第9話 されど廃人は竜と踊る
焔竜ファフニール――実に七十レベルのモンスターだ。
『黒魔女の献身』がNPC加入のために必要なクエストであることを思えば、異質なほどの強さ。
が、それもある意味当然と言えるだろう。
これはいわゆるイベント戦闘――負けイベントだ。
本来であればファフニールに襲われサエーナの葉は入手出来ず、そこから逃亡する流れとなる。
たとえ戦闘に勝利しようと、RPGではお約束の『強制敗北展開』になってしまう。
だが、ここはもうゲームではない。ファフニールを倒すことが出来れば、クエストの流れを変えられるはず。
バッドエンドを覆す。そのためには、お前が邪魔だトカゲ野郎。
ファフニールが咆哮。大地を揺るがすほどの物理的な重圧すら伴ったそれは、聞くものすべてを畏怖させるに相応しい。
俺は焔竜へと疾駆。生憎だが、俺は畏れなど抱かない。
二足をもって直立する竜のやや前方に立つ。右腕の薙ぎ払いをバックステップで回避、追撃の振り下ろしも横跳びで難なく躱す。
位置取りを変えず一定の距離を保ち続ける。ファフニールは焦れたように大口を開け、その顎で噛み砕かんと迫る。
――それを待っていた。
ギリギリのところで跳躍し、死の一撃を回避。と同時に頭に飛び乗り、ファフニールの角を殴りつける。
そして素早く離脱。ファフニールは忌々しそうにこちらを睨みつけている。
そう、その角こそお前の弱点。それを、当然俺は知っているわけだ。
ファフニールとはローザのサブイベントを進めることで再度戦うこととなるが、ファフニール戦にはあるギミックが存在する。
それが奴の角だ。設定資料集によれば、竜の角は魔力の集積装置としての機能を有するという。
つまり、ファフニールの力の源はそこにあるわけだ。
二度目のファフニール戦では、角に攻撃を数回当てることで部位破壊を行うことが出来、奴に大ダメージを与えると同時に弱体化を図ることが可能となる。
恐らくこの世界でも同じことが起こるはず。俺がこの戦闘で為すべきことは奴の膨大なヒットポイントをチマチマ削ることではない。
あの角をへし折る。俺がするべきことはただそれだけ。
俺は再び奴の前方に位置取る。ゲーム世界であれば、モンスターの行動パターンはある程度決まっていた。
故にこの位置で待っていれば、いずれはまた噛み付き攻撃を行い弱点を晒すはずだった。
しかし、ファフニールは警戒したようにこちらを見据たかと思うと、大きく翼を広げ飛び上がろうとする。
「ちっ――やはりそう甘くはないか!」
半ば予想していたことだったが、この世界においてはモンスターといえども自我と自立した思考を持っているらしい。
オーガはこちらの奇策に対応出来ていなかった。しかしあれは低級のモンスターだし、設定的に知能も高くないだろう。
だが竜となれば話は違う。竜は長寿でなおかつ高い知能を持っている。であれば、ゲーム通りの行動を取るとは限らない。
「ロベリア、拘束しろ!」
「はい、ヴィンデンさん!」
俺は素早くロベリアに指示を出した。彼女もすぐさまそれに応える。
ファフニールがセオリー通りに倒せない可能性は考慮していた。だからここへ来る道すがら、ロベリアには作戦を伝達済みだ。
上位の神官による拘束魔法が発動。高い魔法抵抗力を有する竜といえど、飛行を開始する直前の隙を突かれれば容易く罠にかかる。
焔竜の目に浮かぶ僅かな驚愕。翼を拘束されては飛行は不可能だ。
大空を舞わんとしていたファフニールが失墜。あっけなく地に伏せる。
「情けない様だなファフニール。人間風情に見下される気分はどうだ?」
俺は頭部に飛び乗ると、角に向かって拳を連続で振るう。
明らかな手応え。ゲームにおける『部位破壊可能』という性質が反映されているのか、ダメージ量ではなく攻撃回数さえ達成出来れば角を折ることは可能だろう。
が、それをただで許すほどファフニールは脆弱ではなかった。
奴は再度咆哮。強力な魔力干渉が生じ、拘束魔法がディスペルされる。竜の咆哮は魔法すら無効化するのだ。
俺は立ち上がりつつあるファフニールの背を駆ける。振り落とされる前に跳躍。
「ロベリア、足場だ!」
「既に!」
よし、流石だ。彼女はとても察しが良い。
ロベリアが展開したのは防壁魔法。それを空中に、それも地面と平行に設置することによって簡易的な足場とする。
そしてさらに跳躍。奴の後方から不意を打つ形となる。
地を這う人が突如として自らと同じ目線に立ったのは予想外だっただろう。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺は振り返る奴と交差するようにして、角に拳の一撃を振るう。
竜角に大きなヒビが入った。あと一発食らわせられれば俺の勝ちだ。
ロベリアが階段状に防壁魔法を展開。素早く跳躍を繰り返し、危なげなく地面に着地。
ファフニールはこちらを射殺すように睨みつけながら低く唸りを上げた。
たかが人間にここまで追い詰められるのは初めてだろうな。逃亡を選択しないのは、竜の誇りと矜持ゆえか。
ファフニールは低く跳躍し後方へと下がる。空を飛ばないのは拘束魔法を警戒してのことだろう。
「……来るか」
焔竜は着地と同時に四足の体勢へ。同時に、竜角が真紅の光を灯す。
竜が持ちうる最大火力――ブレスだ。
大きく鎌首を持ち上げるファフニール。口腔から放たれるは死の光線。全てを灰燼に帰す破局の一撃だ。
――俺はそのブレスに、真正面から突っ込んだ。
迫りくる真紅の熱線。灼熱の吐息はこのちっぽけな我が身を跡形もなく消し飛ばすだろう。
だが、それでも俺は前に出る。ああ、たまらない――最高のスリルだ。
「――«瞬速»」
俺はスキルを発動。近接職が取得可能なこのスキルは、文字通り瞬間的に加速し移動するもの。
しかし、真に重要なのはその速度ではない。このスキルに設定された一瞬の無敵時間、それこそが真骨頂。
この世界においても、無敵時間がそのまま適用されるのは確認済みだ。後は、タイミングを合わせるだけ。
楽勝だ。
故に、必滅のブレスは空を切る。フレーム回避に成功した俺は、竜の眼前へと躍り出た。
ファフニールの瞳に恐怖が浮かぶ。まさかブレスを正面から乗り越えてくる者がいるとは想定してなかったはずだ。
地上でブレスを打つためには、反動を抑えるため四足姿勢を取らざるを得ない。
つまり当然、頭部の位置は低くなり、その弱点を晒す羽目になるわけだ。
再度ブレスを撃つべく魔力を集中させるファフニール。だがそれはあまりにも遅すぎる。
「砕けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は竜角目掛けて拳を振り抜いた。ガラスが砕けるような音と共に、ついにそれは折れた。
竜の絶叫。弱点を砕かれた奴のヒットポイントが大きく減少する。残るはおよそ二割といったところ。
奴の頭部を蹴り、部位破壊に成功した角を空中で確保する。
その瞬間、俺の全身を悪寒が駆け抜けた。
角をへし折られ、苦痛に叫喚していたはずのファフニールが、その大口をこちらへと向けている。
偉大なるは竜の叡智か。二発目のブレスはフェイント。こちらが角を狙っていることを知って、あえてそれを囮にした。
自らの弱点を削られてもなお、俺を確殺することを選んだのだ。
であればこれは決死の一撃。ファフニールはそれだけの覚悟をもって俺を仕留めんとする。
竜の牙は、空中で身動きの取れない俺を狙い違わず噛み砕いた――
「あ……し、死んだ……死んでしまったわよ、あの人!」
「いいえ、よく見て下さい。素晴らしい――あなたの勝ちです、ヴィンデンさん」
――と、思ったか?
俺はあるスキルを発動し、必然だったはずの死を回避した。
使用したスキルの名は«空蝉の術»という。
これは当然、戦士職のスキルではない。俺が昨日取得したサブクラス――『忍者』の代表的な回避スキルである。
そう、俺はこの事態を想定してサブクラスを取得していたのだ。
空蝉の術は、所持しているアイテムを自身の身代わりに消費することで敵の攻撃を自動回避するスキルだ。
今回、俺が身代わりに選んだのは――部位破壊したファフニールの角。
「そら、返すぞファフニール。よく噛んで味わえ、それが敗北の味だ」
フェイントだったとはいえ、ファフニールがブレスの二発目を撃つべく魔力を展開していたのは事実。
膨大な魔力渦巻く竜角は、もはやただの爆弾に等しい。
それを俺の代わりに噛み砕けば、どうなるか。
「――――――――――――ッ!?」
竜が声なき苦悶を上げた。口腔内で大爆発が生じ、大量の鮮血が大地を濡らす。
ファフニールはこちらを射殺すように睨みつけた。が、その瞳がグルリと反転。
そのヒットポイントがゼロとなり、巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。
断末魔すら上げることすらなく、ファフニールは光の粒子となって消滅していった。
流石はレベル七十のドラゴンといったところだろうか。途中ヒヤリとさせられたが、保険がうまく効いて助かった。
それに、本来は負けイベントであるはずの敵を撃破出来たという点は非常に大きな収穫だ。
「お疲れ様でしたヴィンデンさん。本当に凄まじい御方ですね……あなたは」
「いや、何を言う。君の助けあってこそだよ。それこそ拘束魔法がなければ空からブレスを撃たれるだけで詰みだった」
駆け寄ってきたロベリアとローザ。その様子からすると、ローザの治療も済んでいるようだ。
黒魔女は未だに信じられないといった表情をありありと浮かべている。
「焔竜を……ファフニールを倒すなんて。あ、あなたち、一体何者なの?」
俺はその問いに、意味深な笑みで返す。
「俺の名はヴィンデン。いずれ世界を救う者。そして――今から君と、君の妹を救う男だよ」




