西南北+(プラス)中央塔という点で、コンパスの針が本をどこに置けば良いか指針になるのでイメージが掴みやすい。
あとは呪文だ。星導魔術には呪文が欠かせない。
呪文に使う言葉は普段使う言葉ではなく、特別な言葉が用いられる。星導文字と呼ばれるこの言葉を組み合わせることで初めて星から欲しい力を借りることが出来るのだ。
「星々よ。我に力を。セイジア・ボウスゥルタイ」
アオバは即席で作った星導文字を発音してみる。
「反応無しか。まだまだイメージが足りないみたいだ」
「『内容を示す』とかどうでしょう?」
「いいかもしれないな」
ファシルの意見を採用し、脳内に刻み込まれた星導文字の単語を呼び起こす。
「確か内容がコンテンヌ、示すがマンタラー。ファシル、さっき俺が唱えたやつと今言った単語を繋げて発音してみてくれ」
少々意地悪な要求だ。
発音が難しい星導文字を一度聞いただけで正確に言うのは難しい。
「分かりました。星々よ。我に力を。セイジア・ボウスゥルタイ・コンテンヌ・マンタラー」
一度聞いただけなのに、ファシルの口から正確な発音の星導文字が発せられる事にアオバは驚く。
「凄いな。ファシルは星導魔術の才能があるな」
「嬉しいです!」
ぴょんぴょんと跳ねるファシル。魔法は発動しなかったが、褒められてとても嬉しそうだ。
「星々よ。我に力を。セイジア・ボウスゥルタイ・コンテンヌ・マンタラー」
アオバがもう一度ファシルが先程唱えた呪文を繰り返す。
するとアオバの手から白い光が溢れ出す。空中にコンパス座の図面が現れ、そこに床に置いてあった一冊の本をかざしてみる。
すると、コンパス座の針が東塔を刺した。
試しにもう一冊同じように本をかざすと、今度は針がクルクルと回り出した。タイトルを見ると、魔法科学に関する書だった。
つまり針がクルクル回る時は中央塔を指しているのだ。
「やったぞ! 成功だ!」
「ずるい! 私も同じ呪文を唱えたはずです!」
以前粉々になったステンドグラスを直すために星導魔術の修復魔法をファシルに手伝ってもらったが、あの時からファシルは勘がよかった。
修復魔法はどの星座からも力を借りれるのでイメージが無くとも呪文さえ間違えなければ失敗しない。
しかし今回の新魔法はハッキリと星座の力を捉えるイメージが無いと成功しない。
ただ呪文を唱えるだけでは駄目なのだ。
「まぁ経験の差ってやつだ」
少々意地悪な気持ちでアオバはファシルに笑いかける。
ファシルは頬を膨らまして不満顔だ。
「今回は前みたいに呪文を唱えるだけとはいかないからな。ファシルも星導魔術を習得したいなら星座の勉強から始めないとな」
「今日から始めます!アオバ先生!ご指導の程宜しくお願い致します」
「じゃあ今日から講義でも始めるか」
「はい!」
ファシルの魔法に対する探究心は凄い。精霊魔術が達人の域に達しているにもかかかわらず、精霊魔術より地味な星導魔術をも習得しようとしている。そのための努力は惜しまない。
幸い、この塔には星図がいくつも所蔵されているので当分は教材に困ることは無い。 当分はだが。
「けど星導文字だけは苦手です」
「それだけは教材が無いからなぁ。俺の記憶だけで申し訳ない」
星導文字の辞書は星読み師育成学校で初めて渡され、星読み師は肌身離さず持ち歩く。
しかしアオバは、王国からこの地へ追放される時に星読み師の長老会に星導文字の辞書を返却させられた。つまりアオバは今、長老会から星読み師と認められていないのである。いわゆる無職だ。
「今度王都に行ったら長老会にかけあってくるよ。ファシルへの土産は決まりだな」
「楽しみにしていますね!」
ファシルはこの塔が留守の間に荒らされないように留守番することになっている。
「よし! 今日からファシルは俺の生徒だ。早速星図の見方からおさらいするぞ!」
「はい! 先生!」
ファシルとアオバの勉強会はその日の夜遅くまで続いた。
人生初の生徒によりアオバは先生へと格上げされました。
.....先生の10倍は年上の生徒ですが。