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言わぬが花 第五回 面白さと評価

 「あれはよい車だ」とある人が言ったとします。

 どういう自動車なのか、想像できますか。


 私はできません。

 その人が自動車のどういう部分を評価したのか分からないからです。


 車を買う時、重視する点は人によって違います。


 デザイン。

 燃費。

 運転しやすさ。

 運転する時の心地よさ。乗りこなす面白さ。

 シートや振動などの乗り心地。

 事故を防ぐ装置や、起きた時に自分たちや相手を守る機構がすぐれていること。

 価格。

 好きなブランドかどうか。

 自国製か、輸入車か。


 これらのどの点に注目するかによって、同じ車でも意見が分かれるでしょう。



 これと同じことが「面白い小説」という言い方にも起こります。

 小説の面白さも様々あります。


 文章がうまい。

 文体が好みで読んでいて心地よい。

 次の展開が予想できず続きが気になるストーリーにわくわくする。

 先が読めるため安心して各場面を味わいながら読み進められる。

 謎の不思議さや雰囲気の怪しさに心引かれる。

 トリックが奇抜。

 キャラクターが魅力的。

 舞台の世界の設定や歴史、魔法や超科学の理論が独創的で興味深い。


 着目する点の違いによって、小説の評価は変わります。


 また、人には好みというものがあります。

 お酒が好きな人は、目の前にウイスキーの瓶をたくさん並べて、「好きなのを一本あげる。味わって選んでね」と言われたら、目を輝かせるでしょう。

 しかし、お酒が嫌いな人は、たとえ品評会で世界一になったウイスキーでも、「いらない。水道水を飲んだ方がまし」と言うかも知れません。



 このように、評価とは難しいものです。

 着目点や趣味の違いによって、判断は大きく分かれます。


 では、公平な評価はできないのでしょうか。


 いいえ、できます。

 適切な評価点を設定すれば可能です。


 では、公平な評価をするには、どこを見ればよいのでしょうか。


 それは「目的」です。

 その品は何を目的としたものなのか、主眼はどこにあるのかを見抜き、どの程度達成しているかを評価すればよいのです。


 小説の場合は、その作品で書きたいことや目指す面白さをどれだけ実現できているかです。


 読者を泣かせようとしている物語なら、心地よく泣けるか。

 ホラーなら、恐さとドキドキ感。

 コメディなら、笑えるか。

 人情噺やホームドラマなら、胸にジーンと来るか。

 アクションものなら、戦闘シーンにわくわくできるか。

 重いテーマのものなら、それを深く分析し、説得力を持って書き上げることができているか。

 文体を重視した作品なら、独特の読み心地を作れているか。


 つまり、そのジャンル・目的の小説としての完成度を評価すればよいのです。

 これが最も作者が納得でき、多くの読者と共有できる評価だろうと思います。


 ただ、これには大きな問題があります。

 その作品の目的を正確に読み取れるかどうかです。


 純文学とライトノベルでは、文体や構成も、重視するところや目指すものも違ってきます。

 作者の意図と違う読み方をしてしまうと、適切な評価ができません。

 作者の意図を正確に読み取るには、それなりの読解力と読書経験が必要です。


 また、小説の読み方に正解はないという考え方もあります。

 読者が感じ考えた読み方でよいという意見です。


 ですが、作者の意図を読み取る努力をせずに、自分の見方で勝手に解釈するのは、作品にも作者にも失礼だと思います。

 雪国や砂漠の国にはそれぞれに合った服装や生活があり、それを無視して変な格好やおかしな風習だと笑うのは、自分の無知と傲慢をさらけ出すことになります。

 小説も、ジャンルや目的に合った読み方をせずに勝手な解釈をしても恥をかくだけです。


 そういう意味で、望ましい・ふさわしい読み方というものはあり、それをきちんと判断できるだけの経験は必要になります。

 推理小説を謎解きより探偵や仲間の人柄を楽しむために読むのは読者の自由です。

 しかし、そういう読み方ができることと、作品に対する公平な評価はまた別なのです。

 作者の方も、大抵は、作品のねらいが達成できているかや、そのジャンルの小説としての出来栄えを評価されたいと思っているはずです。


 作品によっては、作者が意図せぬ面白さが生まれて大きな魅力になっていることもあります。

 そういう場合ですら、作者が何を目指して書いたかを無視して評価はできないのです。


 となりますと、適切な評価をできるのは、本好きの人だけという結論になりそうです。


 しかし、全く新しいものが出てきた時、経験が邪魔をする場合もあります。

 ビートルズの音楽は、若者には熱狂的に受け入れられましたが、年配の人々には騒音だったそうです。

 多種多様なものに触れることで偏見は弱まっていくものですが、中途半端な経験はむしろ好みや視点を片寄らせます。


 それに、多くの人がした読み方は一定の勢力になりますから(あなど)れません。

 その流れが新たな時代やジャンルを切り開いていくこともあります。



 好き・嫌いは、個人の趣味です。

 つまり、「面白さ」とは主観であり、感性に大きく左右され、評価基準が自分の中にあります。

 公平性や客観性を確保するには評価基準を明確にして自分の外に置くことを求められますので、他人への説得力には欠けます。

 自分の趣味で他人の作品をよい・悪いと決め付けるのは傲慢です。


 一方、目的を読み取ってその達成度を見る場合は、「作品の完成度」を判断することになります。

 すると、構成のうまさや文章力など、技術の評価を避けて通れません。


 小説の完成度や技術を評価するというのは、特に素人の場合、簡単ではありません。

 自分にはそれなりの目がある、技術を語る資格がある、この評価は多くの人の賛同を得られるはずだという自信がある場合ですら、他人には思い上がった人に見えてしまうかも知れません。


 それに、書くなら技術は必要ですが、書くつもりがないならそういった知識は不要です。

 いろいろ読むうちに段々分かってくるのは仕方ないですが、細かいことにこだわらない方が物語に集中できます。

 物語を理解するというのは、そこに使われている技術を解説したり巧拙を論じたりできることではありません。


 とはいえ、上達したいと願っている作者にとって、完成度や技術を評価してくれる感想はとてもありがたいものです。

 作者に役に立つ内容だと思うなら、指摘するのは無駄ではないでしょう。


 だたし、それをどう受け止めるか、生かすかどうかは、作者に任せましょう。

 人には内心の自由があります。

 感想は参考にするべきだとか、気にせず好きに書けばよいといった助言は、余計なおせっかいというものです。

 感想を生かせるかどうかは作者次第です。読者が気をもんでもあまり意味はありません。



 結局、適切と思われる評価をしたければ、作品をよく読むことです。

 そして、自分の好き嫌いと、完成度の評価を分けましょう。


 基本は、目的の達成度で採点します。

 ジャンルがはっきりしている場合は、そのジャンルの作品としての評価に、作者が力を入れた部分の評価を加えます。

 その上で、好みの作品、自分が楽しめた小説に、ちょっと点数をプラスするくらいは問題ありません。


 小説は読者を楽しませてこそ価値があります。どんなに内容がよくても、先を読む気にならないのでは小説として駄目です。

 この小説好きだよというのも立派な評価なのです。

 音楽や絵画の美しさに胸を打たれたとか、あの人には不思議な魅力があって憎めないといったことは、原因を分析しきれるとは限りません。


 逆に、好きでないジャンルにも、とてもよく書けていると思う作品は絶対にあります。

 そういったものに、嫌いだからと極端に低い点をつけるのは、やめた方がよいだろうと思います。


 なお、物語は作者の趣味や思想の塊です。こういうのが好きだ・面白いと思うものに形を与えて整理し、他の人も読めるようにしたものです。

 物語を批評するということは、他人の考えについて、すぐれているか劣っているか、好きか嫌いか、よいか悪いかを判断することなのです。


 ですから、自分の意見を押し付けてはいけません。

 何を好きか、どういう考えを持つか、どんな風に書くかは作者の自由です。

 嗜好や信条を他人に否定されるのはつらいことです。


 それに、作者は人間です。

 完璧ではなく、不得意なこともあります。頭の中の理想をうまく形にできないことも珍しくありません。

 指摘や批評をする場合は、これを念頭に置かないと、作者を傷付けてしまうかも知れません。



 人は他人の評価を気にする生き物です。

 好かれて高評価ならよい気持ちになり、逆ならがっかりして不満を感じます。


 作品は作者にとって分身のようなものですので、言った人が思う以上に感想は深刻に受け止められ、否定的な意見には深く悩みます。

 感想や批評を伝える時は、作者にとって有益な情報であることを心がけたいものです。

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