第2話 君の死を覆すために
「あの、本当にありがとうございました。危ないところを助けて頂いて……あなたがいなければ、私はきっとあのまま……」
ロベリアが丁寧にお辞儀をする。俺はそれを手で制した。
「なに、気にするな。可憐な少女を助けるなど当然のことだ」
ふっ、我ながら格好良く決まった。俺の思惑通り、ロベリアは赤面しながら顔を伏せる。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「何だ? 答えられる質問なら答えよう。ちなみに彼女はいないぞ」
「いや、それはどうでもいいです。というか――あなたは何者なのですか? 何故そんな格好をしておられるのでしょう?」
どうでもいいとはなんだ。
おかしい、どうにも俺が望んだ反応と違う気がする。が、答えられる質問なのだから答えざるを得ない。
俺はこの世界に召喚された時に渡された『プレイヤーカード』を名刺代わりに手渡した。ゲームではフレンドに送るためのものだったが、この世界では身分証明証のようなものだ。
「俺はヴィンデンという。神官の君なら当然知っていると思うが、この世界に召喚された……あー、何だったかな。そう、«四輝将»とやらの一人だ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええぇっ!?」
ロベリアはその楚々とした外見に似合わぬ素っ頓狂な叫び声を上げた。慌ただしく手元のプレイヤーカードと俺とを見比べている。
いや、そこまで驚かれると軽く傷付くのだが。
「どうだ、納得いったか?」
「え、ええ。まあ、はい。確かに、«四輝将»の方、ですね……」
おい、何故そんなに渋々といった感じなんだ。
が、ロベリアは自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
「いえ、先ほどの戦いぶりを見れば得心もいくというものです。あのような見事な体捌きは見たこともありませんでしたし。それに、素手に……は、裸同然の恰好で盗賊を撃退したのも事実」
うんうん、と頷くロベリア。
そして、ふと何かが足りないことに気付いたように周囲を見渡した。
「あの、失礼ですが……他の«四輝将»の方々は? ご一緒ではないのですか?」
「ああ、彼らとなら別れた。というか、俺がパーティーをクビになったのだ」
「……はぁ。……はぁ!?」
その驚き方は、一度言葉を咀嚼して、それでもなお理解しきれなかったというところだろうか。
……ちょっと素が出てないか?
「まあ、その辺りの詳しい話はどこか腰を落ち着けてしようじゃないか。ここで立ち話を続けていてはさっきの盗賊が仲間を連れて戻ってこないとも限らない」
「ええ、そうですね。その話、絶対に聞かせていただきますので」
俺たちは最寄りの街まで歩き出した。
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俺とロベリアは、『夕霧と狼亭』という酒場の一角でテーブルを挟んで向かい合っていた。
非戦闘エリアなので、流石に俺も服を着た状態だ。
「自己紹介が遅れました。私はシスター・ロベリア。«四輝将»の方々をサポートする役割を授かった者です」
サポート、ね。俺は思わず内心で歪んだ笑みを浮かべた。
彼女は«インバーサス・オンライン»におけるヒロイン的存在であるが、彼女に与えられた役割は複数ある。
魔王討伐には、彼女の協力が必要不可欠だ。«インバーサス・オンライン»では彼女から与えられるクエストを達成することでメインストーリーが進行する形となっている。
彼女はヒロインであり、同時にこの世界を物語る語り部でもある。プレイヤーは彼女を通して魔王とこの世界についての知識を深め、彼女との絆も深めていくわけだ。
やはり、ゲームが現実となったこの世界でも彼女の役目は変わらないのだろう。
ロベリアはヒロインであり、語り部であり、ナビゲーターであり、そして――
「……ヴィンデンさん、聞いていますか?」
「ああ、聞いているぞ。俺がパーティーを追放された話が聞きたいのだろう?」
思考を中断し、俺は今までの経緯を語ってみせた。
最初はふんふんと真面目に聞いていたロベリアだったが、次第に何かを堪えるようにプルプルと震えだした。
そして、彼女は俺が語り終わると同時にテーブルを両手をつき立ち上がった。
「な に を 考 え て る ん で す か !」
バンバンとテーブルを叩きながら大声を上げるロベリア。酒場中の視線が集まるが、もうこうなっては止まらない。
「なんですか縛りプレイって伝説の武器と鎧を捨てるってどういう思考過程でそうなったんですかそれで素手に裸ってそりゃ追放されるでしょ馬鹿じゃないんですか馬鹿なんですか馬鹿なんですね!?」
うーん、怒った表情まで美しいのだから困ったものだ。
しかし、ロベリアは先程までの勢いが嘘のように静まり返る。
そしてぽつり、と呟きを零した。
「さっきの戦い、凄かったです。まるで相手の動きを全部知ってるみたいに回避して、絶対に反撃を受けないタイミングで攻撃して。私、戦いに関しては素人ですけど、流石に理解出来ます。あなたは強い。多分、この世界の誰よりも……もしかしたら他の«四輝将»の方でさえ、ヴィンデンさんには敵わないんじゃないですか?」
「……まあ、そうかもしれないな」
「否定、なさらないんですね。でも、じゃあどうしてあんな戦い方を? 自分から手を抜いてギリギリの戦いをするなんて、どう考えても正気じゃありません」
どうして、どうしてときたか。
俺が、縛りプレイをする最大の理由。スリルと興奮、やり甲斐と達成感――いくつもの答えが浮かぶ。
だが、どれも本当の答えではない。
ロベリアには――彼女にだけは、真摯に真実を告げる必要があるだろう。
だから、俺は彼女を真っ直ぐに見つめる。視線を受け止めたロベリアは、僅かに緊張した様子だった。
「――君のことが、好きだからだ」
数瞬、世界の時が止まった。
それは錯覚でしかなかったが、実際にロベリアはフリーズしたように固まっていた。
かと思うと、唐突に時は動き出す。彼女は瞬く間に紅潮し耳まで赤くして、わたわたと両手を振った。
「な、な、な……! と、突然何を言い出すんですかっ! いいい意味が分かりませんし、そもそも私とヴィンデンさんは出会ったばかりじゃないですか! 私の何を知っているっていうんですか!」
「――ふっ、愚問だな。君のことなら、何でも知っているさ」
「なに、を……? あなたはどこまで……私の一体なにを、知っているというのです?」
ロベリアの目がすっと細まる。明らかに警戒した様子。
俺はあえて意味深な笑みを浮かべて言う。
「何でもと言ったら何でもだとも。たとえばそう――君のスリーサイズとかもな! 上から九十ろ――もがっ!?」
「ちょっとぉ!? 何でそんなことまで知ってるんですか! さてはストーカーか何かですか!」
慌ててこちらの口を塞ぎに来るロベリア。公式プロフィールにも載っている情報だから、詳しいユーザーなら誰も知っていることだ。
さらに赤面しながらうーうーと唸りを上げているロベリアを見ていると、不思議と感じることがあった。
「――ああ。やはり君は、生きているんだな」
ゲームでは、当然彼女はNPCに過ぎない。搭載されたAIによってある程度自然な会話を行ってくれるが、所詮はその程度。
だが、ここでは違う。異世界たるここでは、彼女はれっきとした生きた人間として存在しているのだ。
その瞬間、ある予感が脳裏を掠めた。
もしかすると――この世界でなら。彼女たちが生きて、思考して、自立して動いているここでなら。
――結末を、変えることが出来るんじゃないか?
俺は思わず立ち上がっていた。衝撃の事実を突きつけられたかのように。
この世界に召喚されたばかりの俺は、はっきり言って魔王討伐には全く乗り気ではなかった。
何故なら、俺は既に«インバーサス・オンライン»のメインストーリーをクリアしたことがあるのだ。
だから、この世界の結末を知っている。魔王を討伐した後、この世界に待ち受ける運命を知っている。ロベリアに待ち受ける悪夢を知っている。
――最悪の、バッドエンドを知っている。
――ゲームをクリアするには、ロベリアの死が必要なのだと。
故にこそ、俺は縛りプレイなんてものを行っていたのだから。
光明が、見えた気がした。俺がこの世界に喚ばれた意味を、今更ながらに理解する。
ならば、俺がするべきことは大きく三つ。
一つ目は、魔王を討伐せんとする勇者パーティーの妨害。
二つ目は、俺が魔王討伐直前までのメインストーリーをクリアすること。
そして、最大の問題たる三つ目は――ロベリアを、俺に惚れさせること、だ。
は――なんだ、簡単なことじゃないか。
さあ、運命の歯車を回そう。勝利の車輪を漕ぎ出し行こう。
バッドエンドを覆して。そして世界を守ろう。俺にしか出来ない方法で。
この縛りプレイで――きっと君を、救ってみせる。
突如立ち上がった俺をきょとんと見つめるロベリアを見下ろしながら、そう心に誓ったのだった。