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言わぬが花 第六回 すぐれた小説とは

 小説の面白さを語る時、言い方は様々あります。


 笑える。

 泣ける。

 感動する。

 考えさせられる。


 こうした面白さを作者はどうやって生み出すのでしょうか。

 これは普通、二つの方法があると考えられています。


 一つ目の方法は、作品がそうした感情を引き起こそうと働きかける場合です。

 作者から「笑わせよう」「泣かせよう」としてくるのです。

 読者はそれに刺激されてにやにやしたり、涙をこぼしたりします。

 しばしば、「読者のために書く」と表現されます。


 もう一つの方法は、作者が自分の書きたいことを深く考えて全力で書き上げることです。

 内容の濃さやテーマの重さに刺激されて、読者は「感動」したり「考えさせられ」たりするのです。

 こちらは「作者自身のために書く」と言われることが多いです。


 つまり、働きかけるか、一生懸命書けば自然とそういう効果が表れると考えるかです。

 働きかける書き方は、読者に()びていると非難されることがあります。

 作者の書きたいことに集中する書き方は、読み手のことを考えない独りよがりの自己満足と見なされやすいです。


 では、どちらが小説本来の書き方なのでしょうか。

 これを考える時、避けられないのは「小説とは何か」という問いです。

 この問いに、私は、「文章や物語によって何かを表現したもの」と答えます。

 つまり、小説とは表現活動の一種です。


 では、表現とは何でしょうか。

 相手に何らかの形で働きかけることです。

 そして、何らかの感情や考え、更にはその表れとしての言葉や行動を引き起こすことです。


 働きかける時、伝えたい具体的な中身がないこともあります。

 笑わせたい・驚かせたい場合、ねらいは相手の反応であって、自分の思想や感情を伝えることではありません。


 一方、自分の思想や感情を伝える場合は相手の反応が気になります。

 相手に分かって欲しい、何か反応して欲しいから伝えるのです。

 ただ言葉にしてみたいだけなら、誰もいない場所に行って叫べばよいのです。

 物語るには聞き手が必要です。


 どちらの場合も、相手に起こしたい反応は何でもよいわけではありません。

 こういう反応が欲しいという期待が必ずあります。

 それこそが、「笑える」「泣ける」「感動した」「考えさせられた」であり、言葉を変えると、「面白かった」「読んでよかった」「よい作品だった」です。


 そういう反応を得ることで、作者自身が満足するのです。

 読者のためと言っても、そうした期待は必ずあります。

 自分のために書いたのだと強がっても、誰も読んでくれなかったり、感想が「つまらなかった」「特に何も感じなかった」だったりしたら、がっかりするはずです。

 だから、「面白かった」という感想をもらうと作者はとてもうれしいのです。

 日記や創作メモのような完全に自分一人のために書いたものと小説のような物語は違います。


 こう考えると、実は「働きかける」のも「作者自身のために書く」のも同じことだと分かります。

 作者は自分の喜びのために、相手に小説という形で働きかけ、期待通りの反応を得たいのです。


 ですから、「笑わせる」「泣かせる」と「感動させる」「考えさせる」は、本質的には同じことをしています。

 ただ、働きかけ方と求める反応が違うのです。


 人を怒らせるのは簡単です。

 笑わせるのもそんなに難しくありません。

 泣かせるのは工夫が要ります。

 感動させるのはとても大変です。

 ましてや、考え込ませて、その人の思想や生き方に影響を与えるのはとてもとても難しいです。


 文豪の(あらわ)した名作が高く評価されるのは、これが理由です。

 深い思索と巧みな構成とすぐれた文章で大きな感動を引き起こし、考え込ませて多くの人々に影響を与えたからです。

 一方、読んだ人を笑わせたり泣かせたりした作品も、執筆のねらいを見事に達成して期待通りの反応を引き起こし、多くの人を楽しませたのですから、やはりすぐれた作品と言えます。


 食事には様々あり、特別な日にふさわしい高級レストランのディナーもあれば、手軽に食べられて一時の空腹を満たせるカップラーメンもあります。

 全楽章通すと一時間半の大作曲家の交響曲と、声優が歌うアニメのキャラクターソングにも、それぞれの面白さがあります。

 これらは必要や好みに合わせて選ばれるもので、どちらが料理や音楽としてすぐれているかという議論はあまり意味がありません。


 同様に、働きかけるか、自分の書きたいものを突き詰めるかは、表現方法の違いであって、優劣ではありません。

 どちらの場合も、読者の中にどのような意識や思想があり、それにどう訴えればよいかを考慮して反応を予測しますので、計算して働きかけていることは同じなのです。

 違いがあるとすれば、傑作だった場合、一般的には大きく売れるのが働きかける方、後世に残るのが突き詰める方というだけです。



 こうした考察は、すぐれた小説とはどういうものかという問いの答えを教えてくれます。

 そういう作品には一つの特徴があります。

 感想を語りたくなるのです。


 作者は読者に反応を引き起こしたいのですが、その最もはっきりした形が感想です。

 よい小説は読者との会話になっています。問いを投げかけたり心をくすぐったりしてきます。

 読者が何らかの反応をしたくなる作品、特に感想を書いたり批評したりしたくなる作品はすぐれているのです。


 つっこませたら勝ちです。

 いろいろ考えさせたら大勝利です。


 正しい文章でさらっときれいにまとめただけの小説や、物語の中だけで完結してしまう作品は、「まあまあ面白かった」程度で深い印象を残さず、高い評価は得られません。

 重いテーマを扱った作品が高く評価されるのはこれが理由です。長い間心に留まって考えさせるからです。

 反応が長く深く、時代を超えるものが名作です。


 なお、大勢がほめる作品には否定的な意見も寄せられます。

 ねらった反応と違うので、作者はうれしくありません。

 それでも、きちんと読んだ上で語らずにいられなかったものなら、それも作品によって引き起こされた感情や感想であり、作者の勝ちなのです。


 作者にとって一番つらいのは無反応です。

 読者の心に何も引き起こせなかったら、表現として失敗だからです。



 ただし、以上のことは、小説を文芸作品として評価する場合の話です。

 表現することが目的でなく、その作品を通じて別なものを手に入れようとする人たちもいます。

 お金、作家という肩書や名声、ほめられたい・注目されたい・有名になりたいという自己顕示欲や承認欲求、自分の頭のよさを見せ付けたい・他人の考えを変えたいといった優越感や自尊心の満足など、目的は様々です。


 こういう人々にとって、すぐれた小説とは、自分の欲しいものをもたらしてくれる作品のことです。

 お金が欲しい人には売れる作品がすぐれていて、どんなに内容がよくてもお金を生まないものは価値がありません。


 小説としての出来の良し()しの評価と、作品によってもたらされるものの価値判断を一緒にしてはいけません。

 作品を評価する時や他の人の感想を見る時は、どちらの立場なのかを自覚し見極める必要があります。


 自分の表現したいものでお金を稼ぎたくてもかまいません。

 それでも、その作品は、基本的にはどちらの目的で書いたものなのかをはっきりさせておいた方がよいでしょう。

 でないと、やりたいことをやり切った自負があり読んだ人たちから好評だった作品を、売れなかったというだけで駄作と思い込んでしまうかも知れません。

 小説を表現活動として書くのか、何かのための手段や商品として制作するのかという立場の違いと、「読者のために書く」「作者のため書く」という言い方は似て非なるものです。


 作者が何を実現したかったのかはっきり伝わってきて、なおかつそれを達成している作品こそが、すぐれた小説といえるでしょう。

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