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言わぬが花 第十九回 ストーリーが先か、登場人物が先か

 物語を作る時、しばしば問題になることがあります。

 それは、ストーリー、登場人物、世界の諸設定のうち、どれが最も重要で、優先して決めるべきものかということです。


 これらは互いに関連していますし、人によってやり方は違いますが、考えてみましょう。



 さて、ストーリー、登場人物、世界の諸設定の三つのうち、物語を思い出す時に真っ先に頭に浮かぶものはどれでしょうか。

 それは恐らく登場人物です。


 印象的な場面、特徴的なセリフ、驚きの展開など様々なものを思い出すでしょうが、どれも登場人物と関係しています。

 登場人物が行動し、会話し、感じ考えるから、物語は動き、背景の世界が読者に伝わるのです。


 ですから、登場人物から作るのは理にかなっています。

 漫画やアニメでは、先に登場人物を作り、彼等が活躍して魅力が引き出され、強調したい特徴を印象的に描けるようなストーリーを考えることが少なくないようです。

 その過程で、様々な設定が決まっていきます。

 季節の行事、旅行、大きな事件、試練など、設定や起こしたい出来事を用意して、その中に彼等を放り込めば、いかにもその人物たちらしい面白いストーリーが生まれるでしょう。


 この人物が学校に通うことになったら?

 恋をしたら?

 難事件の推理をしたら?


 絶対に面白くなるに決まっている!


 そういう人物を作って舞台を与え、活躍させればよいのです。


 しかし、このやり方で生み出せるのは、一つの場面や単発の出来事や短いエピソードが多く、長編小説のような大きな物語は作りにくいです。

 登場人物の詳細を先に決めると、それがストーリーを限定し、設定を狭めるからです。

 その人物らしいことしか書けなくなります。

 よいアイデアを思い付いても、その人物がしそうにないことなら、させられません。

 時々の出会いや体験や出来事を描くようなエピソード集は作れますが、一つの重いテーマを深く掘り下げるような長い作品は難しいです。


 なお、登場人物が勝手に動くと告白する書き手は多くいます。

 書いているうちに全く予定になかった行動を登場人物たちが始めてストーリーがどんどんでき上っていくそうです。


 これは一見、その登場人物たちらしい行動や選択や発言と自然なストーリーが生まれ、面白くなりそうに見えますが、読者がびっくりするような新鮮なストーリーや展開にはなりにくいものです。

 自然な言動やストーリーとは言い換えればありきたりで意外性が少ないということで、だからこそ頭をひねらなくても思い付き、抵抗なくそのまま書いてしまえるのです。

 読者がびっくりするような新鮮で奇抜でオリジナリティーのあるお話を書きたければ、そういう執筆スタイルでも意外なものを書ける特別な才能の持ち主以外は、事前によく考えた方が面白いストーリーになります。


 これに対して、ストーリーから作る場合は重厚な物語を生み出せます。

 もし、母を訪ねて三千里の旅をさせようとするなら、ただ登場人物の魅力を引き出すだけでなく、こういうストーリーにしたいというのを別に考えて、それに登場人物をうまく乗せてやる必要があります。

 旅先で出会った人々、思いがけない困難、生きることの喜びや悲しみといったものを、登場人物の個性だけから生み出そうとすると限界があるのです。


 とりわけ、人間の醜さや人生の理不尽さといった重いテーマや、登場人物に大きな失敗や後悔をさせるような物語は、魅力を引き出すのとは違う描き方が必要になります。

 テーマを表現するために必要なストーリーと諸設定や起こす事件を作り、テーマを体現するような個性や向き合わせるのにふさわしい特徴を持つ登場人物を配置することになるでしょう。


 また、ストーリーから作ることにはもう一つ利点があります。

 物語を登場人物たちが動かしてくれることです。


 ストーリーは通常、登場人物たちの選択や行動で先へ進みます。

 天災や重要人物の急死といった出来事を作者の都合で起こす場合もありますが、結局は状況の変化に彼等がどのように対応するかでストーリーの方向が決まります。


 この時、その選択がいかにも彼等らしく見えることが重要です。

 ストーリーが先なら、そういう選択をしそうな人物を作ればよく、彼等の行動と物語の流れに説得力が生まれます。


 先に登場人物を決めた場合、望んだストーリーにするには、時々彼等らしくない行動をさせる必要に迫られます。

 また、「そういう時にそう動くのは彼等くらいだ」といった特別な状況を作るのはかなり難しく、どこかで見たようなありふれた事情になりやすいです。

 その時の対応が彼等らしかったとしても、ストーリーにオリジナリティーがあるとは言えないでしょう。


 一方で、欠点として、登場人物がストーリーのための道具のように見えてしまう危険があります。

 全ての登場人物に役割が与えられ、それを逸脱した行動はしないため、計算されて作られて動かされていると感じられるかも知れません。

 ですから、彼等が生き生きとした人間に見えるように描く工夫が必要になります。

 個性を強調するエピソードを作ったり、サブプロットで恋愛要素を入れたりするのはよく見られます。


 また、起こりやすい問題があります。

 同じ役割の人物が似てしまうことです。

 行動と結果が同じ場合、どうしても似通ったイメージになってしまいます。


 それを避けるには、その人物の性格や思想や抱える事情を詳しく語ることです。

 同じ選択でも、それをする時の心理や理由は違います。

 そこを丁寧に伝えれば同じに見えなくなります。


 これは登場回数の多い人物ほどやりやすいです。

 たくさん語ることができるからです。

 このため、主人公側の人物は個性的にしやすい傾向があります。


 一方で、敵側の人物は主人公と戦い対立する時しか出てきません。

 各場面でさせることや言わせることが決まっていると、彼等の日常や生い立ちや価値観などを詳しく語るのは難しくなります。


 悪役の取り巻きなど、出番が更に少なく、同じような発言ばかりで個性的な主張や変わった行動をしない人物は、もっと書きにくいです。

 そういう人物は思い切ってステレオタイプで済ませるか、敢えて独特の個性を与えて強調するように描くかを選択する必要があります。


 最後に設定から考える場合です。

 これは非常に難しいです。

 なぜなら、設定に合わせてストーリーや登場人物を作ることになるからです。


 設定というのは通常、物語を成り立たせるために用意するものです。

 こういうストーリーを書きたいから、登場人物を活躍させたいから、その条件や場所を作るのです。

 物語に必要な部分だけ考えて、それ以外は作者にも分からないことは珍しくありません。

 しかし、設定を先に作った場合、不必要な細部まで決めてあることも多いでしょう。


 場所や時代や文化によって、いそうな人物の類型、させられること、ふさわしい発言、起こせる出来事などはある程度絞られます。

 しかも、作った設定はできるだけ使いたくなります。

 この厳しい制約の中で、生き生きとした登場人物や面白くて印象に残るストーリーを生み出せる人は、高い実力を持っているだろうと思います。


 また、物語を書いていると、プロットの段階では思い至らなかった細かな設定が必要になったり、部分的な変更を迫られたりすることがあります。

 例えば、中学生を高校生に、北国から南国に、月の大都市から火星の開拓コロニーに、といったことです。

 先に緻密に組み上げた設定をあまり変更したくない場合、これが難しくなります。

 ストーリーや登場人物の方を変えなければなりません。


 設定だけあっても物語は始まりません。

 物語とは、第六回で書いた通り、期待する反応を実現するために作ります。

 まずは、その反応を決めるのが先です。

 それに合わせて、必要な要素を作っていくのがよいと思います。



 それでは、ストーリーと登場人物と諸設定のうち、どれから作るのがよいのでしょうか。

 結論としては、印象に残したいものから作るのがよいと思います。


 「どんな物語でしたか」

 その作品を読んだ人に尋ねたとします。


 「こんな人がいてね、こんなことをしていて、とっても可愛かった!」

 こう答えて欲しいなら、登場人物から作りましょう。

 特別な魅力を引き出して、読者を彼等のファンにしてしまいましょう。


 「こんな出来事があって、主人公はああして、そうして、こうなったよ。最後は涙が出たなあ!」

 こういった答えが聞きたいなら、ストーリーから作りましょう。

 先の読めない意外な展開とどんでん返しでドキドキ・ハラハラさせ、深いテーマで感動させましょう。


 「世界がすごく緻密にできていてびっくりした。もし、そういう世界に行ったら自分ならどうするか、考えちゃったよ」

 これなら設定からです。

 その世界を詳細に描き出し、特徴を強調して、夢の中へ読者を招待しましょう。



 なお、私自身は、基本的にストーリーから作ります。

 先に登場人物を作るとストーリーが縛られるからです。


 ストーリーは多くの登場人物に関わるものです。

 活躍させたい人物の数や性格が先に決まっていると、ストーリーの自由度がそれだけ低くなります。

 また、いわゆるどんでん返しや、伏線や、クライマックスや、「転」の試練は、後から作るとありがちなものになりやすく、なかなか大きな驚きは与えにくいです。

 テーマや目的を実現するのにふさわしいあらすじを考えて、必要な登場人物を数え、設定をくっつけていくのが、私はやりやすいです。


 登場人物は、ストーリーを考えながら作ります。

 重要な場面でさせる選択や行動を決め、そうしそうな人物を具体化してふさわしい動機を与えれば性格ができあがります。

 登場人物の特技、使う武器や持つ能力、知識、身分や生い立ちや経験といったものは、クライマックスなどに関わるので、そうした場面の概要が固まってから決めます。


 予定されたストーリーの上でも、その人物らしい行動や発言をさせたり、人柄がうかがえるエピソードを加えたりすることはできます。

 登場人物に魅力的な特徴を追加することは可能ですが、面白いストーリーを後から付け加えるのは難しいのです。


 ストーリーは脚本、登場人物は俳優です。

 決められたシナリオをいかにその人物らしく生き生きと演じさせるかが腕の見せ所です。


 ただ、第二話以降はこれができません。

 すでに登場人物たちと設定ができあがっているからです。

 それらを生かすストーリーを書かなければなりません。

 制約は第一話よりずっと多いです。

 作者の実力が真に試されます。


 ですから、長い物語を書く場合は、結末までの流れを大まかにでも決めておく必要があります。

 これも登場人物やストーリーや諸設定の組み立てに大きく関わってきます。

 当面の区切りまでしか考えていないと、続きを書こうと思った時に苦労します。



 物語はある人物の人生の一部かある時点以降の全てです。

 主人公がどういう人物なのか決まらなければ、物語が作れません。

 主人公像を作ろうとすれば、彼を囲む他の登場人物たちもどういう人々か決まっていきます。

 つまり、登場人物作りです。


 一方、主人公がどういう人物かを決めることは、彼の人生を想像することです。

 彼が歩む道、持つ夢、犯しそうなあやまち、求めそうな恋人や伴侶、敵対しそうな人物、起きそうな事件を考えることです。

 それはつまり、ストーリー作りです。

 こういう性格にしたいからそれにふさわしい事件を起こしますし、そういう事件を起こしたいからふさわしい性格や特徴を与えるのです。


 また、そうした事件を起こすためには、社会の仕組みや主人公の置かれた環境などの設定が必要になります。

 同時に、そうした設定は起こしうる事件や主人公の取りうる選択肢を制限し、ストーリーや人物像をある程度限定します。


 登場人物・ストーリー・設定の三つは互いに影響し合ってできていくものなのです。

 それぞれを読者が納得する程度に創り上げられないとよい物語になりません。

 それも、テーマや基本コンセプトによる縛りがかかった上でです。

 さらに、読者にしっかり伝える筆力がなければ、いくら設計段階で頭をしぼってもよい作品にはなりません。


 結局、想像しやすいものから取り組むとやりやすい程度の違いであり、どれから作っても難しさはあります。

 大切なのは物語を書く目的です。

 それを実現できる入口を選ぶのがよいと思います。

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