第5話 一方その頃、勇者パーティー/最強との邂逅
地下深くのダンジョンには、陰鬱とした気配が満ちていた。
染み渡る瘴気と暗黒。魔窟と呼ぶに相応しい、巨人の臓腑を思わせる死の迷宮である。
魔法による光源を放ちながら進むのは、勇者一行。«四輝将»の残り三人であった。
勇者――アレク。
女魔法使い――リリア。
女僧侶――サクラ。
彼らは周囲を警戒しつつ言葉を交わす。
「もう随分奥まで来たわね……もうすぐボスが出てくるんじゃない?」
と、サクラ。名前と同じ桜色の髪をしたポニーテールが揺れた。
魔法使いのリリアがそれに答える。
「でも、なんだか不気味……変にモンスターの数も少ないし。まるで、誰かに狩りつくされたみたいな……」
不安そうに小柄な体をすくませるリリア。色素の薄い髪に真紅の瞳。同様に色白の肌は洞窟内であっても美しい。
「いや、それはないだろ。ここはSSランクのダンジョンだ。最高レベルの俺たちならともかく、こんなところまで来れるパーティーなんてそうそういないはずだ。いるなら、俺たちを召喚する意味もない」
勇者アレクが否定する。茶色の短髪に碧眼、まさに優男といった外見。
彼の言うことは正しい。最高レベルと最強装備で身を固めた彼らだからこそ、この世界では前人未踏と呼ばれるダンジョンでさえも攻略出来るのだ。
しかし、それは同様に彼らにとっても危険であることを意味する。
この世界での死はそのままの死だ。復活出来たとしても、精神が耐えられるとは限らない。
故に、彼らは過剰なほどの警戒をしつつ進む。ゲームでは初心者であった彼らは圧倒的に戦闘の経験値が不足しているし、情報量も少ない。
そのため、どれだけ最高レベル、最強装備といえども初見の敵には苦戦を強いられる。
実際、さきほどの戦闘ではリリアが傷を負っていた。大した傷ではなかったが、戦闘でダメージを負うということは精神に多大なストレスを与える。
ゲームであったならいざ知らず、普通の日常生活を送っていた一般市民が突然命のやり取りをする場に放り込まれれば、PTSDになってもおかしくはない。
彼らが戦えているのは、完全没入型VRゲームにある程度慣れ親しんでいたということ、そして最強装備に身を固めているという安心感ゆえだ。
――だから、あいつは狂人だ。
アレクは胸中でそう吐き捨てた。思い出しているのは«四輝将»としてかつて仲間であった戦士。
ヴィンデン。あの男の異常性を思い出す度に、アレクは恐ろしくてたまらない気持ちになる。
彼は戦いの度に嗤っていた。素手と裸で、少しでもミスをすれば即死するはずの戦闘を何度も繰り広げながら。
それを狂人と呼ばずなんと呼ぶ。
アレクが彼をパーティーから追放したのは、彼の変態的な格好や世界を救うという気が全く感じられない態度もそうだったが。
ひとえに、畏怖したのだ。
――彼と一緒にいては、自分たちまで死を畏れない狂戦士になってしまうのではないかと。
今でもその選択肢は間違っていなかったとアレクは答えるだろう。
しかし現実問題、彼の抜けた穴は大きかった。
「やっぱり、盾職は欲しいわよね……」
サクラがぼそりと呟いた。それはこのパーティーの誰もが感じていることだっただろう。
敵が弱いうちはまだどうとでもなったが、敵が強くなるに連れて、後衛職が危険に晒されることが多くなってきたのだ。
前衛がアレク一人では、二人いる後衛を守りきれない。しかしメンバーを補充するにしても、最高レベルと最強装備で固めた彼らに同行出来る者は少ない。
必然的に、彼らは三人のまま進んでいくしかなかった。
ヴィンデンは人格はともかくとして、実力だけは確かだったのは彼らも認めざるを得なかった。
«インバーサス・オンライン»のモンスターは基本的に防御力が一番低い者を狙う傾向にある。
普通であればそれは後衛職なのだが、最低ステータスかつ裸であるヴィンデンが最低防御力なのは当然。
よって、モンスターの攻撃は彼に集中する。しかし、彼はそれらを全て回避するずば抜けたプレイヤースキルがあった。
そのため、ヘイトを集めつつ回避盾に徹するという意味では、彼は理想のタンク職だったといっていい。
なにせタンクに回復を回す必要がないのだ。つまりはそれだけサクラがアタッカーに回復とバフを撒く余裕が生まれるということである。
加えて、かつて廃人プレイヤーだった豊富な知識。ともすればこちらのほうがより重要だったかもしれない。
彼の判断力や指示の的確さもまた、失うには惜しいものだったと言えるだろう。
アレクは苛立たしげに答える。
「……今更言ってもしょうがないだろ、サクラ。この世界が危機に瀕しているってのに遊び半分の奴はいらない。それは皆で決めたことだろう」
「ま、それはそうだけどね。はぁ……最初の頃は、ちょっと格好いいかなって思ってたんだけど」
とサクラが零すと、リリアが驚愕に両目を見開いた。
「ええっ!? それ初耳だよサクラちゃん! ほ、本気なの?」
「やだなあ、流石にあたしも露出狂はお断りよ。あれさえなければねぇ……」
「ああ、うん。そうだね、あれはちょっと、ないね……」
女性二人がしみじみと頷く。それを横で聞いていたアレクは親指で自分を指し示した。
「おいおい、いい男ならここにいるだろ? 俺はどうなんだよ」
「ないわ」
「ないかな」
即答だった。
「……お前ら、それはちょっと酷くねえ? 仮にも俺たち仲間だよな? 今の返答速度は信頼を疑うレベルなんだが」
「あはは、冗談よ冗談。まあほら、アレクだっていいとこあるでしょ。その、ほら、あれよ……リリア、言ってあげなさい」
「えっ!? わ、私に振るの!? えーと、うん……うーん……あっ、意外と手品が上手い!」
アレクはがっくりと肩を落とした。
「わりと本気で落ち込むんだが……マジブルーなんだが……ごめん、ちょっと泣かせて?」
「いいわよ。ほら、リリア。その爆乳貸してあげて」
「絶対いや」
女性陣は追撃の手を緩めなかった。
アレクは本気で涙を堪えながら、不可思議な事態に眉をひそめる。
――どうしてここまで騒いでいるのに、モンスターは一体も出てこないんだ?
その答えは、すぐそこに用意されていた。
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ついにダンジョンの最下層に到着した勇者たちは、誰もが絶句していた。
そこにいたはずのモンスターが今まさに、その巨体を横たえているところだったのだから。
それはこのダンジョンの奥底に眠るという超級モンスター、バロンゴーレム。ボスである存在が既に討伐されているなど、想定しているわけがない。
その周囲には、激戦を感じさせる破壊の爪痕がありありと残っている。ここで戦闘を繰り広げていたのは、よほどの怪物たちだったのだろう。
光の粒子となって消えていくバロンゴーレムの足元に、人影があった。
アレクは一瞬、それがあの男――ヴィンデンではないかと錯覚した。
他に思い当たるような人物がいなかったからだ。
だが――実際そこに立っていたのは、こんなところにいるはずのない、完全に慮外の人物であった。
ゆっくりと、人影が振り返る。
「あ、あなたは……まさか……」
«インバーサス・オンライン»ユーザーで、彼女を知らぬものはそういないだろう。初心者であるアレクたちでさえ、その姿は当然知っている。
かつて«インバーサス・オンライン»のPvPコンテンツ、『アリーナ』でランキングトップに君臨し続け、無敗を誇った女王。
文字通り、世界最強の騎士。
「そんなはずがない……ど、どうしてあなたがここにいる……!?」
«銀狼»――女騎士アルト・ルプスレーナが、そこに佇んでいたのであった。