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言わぬが花 第九回 中心か一員か

 私は架空歴史小説を書いています。

 なぜかというと、書くのが楽しいからです。

 だって、ほら、「書く嬉しき小説」という名称ではありませんか。


 ……冗談はさておき。


 架空歴史小説を書く理由は、歴史小説が書きたいからです。

 しかし、舞台を現実世界にせず、架空の世界を選びました。


 舞台となる世界がどのようなものであるかは物語に非常に大きな影響を与えます。

 物語に合わせて世界を作りたかったのです。

 吼狼国くろうこく物語をお読みの方は、現実世界では不可能な物語であることをお分かりいただけると思います。



 ところで、舞台となる世界とストーリーの関わり方には、大きく分けて二つの型があります。

 ロールプレイングゲーム型と、シミュレーションゲーム型です。


 ロールプレイングゲームというのは、プレイヤーが主人公になり切ってゲーム内の世界で探検したり冒険したりするゲームです。

 シミュレーションゲームは、プレイヤーがその世界の人物の一人や勢力の一つの代表者になって、ゲーム内の世界で町を作ったり戦争の勝利を目指したりするゲームです。


 この二つはプレイヤーの操るキャラクターと世界の関係が全く違います。 


 ロールプレイングゲームの特徴は、主人公が物語世界の中心だということです。

 主人公が行動することで物語が動き、世界が変化していきます。


 例えば、大きな洞窟の奥に魔王がいて世界を滅ぼそうとしているとします。

 その魔王は主人公が討伐に行くまでそこを動きません。

 たとえ主人公が故郷の町まで取って返してアイテムを買ってきても、レベル上げやお金を貯めることに長い時間を費やしても、ずっと洞窟の中で待っていてくれます。

 主人公の都合を無視して動き出すことはありません。


 一方、シミュレーションゲームでは、主人公はその世界の一員に過ぎません。

 彼に直接関係のない原因によっても世界は変化し、主人公に影響を及ぼしてきます。


 日本の戦国時代を舞台にしたゲームの場合、北条・武田・島津・毛利・織田といった有力な大名がどんどん周辺の弱い大名を滅ぼして領地を拡大していきます。

 主人公の勢力の成長速度が遅いと、天下統一が不可能になるばかりか、攻め込まれて滅ぼされてしまうかも知れません。


 物語の基本はロールプレイングゲーム型です。

 主人公が物語を牽引し、世界を変えていきます。

 主人公が恋にうつつを抜かしていたせいで問題の解決が遅れて、世界を救うことが不可能になったりはしません。


 ですが、それが極端になると、全てが主人公の思い通りに進むように見えてしまいます。

 すると、非常に都合のよい、現実味の薄い世界に感じられます。


 そこで、シミュレーションゲーム型の要素を取り入れます。

 世界が主人公のいないところでも動いていることを示すのです。


 例えば、主人公が修行のために三年間故郷の村を離れていたとします。

 戻ってきた時、何も変わっていなかったらおかしいです。

 三年にふさわしい変化をさせます。

 変化しない場合は、その理由を用意します。

 周辺諸国の情勢も、留守の間に戦いや事件を起こして変化させるのです。


 これは単にリアリティーや説得力をもたらすだけではありません。

 物語を動かす手段にもなります。


 例えば、主人公が敵対する勢力を一つ打ち破ったとします。

 すると、その間に力を付けていた別な勢力が攻めてくるという展開が考えられます。

 時々その勢力の動きが記述されていたのなら、主人公が再び戦いを始めることが自然に感じられます。


 世の中は大勢の人々の活動で動いています。

 主人公以外の人物たちにも彼等の人生があります。

 旅に出た主人公が帰ってくるまで、ずっと同じ生活をしながら待ち続けているはずがありません。

 そういう変化しない登場人物は、まるで背景の野山や石造りの建造物のようで、生き生きとした魅力的な人々には見えません。


 敵側の人物や第三勢力の人々も、それぞれ独自の動きをしているはずです。

 それを伝えることで、その世界を読者が実感を持って感じられるようになるのです。


 これは推理物などでも同じです。

 探偵たちが事件について調べている時、犯人は第二の事件の準備や実行をしています。

 恋愛物では、主人公とヒロインがデートしている時、ライバルがヒロインを攻略する計画の用意を進めているかも知れません。

 登場人物たちが語られない部分で何をしていたのか後から推測できるように書くのも、広い意味でシミュレーションゲーム型の要素と考えることができます。



 こうした主人公の物語とそれ以外の人々の物語が絡み合うストーリーの組み立ては、とりわけ歴史物や戦記物において顕著です。

 これらのジャンルでは、世界や歴史の動きと、主人公個人の物語の両方を書かなければならないからです。


 主人公個人の物語とは、苦悩や葛藤、夢や野望、恋愛や結婚といった個人的な問題に、迷い悩んで解決や選択へ至る流れのことです。

 世界や歴史の動きとは、国家の興亡や戦争の経過のことです。

 この二つを上手くからめ、片方が進めばもう一方に影響を与えて変化をうながすといった風に、両方を同時に進行させなければなりません。


 大きな事件や社会の変化、戦争の経過を淡々と述べるだけでは面白くないのです。

 歴史を動かすのは()てして政争や軍事衝突、暗殺や民衆の暴動といったもので、どこかで見たような事件が続くことになってしまいます。

 よほど変わった事件や示唆(しさ)するものが多い出来事なら別ですが、そうした事件は実際に起こったことをヒントに書かれることが多く、参考にした史実が推測できてしまいます。


 こうしたものを面白く読ませるには、登場人物を魅力的にすることです。

 人間のドラマを物語に加えるのです。

 彼等を他の誰とも違う個性的な人物として描き上げ、好きになってもらって、その活躍を追いかけてもらいます。

 歴史物や戦記物の多くが、主人公の生涯か、一定の目標を達成するまでを描いた個人の物語になっているのは、これが理由です。



 さて、物語にシミュレーションゲーム型の要素を加えることにはもう一つ利点があります。

 多様な見方が生まれることです。


 ロールプレイングゲーム型の物語は主人公が世界の中心です。

 主人公に敵対する存在は悪者になります。

 世界を救う使命を持つ者の邪魔をするのですから当然です。


 しかし、世の中には様々な人がいて、多様な価値観があります。

 他の人物にも夢や理想や目的があります。

 主人公と利害が対立するけれど、立派な人物だっているはずです。

 そういう人々の生き様を描くことは、世界の広さを感じさせるだけでなく、主人公の生き方やあり方を照らし出すことにもなります。


 架空歴史小説は歴史物です。

 歴史とは後世の評価です。

 その人物が何をしてどうなったかを知った上で判断しています。


 しかし、歴史は多くの偶然が積み重なって作られてきました。

 何かが少し違っていたら、結果が大きく変わったかも知れません。


 関ヶ原の合戦で東軍が負けていれば、徳川家康は幼い豊臣秀頼に謀叛(むほん)(くわだ)てた大悪人と呼ばれたでしょう。

 平家が勝利していれば、源頼朝と義経は京都の中央政権に盾突いて地方で乱を起こした無謀な兄弟とみなされたでしょう。


 歴史には様々な可能性があり、多くの見方があるのです。

 この戦いは主人公が勝ったけれど、もし敵が勝っていたらどんな風にこの世界は変わっていたかしら。

 それを想像する材料を与える意味でも、主人公の視界の外側に広がる世界を描くことには面白さがあります。



 では、シミュレーションゲーム型の世界を作るにはどうしたらよいのでしょうか。


 その早道は、世界地図を作ることです。

 描いてみると、主人公の行かない場所がどれほど広いか分かります。

 そこに暮らす人々を想像し、主人公の物語とどう関係するかを考えます。


 物語の中に詳しく書き込む必要は必ずしもありません。

 外側にも広い世界があると伝わることが大事です。

 それが物語を豊かにし、面白くするのです。

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