プロローグ 縛りプレイヤー追放される
「お前、クビな」
いきなり発せられた言葉に、しかし俺は驚愕も動揺もしなかった。
むしろ、ついにこの日が来たか、とも思う。納得はいかないが。
「何故だ?」
俺は目前の勇者に問うた。絶対零度の視線がさらに冷ややかなものになる。
本気で分からないのか、とでも言いたげだった。勇者は憤慨したように声を荒げる。
「お前、戦士だよな? なんでほぼ裸なんだ。伝説の鎧はどうした」
「捨てた。オワタ式こそ最高のスリルと緊張感をもたらしてくれる。防御なんて飾りだ、当たらなければどうということはない」
俺は端的に答えた。勇者は絶句していた。
彼の背後にいた女魔法使いが病気の人を見る目で聞く。
「あの、じゃあ雷神のハンマーは……?」
「捨てた。最強武器で無双なんて単調で飽きる。素手での闘争こそ究極の削り合いだ」
今度は女魔法使いが顔を覆った。手遅れの患者を前にした医者のようだった。
その横にいた女僧侶が半眼でこちらを見やる。呆れと諦観が混ざった絶妙な表情だ。
「……レベルマックスなのに、パラメータ振らないの?」
「最低ステータスクリアにこそ価値がある。レベルを上げて物理で殴れ、ではクソゲーだ」
女僧侶が盛大なため息を吐いた。これ見よがしに。
そして我が盟友たるパーティーメンバーの三人が、一斉に疑問符を口にした。
「「「なんで?」」」
「俺が、縛りプレイヤーだからだ」
何を隠そう、俺はドMだ。
別に縛りプレイヤー全員がマゾヒストだと言うつもりはない。が、困難や窮地を前にしてこそ奮い立つ人間も存在するのである。
最高レベルで、最強装備で、強くてニューゲーム。俺はそれを楽しめる部類の人間ではないのだ。
故にこそ、自分で縛る。アイテム使用禁止、装備は裸に素手、パラメータは割り振らず実質レベルは最低値。
これだ。これこそ縛りプレイヤーたる俺を高ぶらせてくれる環境。自信の培った経験とスキルのみが物を言う、究極の舞台。
しかし、どうやらその崇高な理念は理解されないらしい。おかしい、何故だ。
別にパーティーメンバーにまで縛りプレイを強要したわけではない。他人のプレイスタイルにまで口出しするつもりはないからだ。
だというのに、どうして俺がクビになる。理不尽だ。
「いやいやいや、なんで勇者パーティーに素手で半裸の男が混ざってるんだよおかしいだろ! せめて服着てくれよ!」
「む。それは出来ん。この世界では服にも防御値が設定されているからな。それに、戦闘が発生しないエリアでは着ているだろう」
「そういう問題じゃねえよ! 助けた村人からドン引きされるのはもう懲り懲りなんだよ!」
勇者は半泣きだった。割と本気で。
それに関しては申し訳なく思う。だから渋々戦闘外エリアでは服を着るようにしたのだ。
「その、物理の火力も足りなくなるし、武器も装備してくれたらなぁって……」
女魔法使いが頬を掻きながら言う。
「勇者がいるから問題なかろう。戦士職はタンク寄りだ。ヘイト管理は怠っていないつもりだが?」
実際、後衛職に危険が及ぶ場面はそうそうなかったはず。きっちり自分の仕事は行っていたのだ。
しかし、女僧侶が首を横に振りつつ言った。
「もういいわ。何を言っても平行線みたいだし。この際だからはっきり言ってあげるわ。いい?」
すう、と三人が息を吸う。それは皮肉にも、これまで戦ってきた中で最も完璧な連携だった。
見事に、彼らの声は唱和する。
「「「縛りプレイならソロでやれ!」」」
……ごもっとも。
こうして、俺は勇者パーティーから追放されることと相成った。
いやあ、まあ仕方がない。縛りプレイという奴は、時に理解されないものなのだ。
しかし俺は自分を曲げるつもりは毛頭ない。これを辞めたら、俺は俺でなくなってしまう。
去り際、俺は手持ちの金を全て彼らに渡した。装備もアイテムも必要としない俺には不要だからだ。
その時勇者が発した言葉は、ひどく軽蔑に満ちていた。
「お前、どうしてゲーム気分でいられるんだ? ここはもうゲームの世界じゃない、立派な現実なんだぞ。俺たちが最速で魔王を倒せば、それだけ犠牲になる人が減る。それなのにお前は……!」
俺は、答えなかった。
答えるべきではないと思ったから。
当然分かっている。ここがVRMMORPG«インバーサス・オンライン»に酷似した異世界であることも。俺たちがこの世界に召喚され、魔王討伐の任を与えられたことも。
全て理解した上で、縛りプレイを行うことを選んだのだから。
俺は、独りになった。では、これで旅は終わりなのか。虚しく隠居を選ぶべきか。
いいや、否である。いずれ来る戦いに備えねばならないし、勇者たちとも、必ずまた会うことになるだろう。
勇者の言葉は正しい。世界を救いたいという彼の想いも、信条も、決意も、何一つ間違ってはいない。
だが、それでは駄目なのだ。この«インバーサス・オンライン»では。
この世界においては、正しいことが正解だとは限らないのだから。
俺には――俺だからこそ、一つ断言出来ることがある。
彼らに、この世界は救えない。
故に、俺が追放されたのは必然だったのかもしれない。
ならば、さあ始めよう。世界を救う戦いを。
――俺の縛りプレイは、ここからだ。