第3話 いざエルフの国へ
「はぁ……もう分かりました。何を言っても、ヴィンデンさんは考えを改める気はないのですね」
『夕霧と狼亭』にて夕食に舌鼓を打ったあと、ロベリアは降参だとばかりに両手を挙げた。
あれからずっと俺に対して縛りプレイを止めるよう言ってきたが、何を言っても無駄だと理解したのだろう。
「ですから、私はあなたに着いて行きます」
……ん?
なにやら、決意を新たにした様子だ。こちらとしては願ったり叶ったりだが。
「いいのか? 言っておくが、縛りプレイは止めないし戦闘エリアでは服を脱ぐぞ」
「もうそれは諦めました。私の役目は«四輝将»の方々の旅のサポートをすること。勇者様のいるパーティーと、素手に裸のヴィンデンさんなら、どちらが危険なのかは明らかです」
「つまり、俺の方が危なっかしいからお供すると?」
「ええ、そういうことです。助けていただいたご恩もありますし。その……構いませんか? お邪魔、でなければで結構なのですが……」
邪魔なわけがない。むしろ、こちらからどう誘ったものか迷っていたくらいだ。
とはいえ彼女が断るはずもなかった。彼女はプレイヤーを導く者。彼女の存在なくして魔王への道は開かれない。
俺は微笑みを讃えながら頷いた。
「いいや、俺の方こそお願いしたい。俺には君の助けが必要だ。共に、世界を救う旅に出よう」
「は、はいっ! よろしくお願いしますね、ヴィンデンさん!」
俺たちは、固く握手を交わした。
どうか願わくば、良き旅路となりますように――そんな祈りを込めて。
「では、善は急げだ。さっそく行動に移るとしよう」
「了解です、どちらに向かわれますか?」
そんなもの、決まっている。
こういう場合の王道――まずは仲間集め、である。
「目的地は、エルフたちの住まう国――魔法国エルダールーンだ」
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酒場の二階にて宿を取り一泊した後、俺達は魔法国エルダールーンを目指すべく馬車に乗り込んだ。
目的地までは街道をひたすら東に向かって数日といったところらしい。ゲームだった時とはまるで距離感が違う。
ここは異世界なのだから、当然VRで用意されたフィールドとは比べ物にならない広さなわけだ。
こんな風に、«インバーサス・オンライン»とこの世界は似ているようで細部が異なる。そこは注意する必要があるだろう。
しかし戦闘に関しては限りなくゲームの設定に忠実だ。いわゆるステータスやスキルの概念が存在するし、敵の頭上にはヒットポイントゲージが表示されるところなども。
とはいえ――どれだけゲームに近かろうと、この世界での死はそのままの死を意味する。蘇生アイテムや蘇生魔法も存在するが、あまりアテにしないほうが懸命だろうな。
生き返った俺が、元の俺である保証などどこにもないのだから。
だというのに、俺は素手と裸の戦いを選ぶ。狂っていると言われようと、これが俺の信じる道なのだから引き返す選択肢はとうにない。
馬車での移動は比較的安全だ。街道は整備されているし、モンスターに襲われる心配も少ない。
ここである程度情報を整理しておくべきだ。
「シスター・ロベリア。魔王についての話が聞きたい」
「ええ、いいですよ。それと、私のことはロベリア、と呼び捨てで結構ですから」
そうか、と短く答えるとロベリアは嬉々として魔王の物語を口にする。ゲームでもストーリーの導入としておなじみの話だったが、確認しておいて損はない。
しかしロベリアの話は非常に長ったらしいので、簡潔にまとめると、こうだ。
昔々――平和だったこの世界に、突如として魔王が現れた。
人々は魔王と戦い、数多の犠牲を出すもこれを封印することに成功。魔王は大陸北部に築いた魔王城の地下に封じられたが、虎視眈々と復活の機会を伺っていた。
その間にも魔王の軍勢は着々と版図を広げ、ついにはこの世界のいたる所にモンスターが住み着いてしまう。
そして時は流れて現在。人々は魔物との戦いに明け暮れながらも、魔王の影に怯えながら暮らしていた。
だがついに、魔王の封印は崩壊寸前となってしまった。再び魔王がこの地に降臨するのを防ぐため、召喚師たちは異世界より四人の英雄を喚び出した――
以上が、ロベリアが語った内容の概略である。ゲームではプレイヤーが英雄の素質を見抜かれ魔王討伐の旅に出る、という流れだったが、ここでは«四輝将»が召喚される流れとなるわけだ。
微妙な違いはあれど、基本は«インバーサス・オンライン»のストーリーに準拠しているといっていいだろう。
つまり――あの最悪の結末も、この世界で再現されてしまう可能性が高い。
「ありがとう、ロベリア。とても参考になった」
「いえいえ。というか、本当に分かってます? 私、«四輝将»の方々がこの世界にとってどれほど重要な存在か、力いっぱい説明したつもりなんですけど」
ジト目でこちらを見つめてくる美少女。やめろ、ゾクゾクするだろ。
さらにロベリアは話を続ける。
「ああ、そういえば! «四輝将»の話で思い出したのですが……ヴィンデンさんは、アルト・ルプスレーナという女性に心当たりはありませんか?」
――な、に?
一瞬、思考が停止した。
まさか、ここでその名を聞くことになろうとは。それも、ロベリアの口から。
「……いや、知らないな。誰だ」
表情に、出ていなかっただろうか。自信はない。
案の定、ロベリアは不審そうに首を傾げたが、追求してくることはなかった。
「召喚師の方たちから聞いたのですが、どうやらそのアルトという女性騎士こそが本命だったそうなんです。何でも«銀狼»と畏れられ、あなた方の世界で最強の騎士だったとか」
「……騎士が本命? 勇者ではなく?」
「はい。けれど、«四輝将»として召喚された中にそのような騎士はいませんでした。その代わりに、ヴィンデンさん……あなたが召喚された、と聞いています」
「……はっ。最強の騎士を召喚するつもりが、実際に出てきたのは素手と裸の戦士だったわけだ。皮肉だな」
吐き捨てるように言うと、彼女は慌てた様子で両手を振った。
「あっ、いえ! その、決してヴィンデンさんを馬鹿にしたわけでは……」
「分かっている。さっきのは俺の言い方が悪かった。許してくれ」
「はい……。でも、実は妙な話もあるんです。召喚師の方々が言うには、そのアルトという女性騎士は確かにこの世界に召喚された形跡がある、と。そんなこと、有り得るんでしょうか」
「さて、な。まあ会うことはないだろうが、一応留意しておこう」
俺は逃げるようにして話を強引に終わらせた。
話題を変えよう。俺はアイテムポーチから林檎を取り出した。赤々とした艶を放つそれは、見ただけで芳醇な味わいを彷彿とさせるものだ。
ロベリアは、突如林檎を取り出し食べるわけでもない俺を不思議そうに見ている。
「この林檎を……こうだ!」
俺は、右手に持った林檎を握りつぶした。爽快な圧壊音とともに、美味しそうな林檎は無残に果肉を散らす。
「ちょっとぉ!? 突然何をするんですか! ヴィンデンさんは常時バーサクにでもかかっているんですか!」
おい、失礼だぞ。まるで俺が狂人のようじゃないか。
「まあ聞けロベリア。俺の筋力はたったの『5』だ。ゴミだ。さて、ここで質問がある。君の筋力はいくつだ?」
「……じゅ、『12』……ですけど……」
彼女は恥ずかしそうに俯きながら言った。俺よりも筋力が高かったのが恥ずかしかったらしい。
「なら、君に先ほどと同じ真似が出来るか?」
「で、出来ませんよ! 私をなんだと思ってるんですか!」
ふむ、その返答が聞きたかった。
この世界におけるステータス。それについて、俺はある仮説を立てた。
極端な話、知力のパラメータに極振りした場合、そのプレイヤーは突然賢者の如き天才にならなければおかしい。
筋力でも同じことが言える。もし俺の『筋力5』という数字が日常生活にも反映されていたなら、俺は赤子と同程度の力しか持ち合わせていないことになる。
しかし、そんなことはないわけだ。そこで俺が立てた仮説は、『ステータスと実際の身体能力は直接イコールの関係ではない』というもの。
思うに、体力、精神力、筋力、知力、防御力、耐久力、俊敏、といった各種ステータスは、あくまで戦闘時におけるダメージに補正がかかる程度のものなのだろう。
体力の数値が低くても俺は敵の攻撃を回避し続けるスタミナがあるし、俊敏が低くても決してスピードが遅いというわけではないのだ。
であれば、俺の身体能力は一体どこで決定されたものなのか。もちろん、現実の俺に林檎を握りつぶす握力はない。
この異世界に召喚された時に、俺たちは«四輝将»という役割を与えられている。恐らくは、それが原因なのではないか。
魔王を倒す英雄――そういった配役、イメージを押し付けられたことで、それに相応しい身体能力が与えられたのだろう。
だからこそ、ゲームではないこの世界でも縛りプレイのような無茶が通るわけだ。
「さて、では仮説検証といこうか」
「え――きゃあっ!?」
俺が呟くのとほぼ同時、俺達の乗っていた馬車が急停止する。隣で可愛らしい悲鳴をあげたロベリアがこちらに密着する形となった。
名残惜しいが、いつまでも至福の感触を味わっているわけにもいかない。
馬車を操っていた御者がこちらに向かって大声を放った。
「お客さんがた、今すぐ馬車から降りて逃げた方がいい! モンスターだ! 馬が怯えちまって役に立たん!」
ああ、降りるとも。だが、逃げるためではないが。
俺は纏っていた外套を脱ぐ。下は当然、いつもの裸に素手である。
「ヴィ、ヴィンデンさん!?」
ロベリアは戦闘態勢に入った俺を見て頬を赤らめつつ顔を手で覆った。
俺が馬車を降り、前方から来たるモンスターを睥睨する。
それは二メートル半はあろうかという巨体だった。赤銅の肌に盛り上がった筋肉、手に巨大な棍棒を握っている。
オーガだ。まさしく大鬼という名に相応しい気迫といえよう。
奴は口腔から長く鋭い牙を覗かせ、吐息の代わりに瘴気を吐き出した。数は一体だけだが、それなりに強力なモンスターだ。
俺は準備運動をするように首と腕を回しながらオーガへと歩み寄る。
「お、おい兄ちゃん、なにしてる! つうか何で裸なんだ!? と、とにかく戻ってこい、死んじまうぞ!」
「その心配は不要だ。なに、すぐに終わるさ」
御者のおっさんの静止を無視して、俺はオーガと対峙した。
背後ではロベリアがこちらをじっと見つめている。何かがあれば、回復魔法で支援するつもりなのだろう。
いい機会だ。ここで俺の縛りプレイがどれほどのものか、見せつけておくとしよう。
俺は獣のように獰猛に笑うと、オーガへ向かって突貫した。