第13話 廃人無双
ギルドの裏手にある修練場は体育館ほどの広さがあった。
基本的に街の中は戦闘が発生しないリミットエリアとなっているが、ここは例外地区。ノーリミットエリアだ。
というわけで、俺は羽織っていた外套を躊躇なく脱ぎ捨てる。
「さあ、ではルールを説明しようか。全員とやり合っていては日が暮れてしまうので、手っ取り早くいこう。そうだな……先に攻撃を当てた方の勝ち、でどうだろうか。一発喰らえば即退場だ。スムーズだろう?」
俺はニヤリと笑った。
俺が余裕綽々なのが気に入らない連中が同意を示す。
「ああ、それでいいぜ。一発ぶちかましてやる」
「一発当てれば五百万かぁ。いいねえ、撤回はなしにしてくれよ!」
「よっぽど自信があるらしいわね。ただの馬鹿かそれとも本物か……それにしても、何で裸なのかしら」
よしよし。そうでなければ本当に日が暮れてしまいかねないからな。
防御してダメージを無効化した場合はセーフ、またダメージが直接発生しない魔法もカウント外となる、というルールを付け加えておく。
後ろで遠い目をしていたロベリアがボソリと呟いた。
「わぁ、理に適っているようですっごく自分有利なルールですねー」
なんだかロベリアの発言からトゲを感じるが、まあいい。
俺はさっさと勝負を始めるべく、挑戦者たちに向き直る。
すると、彼らはどうやら誰が一番手かを決めるのに揉めているようだった。俺はわざとらしく大きな溜息を吐く。
「おい、何をしている。順番など決める必要はない、全員同時にかかって来い。それくらいのハンデはくれてやる」
空気が変わった。見え見えの挑発だが、彼らのプライドを傷つけるには十分だったのだろう。
後方でロベリアが「だいたいこうなるって分かってました」とボヤいているが無視。
彼らは怒気を露わにしてそれぞれ武器を構えた。
「上等だ! あとで吠え面かいても後悔すんなよ!」
「てめえ、舐めてんじゃねえぞ……!」
開始の合図もなく合戦の狼煙が上がる。真っ先に動いたのはフードのアサシン。次いで斧を構えた戦士。
アサシンはこちらに真っ直ぐ突っ込んでくる。だが、それを愚直と笑うことはしない。
そもそもアサシンが正面から来るわけがないのだ。その証明とばかりにアサシンの姿が突如として掻き消える。
アサシンのスキル、«裏走り»。相手の背後に回り込むスキルである。
俺はほぼ勘だけで後ろ回し蹴りを放った。
「はい、一人目」
「が、ふ――!?」
見事にアサシンの側頭部にヒット。タネが分かっていれば後はタイミングだけ、対処は簡単なスキルだ。
吹き飛ぶアサシンは意識から外し、レンジャーの放った矢を上体を捻って回避。
次いで側面から振り下ろされた戦士の斧を«パリィ»のスキルで弾く。無論ダメージは発生しない。
体勢の崩れた戦士の鳩尾に拳を叩き込む。くの字に折れた体にタックルをかまし、戦士を盾にして側面に回り込んでいたウォーロックに肉迫。
戦士を蹴り飛ばし、魔法を唱えようとしていたウォーロックに激突させる。
「これで三人。そらどうした、こんなものか?」
嗤いながら疾走、行く手を阻むはアルケミストの創造したゴーレム。
見た目に似合わず素早い動きで、振り下ろすように右の拳を放ってくる。俺は跳躍して回避すると、ゴーレムの頭を踏み台にして再度跳躍した。
ゴーレムの背後にいたアルケミストに飛び蹴りをお見舞いする。着地と同時に«瞬速»でソーサラーの撃った水弾をやり過ごす。
「おいおいおい、なんなんだよあの動きは! あれ本当に人間か!?」
「斧を素手で弾きやがったぞ……こいつは、冗談じゃなく全員でやる必要がありそうだ」
挑戦者たちは俺に対する警戒度を引き上げたようだ。連携しながら俺を取り囲むように散開する。
そうだ、それでいい。そうこなくては面白くない。
俺は両手を広げながら大いに哄笑する。
「さあ、五百万は目の前だぞ! もっと、もっとだ、おかわりを寄越せ! はははははははははははははははははははは!」
「……ヴィンデンさん、目的を見失ってません? 勧誘に来たんですよね?」
俺は冷静なロベリアの一言を聞こえなかったことにしつつ、冒険者たちの群れへと突っ込んでいくのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数分後。修練場は死屍累々の四文字が似合う有様になっていた。
結局挑んできた連中、合計二十六人をノックアウトしたのだ。正に無双というやつである。
力なく項垂れた挑戦者たちの呻きが聞こえてくる。
「ありえない……なんなの……全然射線通らないし、通ったと思ったら撃った矢をキャッチされて投げ返されるし……」
「拙者、刀を当たり前のように白刃取りされたでござるよ……」
「なあ、何で幻術全部無視して本体だけ的確に狙ってくんの? どういう理屈よそれ」
「俺、ちょっとファフニールに同情しそう」
……少々やり過ぎたか。興が乗りすぎたかもしれない。
とはいえこれで俺の実力を疑う者はいなくなっただろう。強引だったが最終的にはこれが一番手っ取り早いのだ。
俺がギルドマスターとなる以上は、それ相応の実績と態度が求められる。
自分が人の上に立つ器だとは毛ほども思っていないが、必要とあらばそう振る舞わざるを得ない。
生憎とゲーム時代はギルドに所属していたことはあるが、ギルマスをやった経験はなかった。これからは手探り状態でやっていかねば。
と、思考にふけっていると、修練場に新たな人影が現れた。
「……ギルドに向かったってメッセージを受け取ったから来てみれば……これ、一体どういう状況なのかしら」
ローザ・ネグノワールだった。女神も羨む美貌に周囲の視線が一斉に集まる。
「やあローザ。丁度いいところに来た。君も我がギルドに加わって欲しい」
「ギルドに? ええ、もちろん構わないわ。私はあなたの望むことなら何でもする。あなたに尽くすことが、今の私の生ける目的だもの」
そう言ってこちらにすり寄ってくるローザ。ふわりとまた薔薇の香りが漂い、俺は思わず顔を背けた。
おかしい、ゲーム時代、彼女はこんなキャラではなかったはずだ。もっとクールで冷めた目をしていたはずだ。
ミザリィを救ったことで、妹に費やしていた愛情と献身が行き場をなくし、代わりに俺に対して注がれてるのか。
黒薔薇の花言葉は『一途な愛』。
こんな美少女に想われるというのはそれはもう光栄なことなのだが、いかんせん困る。
あまりにも耐性がなくて、困る。
ロベリアに対してもそうだったが、俺はどうやらこういった沙汰にとことん弱いらしい。
ええい、我ながら女々しいにも程がある。俺は精一杯の虚勢を張り、なんでもないように振る舞うことにした。
「……随分仲がよろしいですねぇ、お二人とも。私のこと、忘れてませんか?」
と、ロベリアが引きつった笑みを浮かべる。
まずい、これは非常にまずい。
反射神経と状況判断だけは絶対に自信のある俺でも、どうしていいのか本気で分からない。
「あら、いいじゃない。シスター・ロベリアとヴィンデンは恋人ではないのでしょう?」
「ええそうですとも! でも目の前でイチャつかれるとイラっとくるので! あと私のことはロベリアで結構です!」
「……そ、そう。ロベリア、あなた結構面白いわね、それにとっても可愛いわ」
「えっ、いやそんな、ローザさんみたいな美人に褒めてもらえるのは嬉しいですけど……」
仲悪いのか良いのかどっちなんだ君ら。
とにかく、このままでは収拾がつかない。多少強引にでも話を纏めさせてもらう。
「ともかく、これで入団試験は終了。我がギルド、«インバーサス»に所属したい者は集まって欲しい」
俺が声をかけると、数名が立ち上がりこちらへ歩み寄ってくる。
合計七名。既にギルドに所属していて、金目当てで挑んできた者のことを考えればまあまあの数だろう。
俺とロベリア、ローザを合わせれば十人だ。新設ギルドとしては悪くない。
ギルドメンバーの顔ぶれを見渡した。アサシン、ウォーロック、戦士、踊り子、奇術師、レンジャー、アルケミスト。
どちらかというと特殊なクラスが多いようだ。要するに、変人が多いということだろう。
「よお大将、あんたについていけば面白いことになりそうだ、よろしく頼むぜ」
と、フードのアサシンが片手を挙げてながら言った。
他の面々ともそれぞれ挨拶を交わす。癖の強そうなメンバーだが、その方が面白くなりそうだ。
「さて、ギルドの基本方針だが……自由だ。何をしてくれても構わない。クエストをこなすもよし、装備の収集に励むもよし。ギルドの金庫には適当に金を突っ込んでおくので、そこから一定額は好きに使ってくれ。ただし、戦力が必要な時は集合をかける。その時に後悔しないよう、しっかり己を鍛えておいて欲しい」
そう言うと、七人は互いに顔を見合わせた。最後の脅しが少し効いたようだ。
すると、ロベリアが耳元で囁く。
「あの、いいんですか、こんな適当で。もっとしっかり方針や条件を決めておいた方が……」
「いや、今回はこれでいい。そのうち彼らは嫌でも気付くさ。自分たちがとんでもないギルドに所属してしまったことをな。そうなれば、もう自堕落ではいられない」
俺は確信とともに笑みを浮かべた。
ローザの一件でやるべきことは明確になった。さあ、次の展開へと駒を進めるとしよう。




