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言わぬが花 第十三回 戦いとフィクション

 桶狭間の戦いはご存知でしょう。

 織田信長が兵力にまさる今川義元を打ち破った戦いです。


 この戦いは信長が重要人物として登場する物語では、最も盛り上がる部分の一つです。

 戦い自体もとても面白いです。

 ただし、作戦の見事さや奇抜さが面白いわけではありません。


 豪雨をついての敵本陣への奇襲はすぐれた作戦といえますが、部隊の動きは単純です。

 城を出て行軍、義元の本陣を発見、一気に突撃、これだけです。

 後は乱戦で信長の指揮の及ぶところではなく、自分も必死で戦っていると義元が死んだという知らせが届いたのだと思います。

 互いに策や罠をめぐらしたり、相手のねらいを読み合ったり、逆転したりされたりといった複雑ではらはらする展開はありません。


 実は、この戦いが盛り上がる理由は作戦や軍勢の動きにはありません。

 戦いに至るまでの経緯が面白いのです。


 軍議で家臣たちが籠城を叫ぶ中、信長は黙って自室に下がります。

 沈思(ちんし)することしばし、今川軍の所在の報告を受けるや、急に湯漬けを用意させ、敦盛(あつもり)の舞を舞って出陣、慌てて追ってきた家臣を集めて熱田(あつた)神宮に参拝、油断している今川軍へ接近して一気に突撃しました。

 このドラマが人々を引き付けるのです。


 これは他の有名な戦いでも同じです。

 日本三大奇襲戦の他の二つも、関ヶ原や大坂の陣も、源平合戦も、全てその戦いの具体的な経過や部隊の動きよりもドラマが面白いのです。


 これはよく考えると当たり前のことです。

 戦争物の物語は多くの場合、事実の羅列になります。

 どの部隊がどう動いて、どう攻撃・防御して、結果がどうなって、その次は何をして……、この繰り返しです。

 無名の戦いで無名の将軍の部隊の動きが詳しく書かれていたら、読んでわくわくしますか。

 本当に戦術や軍事学が好きな人は面白いかも知れません。

 しかし、楽しい読み物を期待していた人は、多くの場合、がっかりするでしょう。

 そういう人たちも、武田信玄と上杉謙信が互いに相手の裏をかこうとして衝突、激戦を繰り広げたと聞けば興味を引かれます。


 物語の中の戦いも、マニア向けの軍事小説以外は、大切なのは戦術や軍事知識ではなく、ドラマを作る能力とセンスです。

 別な言葉で言い換えますと、テーマを設定し描き切る力と、息を付かせぬストーリーを構成する力と、魅力的な登場人物を生み出す力です。

 戦いに向かって敵味方の人物を紹介し、戦いの背景や双方の事情と意気込みを説明し、雰囲気を盛り上げるのです。

 そして、戦いの中で敵味方の言葉や行動や選択でテーマを浮き彫りにし、怒涛の展開で大きな山場を作って、勝利の瞬間読者が「やった!」と思うように持っていきます。


 このように、戦いを書く時、作者はストーリーやドラマをよく考えて、面白い戦いを作らなくてはいけません。

 具体的な作戦や戦術はその実現のためにあります。

 戦いの流れや戦場での部隊の動きを決める作業は、ストーリー作りなのです。


 軍師の頭のよさを示したいなら、読者をあっと言わせる奇策を考えます。

 武将の義理堅さを伝えたいなら、そういう決断や行動が必要になるように戦いの展開を作ります。

 時には空想的・ご都合主義的であることや偶然に頼ることも避けてはいけません。

 軍事学的に正しくいかにも起こりそうなことが、読んで面白い戦いとはならないのです。


 拙作『狼達の花宴』にこういう合戦があります。


 主人公の作戦が発動するが、敵に見破られて失敗、危機に。

 しかし、頭を絞って新しい策を考え出し、味方の助けを得て準備、実行して逆転。

 ところが敵がさらに奥の手を出してきて、まずいと思ったところで再逆転して主人公たちの勝利。


 こんな戦いは史実にはまずありません。

 もちろん戦いの前にもドラマがあり、戦いの中で主人公が得るもの気付くものを設定し、それが物語のクライマックスになるようにしてあります。

 私が史実を元にせず、架空歴史小説という形態を選んで、架空の国の架空の歴史を語っているのは、描きたいドラマに合わせて戦いの状況や展開や背景を決められるからです。


 史実には事実ゆえの説得力があります。これが歴史小説の面白さの大きな理由です。

 それでも、事実をただ並べるだけでは駄目で、ドラマを作らなくては面白くなりません。

 ましてや、史実でない創作の物語は、現実以上に奇抜な作戦や重厚なドラマで盛り上げる必要があります。

 戦記物や軍事学に興味がない読者も引き付け楽しませるドラマがあってこそ、すぐれた小説と言えます。

 戦いの流れや奇抜なアイデアを先に考えてあった場合でも、そこにドラマを盛り込まなければ、わくわくさせる盛り上がりは作れません。


 なお、恋愛小説には、初恋同士の若い二人の純愛といった非常に観念的な理想の恋愛を描いたものがあります。

 そういう作品は、現実の恋愛のあまりきれいでない部分を描かず、非現実的だけれど澄み切った美しい世界を作り上げます。

 同じように、戦争を扱った小説にも、娯楽として面白い読み物を目指した作品が多くあります。

 読者に楽しいひと時を過ごしてもらうことがねらいなら、訓練を受けた兵士がPTSDを発症するようなむごたらしい戦場の現実を描くより、美少女が活躍したり、奇抜な作戦で圧倒的不利をくつがえしたりするお話の方がふさわしい内容と言えます。

 第五回で述べましたが、作品の評価は書かれた目的やジャンルが判断基準になります。

 戦争の現実を扱った学問や記録と、創作小説の戦記物や歴史物を一緒にしてはいけません。



 面白い戦記物は、その物語独自の戦闘形態を持っていることが多いです。

 具体例としては、田中芳樹氏の『銀河英雄伝説』や森岡浩之氏の『星界の紋章』『星界の戦旗』シリーズが分かりやすいでしょう。

 これらの小説には独特の艦隊戦があってとても面白いです。

 戦いの形態自体を創作し、その作品でしか読めない戦いを描くのがよい小説なのです。


 『古今東西名将の戦術』『世界の重要会戦百選』といった本に書かれているような作戦が読みたければ、そういう本や歴史小説があります。

 架空歴史小説を書くのなら、架空の世界だからこそ実現できる戦いを考えるべきです。

 軍事マニアが「正しい」とほめるものよりも、荒唐無稽(こうとうむけい)でも読者を夢中にさせて「面白い!」と言わせる戦いを書くのが、創作物語の書き手の仕事だと思います。


 小説は説得力があって面白ければよいのです。

 ならば、思い切り面白くするべきです。

 その結果、多少現実から離れようと、読者は笑って支持してくれるでしょう。

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