《こぼれ話》アオバがいない塔の日常
アオバが王都へ出発したその日の午後、ヤーゴン城に一人、いや一匹のお客が来ていた。
「んーこの白く輝く枝角。我ながらなんと美しい......」
うっとりと自分の枝角を見上げるのは獣人族の白鹿だ。この種族は白い鹿が二本足で立ったような、獣人族と呼ばれる種類の一種だ。
美しい顔立ちと巨大な枝角を持ち、角を草や木の実で着飾る習性がある。
そして、この世界の生物の中で最も自己愛が強いというドラゴン族に負けないくらいこの白鹿種も自分が大好きなのだ。
(あー面倒臭い客が来たな......)
シャズイーニの前で次々とポーズを決めて自惚れる白鹿に、シャズイーニはうんざりする。
シャズイーニ自身も、自分の青緑色の鱗の美しさには絶大の自信を持っているつもりだ。
だがこうして目の前で自己愛をさらけ出されて、そのあまりの扱いにくさにシャズイーニは自惚れていた自分に恥ずかしさを感じる。
「それで、用件をさっさと話してくれないか」
「おお、そうであったな」
と、話し出した白鹿の話が余りに長かったので、シャズイーニは何度もアクビを噛み殺す羽目になった。
要約するとこうだ。
この白鹿は、リーリエの森の主とも言える高位な存在であるらしい。そして、この白鹿の一人娘が同じ獣人族だが、二本足の爬虫類のような見た目の蜥蜴に惚れ込んでしまったという。
美しさの欠片もない蜥蜴と娘の婚姻を認めるべきか否か、塔の賢龍に占って欲しいというのだ。
(占いなんて僕に聞くなよ! というか獣人の中でも高位な奴は魔法が使えると言うじゃないか。自分で占えよ!)
心の中で毒づきながら、とりあえずシャズイーニは星座占いの本を開く。白鹿本人は相変わらず自分の美しい枝角をうっとりと見つめている。
星座占いの本にはそれぞれの星座の特性や意味がズラズラと書かれている。
(こんなの僕に解読できっこないよ! あーアオバがいてくれたらな......)
星読み師であるアオバならこんな星座占いの本など無くてもこの白鹿を占えただろう。
だがいないアオバを望んでも、出てくるものでは無い。
シャズイーニは仕方なく、索引から白鹿と似た鹿の星座のページを探す。
あった。
〈大鹿座〉
夏の西の空に現れる。
角が上を向いた晩の翌日の吉兆を表す。
その他)未来の成功や栄光を表す。
うん。
なんかいい事書いてあるし大丈夫だろう。
シャズイーニはそう判断すると、白鹿に向き直る。
「お前の娘は大丈夫だ。きっと上手く幸せを掴むことだろう」
白鹿はその大きな黒目を見開いてシャズイーニを見つめる。
(何か変なこと言っちゃったかな......)
シャズイーニが内心焦ったところで白鹿が声を上げる。
「おお! 流石塔の賢龍殿だ。美しさでは私の足元にも及ばないが、占いの腕は確かなようだ。礼を言う!」
そういうと、白鹿はくるりとシャズイーニに背を向けて出口へと向かう。
(頼むからさっさと出ていってくれ! ああ! アオバがいてくれたらなぁ!)
白鹿がルンルンの鼻歌交じりに出ていくのをシャズイーニはため息をついて見送った。
シャズイーニが白鹿の相手をしていた頃、ファシルは調理場で空っぽの鍋を真剣な表情で見つめていた。
「うーん、私にアオバのような美味しい料理が作れるでしょうか......」
塔の調理当番だったアオバがいない今、ファシルは自分の食事を自分で作る必要があった。
エルフは空腹を感じず、食事をとる必要も無くなる魔法を使える。
しかし、アオバが買い溜めた食料が傷んでしまうので、ファシルは食事を作る必要があった。
「アオバはこうやって食材を切っていましたね......」
ファシルは茹でる以外の調理法を知らなかった。しかしアオバは鍋を使って焼く、煮る、蒸すなどして様々な料理を作っていた。
ファシルは手元にあった菜っ葉を適当にちぎり、鍋に投入する。
水を入れて、菜っ葉を茹でたところでファシルは再びフリーズする。
今日のメニューは比較的簡単だとアオバが作りながら言っていた「スープ」を作る予定だった。
しかし、ファシルの目の前にはアオバが買い溜めた数種類のスパイスの瓶が並んでいる。
「どれをどのくらい入れるんでしたっけ......」
どうしても思い出せず、とりあえず全てのスパイスを鍋にどっさり投入する。
砂糖に塩、胡椒、唐辛子、クミンなどがどっさり投入された鍋からは甘いとも辛いともつかない怪しい匂いが漂い始める。
「この干し肉も入れた方がいいんでしょうか?」
本来は味が濃いので薄くスライスして使うハムを丸ごと一本鍋に投入する。
「卵も入れてっと......ああっ!!」
卵を割るのに失敗し、少量の卵の殻が鍋の中に消える。
「......まぁ煮込めば何とかなりますね」
蓋をして火の魔法が込められた魔結晶に魔力を注いで強火で煮込んでいく。
「ファシル! なんだか焦げ臭いぞ!」
シャズイーニの声が飛んでくる。
ファシルは慌てて火を弱め、蓋を開ける。
するとそこにはドロドロに溶けた菜っ葉の緑色の液体と、甘いとも辛いともつかない謎の匂いがファシルの鼻をつく。
「......まぁ大事なのは見た目じゃなくて味ですよ」
器によそられたドロドロの緑のスープを前にファシルは座っていた。
スプーンでその緑色の液体をすくい、口にいれる。
「!?」
謎の強い塩気のあとを水飴のような甘さが追いかけてくる。後味には菜っ葉の青臭さと、唐辛子の辛味が舌に残る。
「まっずい!」
ファシルはコップに入った水をいっきに飲み干す。
「あーあ、失敗ですね。やっぱりアオバがいないとなー......」
ファシルは鼻をつまみ、スープを胃に流し込む。シャズイーニはファシル特製スープの悪臭にな耐えかねて、外へ逃げてしまった。
(アオバ! 早く帰ってきてください!)
ファシルは心からそう願った。
いつも非力でシャズイーニとファシルに頼ってばかりのアオバですが、その存在はシャズイーニとファシルにとっても大切な仲間と認められています。
(お知らせ)
第37話を2019/03/10に加筆しました。
今後の展開に関わる部分なのでぜひ読んで欲しい
です。




