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言わぬが花 第十八回 富士山と連峰

 物語を作る場合、大抵の人は面白くしたいでしょう。

 面白い物語を組み立てるにはいくつか方法があります。

 今回は構成の面から考えてみようと思います。



 さて、面白い物語と一口に言っても二つあります。

 富士山型の面白さと連峰型の面白さです。


 富士山は独立峰です。

 周りに山がなく、山の左右が青空です。

 広い裾野(すその)があり、海や湖の方からだんだん盛り上がって白く雪をかぶる頂上に達し、また下がっていきます。


 これは物語の作り方の基本と呼べるものです。

 起承転結が典型です。

 歌謡曲にもよくある形です。

 物語がゆっくりと静かに始まり、次第に盛り上がっていき、大きなクライマックスを築いて、最後は静かに閉じます。


 こういう構成は、大きな題材や深いテーマを扱うのに適しています。

 例えば、二人の男女の出会いから、親しくなる過程、波乱、ついに互いの愛を確かめて結ばれ、最後は「めでたしめでたし」で終わります。


 富士山型の構成の面白さは、大きなドラマです。

 感動を呼ぶ物語を書きたいならこれです。

 たくさんの情報や場面を積み重ねていき、クライマックスで心を激しく揺さぶります。


 しかし、読者の負担は大きくなります。

 与えられた大量の情報を最後まで覚えておくことを求められます。

 大きな跳躍には長い助走が必要なのです。

 読む場合は、あまり休みを挟まず、集中して一気に最後まで読み切る方が楽しめます。

 食べ物で言えば、食前酒や前菜から始まりメインディッシュが出てデザートで終わるコース料理に似ています。


 一方、山には連峰もあります。

 長い山脈が続いていて、ある程度の間をあけて多くの頂上があり、そこに名前がついています。

 一つ一つは富士山ほどの高さはありません。

 どこまでがその山でどこから次の山なのか分かりにくいこともあります。

 独立峰とはまた違った雄大な光景です。


 こういう構成の特徴は、盛り上がる場面が繰り返されることです。

 次々に面白いエピソードが起こってそれぞれに小さな山場があります。


 連峰型の構成の面白さは、飽きさせないことです。

 大きな感動はありませんが、気のきいたギャグや落ちでくすりと笑わせたり、ちょっといい話でほろりとさせたり、主人公が活躍してすかっとしたりをくり返して、読者の興味を引き続けます。

 食べ物で言えば、様々な料理が少しずつ入っている幕の内弁当に似ています。


 気軽に楽しみたい読者にふさわしい書き方です。

 少し読んで本を閉じ、またしばらくしてページを開くような読み方をしても問題ありません。

 一つ一つのエピソードが短いので、普段小説をあまり読まない人もとっつきやすいです。


 富士山型と連峰型、どちらが物語としてすぐれているということはありません。

 それぞれによさがあります。


 大きな物語を書きやすいのは富士山型です。

 重い話や深い話を書くならこれです。

 うまく書けば名作になります。


 逆に言えば一点集中型です。

 中心に置いたテーマが全体を支える柱になり、その掘り下げが浅いと物足りない印象になります。

 そのテーマについてある程度の決着を付ける必要があるため、終わりや区切りのある物語になります。

 複数のテーマを扱うのは難しいです。

 サブプロットがいくつかあったとしても、大きな木にからみ付くやどりぎに過ぎず、どれほどよく書けていても主柱の弱さを埋めることは難しいでしょう。


 また、伏線を敷いたりクライマックスの条件を整えたりするための部分がやや退屈に感じられることもあります。

 そういう時は、登場人物の魅力を引き出すような会話や行動、エピソードを加えると面白くなりますが、盛り上がりといえるほどの頂上を作るのは難しいことが多いでしょう。


 とにかくずっと楽しませ続けたいのなら連峰型です。

 軽い楽しい読み物に向いています。

 ギャグを主体とした笑わせる小説や、日常に起きるちょっとした出来事をたくさん並べたような物語が代表的なものです。

 奇抜な発想や深い思索があまり得意でない書き手も工夫すれば面白くできます。

 一つ一つのエピソードはどこか見覚えがあって小さくても、連発することで最後まで読者を笑顔でいさせることも可能です。


 言い換えますと、ひとつひとつのテーマをあまり長く記述できません。

 深く掘り下げるのは難しいです。

 また、それぞれの頂上同士の関連が薄い場合、統一感に欠けて、ばらばらのものを寄せ集めただけのように感じられることもあります。

 各エピソードに一定の落ちがつくので、物語全体に終わりや大きな区切りを敢えて作らずに長く継続することもできます。


 この二つが物語を面白くする時の一般的な構成です。

 両方を組み合わせる方法もあります。

 大きな物語をいくつかのエピソードに分け、一つ一つに笑いや涙を盛り込んで楽しくするのです。

 小さな出来事を連作短編のように並べながら、背景にある大きな物語を少しずつ進め、最後に全てがつながってクライマックスを作ることもできます。


 それでも、基本をどちらの型にするのか最初に選ばなければなりません。

 富士山型にした場合は、各エピソードでの笑いはあまり大きくしにくいことを覚悟する必要があります。

 連峰型にした場合は、最後に全体をまとめるクライマックスを置いたとしても、大きな感動は与えにくいことを分かっていなければなりません。


 また、難しさも違います。

 富士山型の場合、クライマックスの盛り上がりが小さいと、読者はがっかりします。

 大きな感動を期待して長い助走に付き合ってきたのに、裏切られた気持ちになるでしょう。

 連峰型は、とにかくたくさんのアイデアが必要です。

 読者を楽しませ続けるためにあの手この手を使い、頭を絞らなければなりません。


 どちらの型を選ぶにしても、面白い小説を書くのは簡単ではありません。

 どちらが自分に向いているか、また、作品ごとにどちらで行くか、考える必要があります。



 最近のライトノベルなどを読んでいると、連峰型の作品が多いように感じます。

 伏線を張り条件を整えて大きく盛り上げるのではなく、その場その場の爽快感を重視しているようです。

 ご都合主義という批判を分かった上で、主人公が得をする出来事を下準備なしにどんどん起こして、とにかく楽しくしようとしているのです。


 これは漫画やアニメの影響や、本になる前にインターネット上で掲載していた作品が増えていることが原因だろうと思います。

 こうした媒体の作品は、週刊・月刊・定期投稿など、一定の間隔をあけて公開されます。

 その時に、こんなことが言えるでしょうか。

「今回のお話は山をゆっくり登っている途中で、クライマックスはまだ先です。あまり盛り上がりませんが許して下さい。」


 漫画やアニメは、その回がつまらなければ、もう買ったり視聴したりしてくれないかも知れません。

 毎回ある程度は期待に応え、楽しませなければなりません。

 そのために、くすりと笑える部分を作るなどしてよいエピソードだったと思ってもらい、次回への興味をかき立てる必要があります。

 また、これらの媒体では物語が完結するまで長い時間がかかるため、多くのことを記憶しておいてもらう必要がある複雑な物語は難しく、好まれないのかも知れません。


 そういう意味で、物語の作り方や設計思想が、一冊書下ろしの小説や、二時間ほどで終わりまで到達する映画などと、大きく違うように感じます。

 どちらがよい悪いではなく、それぞれに向いた物語があるのだろうと思います。


 小説も、一気に読まれることを前提とする場合と、分割し間隔をあけて公開する場合で書き方が変わってきます。

 自分が書こうとしているのはどちらなのかはっきりさせて、必要な工夫をすることを求められる時代なのかも知れません。


 落語の世界にこういう言葉があるそうです。


  芸人に上手も下手もなかりけり 行く先々の水に合わねば


 その場の客の求めるものを察知する力の方が、芸の腕前よりもしばしば重要だという意味だそうです。

 物語には芸術的な側面があり、ただ笑わせ楽しませればよいと言い切ることはできません。

 ですから、少し事情が違いますが、それでも示唆(しさ)することは多い言葉のように思います。



 飽きさせない物語を作るには、どこかで読んだ要素や出来事をたくさん並べて新しい刺激を与え続けることが重要です。

 感心させる物語を作るには、既存のものに一工夫してうまく料理しなければなりません。

 びっくりさせる物語を作るには、自分が読んだことのないものを書く必要があります。

 感動させる物語を作るには、自分にしか書けない新しい物語を創造して、他人にも分かるように伝えなくてはなりません。


 富士山型にしろ、連峰型にしろ、基本は同じです。

 どのような物語を作りたいのか、どんな面白さを感じさせたいのか、どういう形で読んでもらいたいのかをはっきりさせて、それを実現するために計画を立てて工夫しなくてはなりません。

 山はそのままで美しいですが、物語は面白く感じてもらえるように作者が頑張らないと、そうはならないのです。

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