第11話 魔女の返礼/疑惑と過去
しばらくして目を覚ましたミザリィは、事情を聞くとあんぐりと大口を開けた。
「お姉ちゃんが禁忌の地に行って、ヴィンデンさんがファフニールを倒して、病気が治ったと思ったら今度は魔王の呪いで……?」
まあ、困惑するのも無理はない。
本来であればもっと長い時間をかけてこの展開に行き着くのだ。
それを三段飛ばしほどの勢いで駆け抜けたのだから、彼女が目を回すのは当然。
「あの、私なんかのために、そこまで危険なことを……それに、とても貴重なアイテムまで使ってしまわれたとか。なんとお礼していいものか……」
「いいや、気にする必要はない。俺はただ、君のお姉さんの気を引きたかっただけさ」
だから、本当に気にする必要などないのだ。そもそも、魔力結晶なんて俺が持っていても無用の長物だしな。
ミザリィは俺の言葉にくすりと笑った。
病と呪いが去ったとはいえ、彼女はずっと寝たきりの状態だった。自力で起き上がるにはそれなりのリハビリが必要だろう。
だがローザを俺たちの仲間にしてしまえば、彼女は妹を傍で支えてやることが出来なくなる。
ようやく元気になった妹との貴重な時間を奪ってしまうことになるわけだ。
ミザリィが恐縮することなど一つもない。むしろ、俺は残酷なことをしているとさえ思う。
それでもローザは世界を救うため、そしてロベリアを救うためには必要不可欠な人材。
彼女たちには悪いが、それを曲げることは出来ない。
「君の姉を奪っていく、嫌な男だと思ってくれていいんだぞ」
「いいえ、そんなことは決して。むしろ、姉を奪って行ってくれる男性が現れて良かったです。姉はこの通り私に尽くしてくれて、心苦しく思っていましたから……」
ミザリィはそう言って、自分を抱きしめたまま離さないローザに苦笑する。
ローザはもう先程からずっとこの調子だった。凛としたクールな黒魔女はどこへやら、今ここにいるのは単なるシスコンである。
俺は彼女の献身を知っている。なればこそ、茶化す気にはなれなかった。
ロベリアは複雑そうな顔で言う。
「その、ローザさんは構わないのですか? 妹さんと離れ離れになってしまっても」
「……まあ、それは寂しいわよ。不安だとも思ってる。でも私が禁域に入ったことはすぐに露見するわ。そうなればどの道研究所にはいられなくなる。私の居場所はもう、ここにはないの。まあ、別に今生の別れってわけでもないでしょう」
そう言って、ローザはミザリィを愛おしげに撫でると、そっと彼女から離れた。
そして、俺に向き直るとこちらをじっと見つめる。
「本当にありがとう。何度でも礼を言わせてもらうわ。妹を助けられたのはあなた達のおかげ。ローザ・ネグノワールの名にかけて、あなた達にこの恩を返すと誓うわ」
「ああ、これからよろしく、ローザ。しかし、君にも色々と準備があるだろう。それはまではこの街の『黒山羊と超越者』という宿屋にいるから、声を掛けにきてくれ」
「ええ、分かった。ところで一ついいかしら? あなたとシスター・ロベリアは恋人同士なの?」
唐突な爆弾発言。間髪入れず反論したのは赤面したロベリアだった。
「ち、ちち違います違います! わ、私たちそんな関係じゃありませんから!」
いや、そこまで否定しなくてもいいんじゃないか……?
などと落ち込んでいると、ローザがこちらに急接近。ふわりと薔薇のような高貴な香りが鼻孔をつく。
ほとんど密着するような距離。大きく胸元の開いた黒のドレスから程よい大きさの谷間が覗く。
「――じゃあ、これはせめてものお礼よ。黙って受け取りなさい」
そう言ってローザは少し背伸びをした。
潤んだ瞳が閉じられ、そして――唇が、触れ合う。
キスされたのだと理解するのに、数瞬の時を要した。つまり、それほどの衝撃だったのだ。
「あー! あー!」
ロベリアがこちらを指さして騒いでいる。
ミザリィは頬を赤らめて、きゃあきゃあ、とはしゃいでいる。
そういえば、«インバーサス・オンライン»でこういうセクハラ行為をNPCにしようとすると警告されるのだったなぁ。
下手すると一発でアカウント削除案件である。
一般向けのフルダイブ型VRゲームはこの手のプロテクトがガチガチに固めてあって、NPCたちは強固に守られていたものだ。
それがこうしてお咎め無しどころか、向こうからキスしてくれるというのだから、この世界に来た甲斐もあったな。
つい、そんな下らない現実逃避に思考を伸ばしてしまう俺であった。
……要するに、照れ隠しである。
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アルドラシルの街に夜が訪れる。昨日の喧騒とは打って変わって、静かな夜だ。
流石の俺もファフニールとの戦闘とミザリィの一件で疲れ果てていた。
宿屋の一室、硬いベッドの上で天井を仰ぎ見る。心地よい疲労だった。
今回は非常に大きな収穫を得ることが出来た。いや、キスのことではなく。
『黒魔女の献身』の結末を、変えることが出来た。運命を捻じ曲げ、ミザリィの死を回避した。
俺の決意と行いが、無駄ではなかったと証明されたわけだ。
あるいは、シナリオの修正力とでも言うべき因果によってミザリィに別の死が訪れるのかもしれない、とも考えていた。
彼女の死が物語上決定されていて、何をどうやっても回避出来ない、という可能性。しかしそれは杞憂だったようだ。
もしそんな力が働くのならファフニールを倒せたという事実と矛盾する。焔竜との初戦闘は絶対に『強制敗北』となるのだから。
つまり、ストーリーの流れは変えることが出来る。そして、そこに待ち受ける死の運命も、回避することが出来る。
それさえ分かればあとは単純。この物語のラスト、バッドエンドも変えてやるだけだ。
だが、魔王の元に向かうにはまだまだ準備が必要となる。
この先、ストーリーの流れを変え続ければ、俺の知らないような展開が巻き起こってしまう恐れもある。
不測の事態に対応するには、それなりの戦力が必要だ。要するに頭数を揃えなければならない。
明日の予定を決めたはいいが、どうにも眠気はやってこなかった。
俺は起き上がると、隣の部屋へと向かう。ロベリアのいる部屋だ。
夜中に女性の部屋を訪れるというのはどうにも緊張するが、そうも言ってはいられない。話しておきたいこともある。
「ロベリア、今いいか?」
「……はい、ヴィンデンさんですか? ちょ、ちょっと待ってて下さいね」
ノックすると慌てたような応答があった。
まあ、女性には色々と準備というものがある。数分待つと、どうぞ、と声がかかった。
木製の安っぽい扉を開けると、ロベリアが出迎える。
その目尻は赤らんでいた。
「……泣いてたのか?」
「えっ!? い、いやですねぇ、泣いてなんていませんよ。泣くような理由だってないですし……」
そう言って誤魔化したように笑うロベリア。
俺はピンとくるものがあった。恐らく、ミザリィにかかっていた魔王の呪い。あれが原因だろう。
――父親のことを、思い出していたのか。
それは声には出さず、胸に秘めておく。彼女の悲しき過去には、まだ触れるべき時ではない。
俺は見なかったことにした。彼女も、そうあることを望んでいた。
「それで、なんのご用でしょう。ちょっかいをかけに行くなら、私ではなくローザさんの方がいいんじゃないですか?」
そう言って唇を三日月に歪めるロベリア。おい、目が笑ってないぞ。
「その話はよしてくれ、今思い出してもちょっと恥ずかしい」
「……ヴィンデンさん、意外と初心なんですね。裸は恥ずかしくないくせに」
「裸は俺の正装だからな。それに、この美しい肉体美に恥ずべきところなどない」
「……やっぱり変態ですね」
ロベリアは呆れたように溜息を吐いた。
「別に用というほどのものでもないんだが。今日のことで、色々とお礼を言っておきたくてね。君の助けがなくてはローザとミザリィは救えなかった」
「いえ、それこそ私が礼を言われるようなことは。全てはあなたの力によるものです。それに、«四輝将»の手助けをするのが私の役目。当然ことをしたまでです」
彼女はそう言うと、ぎゅっと唇を噛み締めた。
何かを決心した様子。俺は黙ってその口を開くのを待っていた。
「私から聞きたいことがあります。ヴィンデンさん――あなたは、何者なんですか?」
その響きは、ひどく鋭い刃物を連想させた。
瑠璃色の瞳が俺を射抜く。真実を見極めようという瞳だった。
「«四輝将»の方々はこの世界のことを、ある程度ご存知だとは聞いています。だからパレードのことやローザさんのことを知っていてもおかしくはありません。でも――あの魔力結晶は、一体いつ、どこで手に入れたのですか? なぜ、それが必要になると知っていたのですか?」
そうくるとは思っていた。あれはあまりにも、都合のいい展開だったろうからな。
この世界の知識があるのなら、行事や重要人物のことを知っているのはそれほどおかしいことではない。
だが、ミザリィが魔王の呪いに侵されていて、それを解呪するのに必要なアイテムを事前に準備しているともなれば話は別。
「あなたは、未来を見ることが出来るのですか? そうだとすれば、敵の攻撃を全て回避出来るのにも納得がいきます」
ロベリアの視線に宿った感情は複雑怪奇で、俺には読み取れない。
俺は観念したように肩をすくめた。
「いいや、未来など見れはしないさ。俺は知っているだけだ。要は二週目なんだよ。そうだな……俺はかつて、この世界によく似た世界で、同じような冒険の旅をしていたことがある」
「……そう、でしたか。では、ヴィンデンさんはどこまでご存知なのですか?」
「俺はかつて魔王城の門番に挑み、そして敗れた。だから、俺が知っているのはそこまでだ」
――俺は、嘘をついた。
俺は既に«インバーサス・オンライン»をクリアしている。当然、魔王を討伐したこともある。
だが、あれは俺にとって敗北だった。少なくとも、勝利と呼べるようなものではなかった。
――そして、ロベリアは死んだ。
そのことについて話す訳にはいかない。彼女のためにも。
あんな結末は、ここではもう繰り返さないと決めたのだから。
「ヴィンデンさんが――敗れた? それは、本当なんですか?」
「本当だとも。俺とて無敵ではないぞ。ああ、さっき俺は何者なのかと問うたな。それに答えよう。俺は何者でもない――強いて言うなら、君の味方だよ、ロベリア。それだけは保証する」
「……はい。ありがとう、ございます」
照れくさそうに笑うロベリアを見て、俺はさらなる決意を固めた。
必ず、彼女を救ってみせると。




