第12話 ギルド≪インバーサス≫
翌日。万能球体が映し出す青空の下、俺たちは冒険者ギルドを目指していた。
ゲームでは冒険者ギルドはクエストの斡旋と、プレイヤーが創設したギルドの管理を行うための場所であった。
ここでもそれは同じだ。
今回用があるのは、プレイヤーギルドの方である。
俺は先日、ギルドの登録に向かった際にプレイヤーギルドも創設しておいた。その人員を募集しようと思っているわけだ。
俺にはある懸念があった。あのファフニールのように敵のモンスターすらも自我を持っているとすれば、思わぬところで強敵と遭遇してしまう可能性もあるわけだ。
大抵の敵ならば俺一人でどうにか出来る自信はあるし、ロベリアとローザ、あと一人仲間がいればメインストーリーの敵は攻略出来るだろう。
危惧しているのは、通常の四人パーティーでは到底太刀打ちできないような存在。
即ち――レイドボスだ。
≪インバーサス・オンライン≫のメインストーリーは、基本的にソロでクリア可能となっている。
それというのも、フルダイブ型VRMMORPGの弊害とでもいうべき問題が関係している。
VRが普及していなかった時代、MMORPGのコミュニケーションはテキスト、あるいはボイスチャットによるものが主流だったという。
しかし、フルダイブ型のVRゲームでは話が変わってくる。コミュニケーションはフェイストゥフェイス――顔を突き合わせて直接喋る、という形式なわけだ。
それは要するに、現実世界とほとんど変わらないのである。
アバターの姿を借りているとはいえ、文字や声のみと比べると圧倒的に情報量が違う。結局、リアルでコミュニケーションを取るのが苦手な人間はVRゲーム内でもコミュニケーションが取り辛いのだ。
そのため、初期のフルダイブ型VRMMORPGはソロ専門のプレイヤーが大量に発生するという事態に陥っていた。
≪インバーサス・オンライン≫はその問題を逆手にとったゲームだと言える。
ソロプレイヤー向けのコンテンツを充実させたのだ。それがメインストーリーであり、パーティー加入可能なNPCが豊富なのもそうだ。
もっとも、評価されたのは主に高いアクション性によるPvPコンテンツだったのだが、それは置いておこう。
そんな事情もあって、≪インバーサス・オンライン≫のメインストーリーはソロに優しい仕様となっているわけだ。
しかし、MMORPGらしい要素も当然ながら存在する。それが、ギルド単位で挑むレイドボス。
一つのギルドには三十人まで加入可能だ。つまりレイドボスは、三十人がかりでようやく戦える敵だということ。
メインストーリーを進める上ではレイドボスと戦う必要はない。しかし、もし何らかの理由で戦闘が避けられない状況となってしまったら。
その事態を想定して、今からギルドの人員を増やそうというのが今回の狙いだ。
俺とロベリアは冒険者ギルドの戸を開けた。
一階がクエストやギルドの管理運営を行うための受付となっており、二階は酒場となっている。
酒場からは一階を見下ろすことが出来るような構造になっているため、頭上から視線が降り注ぐ。
が、すぐに興味を失ったように視線は外れた。
ボロい外套に、まともな装備も持っていない俺のことを弱小だと判断してのことだろう。
今度はロベリアに視線が集中する。こちらは中々外れない。まあ、彼女は美少女だし、上位神官だからな。
不釣り合いな組み合わせだとでも思っているのだろう、二階からこちらを見やる冒険者たちの瞳には疑問が浮かんでいる。
さて、勧誘するといっても闇雲に声をかければいいというものでもない。
重要なのはパフォーマンスと演出だ。
「ヴィンデンさん、どうするんですか? 私、なんだか注目されてるみたいでしたが……」
「君は可愛いからな。ロベリア目当ての輩ばかりにならないよう気をつけないといけないな」
「も、もう! 真面目に答えて下さい!」
俺は受付の正面に立つと、わざとらしくない程度に声を響かせる。
「焔竜ファフニールの討伐依頼を達成した。確認願いたい」
「は、い――?」
受付嬢は接客用の笑顔を貼り付けたまま凍りついた。
周囲も同様だ。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
俺は充分に注目が集まったのを確認すると、ゆっくりとアイテムポーチからそれを取り出した。
竜の鱗と爪、牙、そして欠けた竜角の破片。ファフニールのドロップアイテムだ。
俺はそれらを受付のテーブルに乱雑に並べる。
受付嬢は目を白黒させていたが、プロ根性を取り戻したのか興奮気味に鑑定魔法を発動させる。
冒険者のみならず、ギルドの職員までもがその光景を固唾を呑んで見守っていた。
鑑定を終えた受付嬢は、信じられないとばかりに声を上げた。
「す、全て本物……です。と、討伐対象の確認を完了しました……焔竜ファフニールの討伐、おめでとうございます。こ、こちらが達成報酬となります」
受付嬢が小切手をこちらに手渡してくる。記されていた額は、実に五百万。
……この世界の経済ってどうなってるんだろうな。モンスターが金をドロップする世界だ、真面目に考察しても仕方あるまい。
俺が小切手を受け取ると、驚愕と動揺が周囲に広がっていく。
「お、おいマジかよ……ファフニールを倒したってのか?」
「上位竜だぞ? ありえねぇだろ……何者だあいつ」
「焔竜はレベル七十って話だったよな。じゃあ、あいつらはそれ以上ってことなのか……?」
心地いいざわめきだ。だが、まだまだ畳み掛ける。
俺は大金の記された小切手をヒラヒラと振ると、二階の冒険者たちに向かってニヤリと笑う。
「今日この場に居合わせた諸君らは運がいい! 今日は俺の奢りだ、好きなだけ飲んで騒げ!」
一瞬、彼らは何を言われたのか理解出来ない様子だったが、次の瞬間には歓声を上げていた。
「おいおいマジか、太っ腹だな兄ちゃん!」
「ははは、ありがたく乗っからせてもらうとするぜ。おーい、ありったけの酒持って来い!」
よしよし、効果は抜群のようだな。
いきなりギルドに勧誘するよりも、器の広く豪快なところを見せておいた方が後々やりやすくなる。
気が付くと、ロベリアが袖をくいくいと引っ張っていた。
「あの、ヴィンデンさん。良かったんですか? ギルドの管理運営には結構お金がかかるのでは……」
「いいさ。金よりもまず人員がいなければ始まらん。さて、ここからが本番だぞ」
「……私、なんとなくこの後の流れが読めちゃったんですが」
「君が俺に対する理解を深めてくれたようでなによりだよ」
俺はワイワイと騒ぐ冒険者たちに向き直った。
ファフニールの話を聞くべく二階から降りてくる連中もいる。タイミングとしては頃合いか。
「この場に居合わせた幸運なる諸君にさらなる朗報だ。我がギルド――«インバーサス»は勇敢なる人材を求めている! 我こそはと思う者は、是非我もとに集っていただきたい!」
俺が声を張り上げると、冒険者たちはそれぞれ顔を見合わせた。
「お、おいどうする。お前行ってみろよ」
「俺はわりと興味あるぜ。あの兄ちゃんは胡散臭いが、横の嬢ちゃんはえらく美人だしなぁ」
「結構面白そうじゃない? 金払いも良さそうだし、悪くないかも……」
よしよし、そこそこの効果はあったようだ。
やがて数名が俺とロベリアの前に並ぶ。その内の一人、アサシンであろうフードの男が問う。
「あのう、一ついいでしょうか。ヴィンデンさん、とおっしゃいましたよね。見たところロクな装備を纏っていないようですが……もしやファフニールとの激戦で壊れてしまったとか?」
「いいや、ファフニールは素手で殴り倒した。防具も不要だから着けていない。それだけだが?」
俺が答えると、周囲の空気が一変する。竜を屠った英雄から、一転して詐欺師にジョブチェンジしたような風情である。
「素手で竜を倒したぁ……? いやいや、冗談にしても笑えねえだろ」
「どうにもきな臭くなってきたわね。そんな馬鹿げた話あるわけないし、偶然空から竜のドロップアイテムが降ってきたって方がまだ信じられるわよ」
まあ、この反応は想定内だ。最初から信用してもらえるとは思っていない。
空気を察して、ロベリアが後方から耳打ちしてくる。
「ヴィ、ヴィンデンさん……! それはもちろん事実ですけど、信じてくれる人なんていませんよ……!」
「そうだろうな。口ではなんとでも言える。真に重要なのは行いで示すことだ」
俺は一歩前に出ると、不敵な笑みを浮かべてやる。
結局、言葉で信用を勝ち取れないなら、実力をその身に刻んでやるまで。
「諸君らが信じられないのも無理はない。ではこうしよう、今からギルドの入団試験も兼ねた模擬戦を行う。俺の言葉が真実がどうか、存分に確かめてくれて構わない。もし俺に勝てたなら、この小切手もくれてやろうじゃないか」
俺は再度小切手をチラつかせながら挑発してやる。
五百万はこの世界でも大金だ。冒険者たちの目の色が変わった。冒険者ギルドを異様な熱気が支配する。
俺の後方で、ロベリアが頭を抱えていた。
「やっぱりこうなるんですかー! もうだいたい読めてましたけどぉ! どうしてこう、いちいちやることが滅茶苦茶なんですかあなたは!」
ロベリアの怨嗟の声を背後に、俺と挑戦者たちはギルドの裏手にある修練場へと向かったのだった。




