~決意と約束~
「シル」
「いきなり過ぎてごめんね。こういう話しをしても信じられないかもしれないけど、本当の話なんだよねー」
「まぁ、シルが嘘をついたりしないのは知ってるつもりだ。シルが色々考えて、俺のことを考えてくれてたのも凄く嬉しい」
「うん。そうだよー。すっごい考えたんだから」
俺の胸にまだ頭を埋めているシル。今、どんな顔をしているだろう。わからない。でも、きっと泣きそうで不安に思っているような気がする。拒絶されるかもしれない。少し震えているシルを見ていれば、なんとなくそんな風に考えているというのが伝わってくる。
「俺がその世界に行ったら何が出来るんだろう?正直さ。俺はしがないサラリーマンだぞ。なーんにも取り柄がないと言っても良い」
「んーそこは私も良くわからないんだけど、この世界とあっちの世界では違うからこっちの世界の人は、あっちの世界に行けば必然的に強いって感じかな」
「そこは結構アバウトなのな」
「うん。私もよく分かってないけど」
とりあえず、取り柄のない俺でも違う世界に行ったとしてもすぐに死ぬようなことはないらしい。RPGのような世界に憧れたことはない…と言えば嘘になる。
男子たるもの、多少なりとも中二病を抱えてしまうときがあるものだ。俺も昔は自分は特別な存在で、何かをすることが出来るって信じていた。否、信じたかった。今では三十路前のしがないサラリーマン。人生は残酷だ。それでも、今目の前にそういう世界で強くなれると言われれば、心も少しは踊ってしまう。
実際の所、モンスターを目の前にしたら失禁してしまうのではないかと不安な気持ちにもなってはしまう。画面で見る世界と、目の前に広がる世界では大きく異なるだろうからな。それでも、シルは俺に来て欲しいと言った。シルが望むのであれば、俺は一緒に居て、頑張れるような気がする。
「シルはさ。俺一緒に行ったら嬉しいか?」
「うん。すっごい嬉しいー。泣くほど嬉しい。でも、大変なこともあるし痛い思いもするだろうし、挫けてしまうことも沢山あるかも。この世界みたいに平和だったら何の問題もなかったのになー」
シルは優しい。俺と居たいと思ってくれているのに、俺のことを第一に考えてくれてる。今まで俺のことを第一に考えてくれたのは、多分俺の親くらいだろう。付き合った彼女とかも居たものの、結局は別れてしまっている。付き合ってるときは、そうではなかったのかもしれないが、結局は自分のことを第一に考えてのことだろう。
もちろん、それが悪いとは言わない。むしろ、それが正しいのだと思う。そんな中でもシルは俺のことが大切だと言ってくれているのだ。それを嬉しいと思わない男は、最低だ。
「どうやって行くのかもわからないけどさ。俺は別に家族も居ない。独り身だ。今の仕事を一生続けなければいけない理由もない。だから、俺はシルと一緒に行くのに何の問題もないんだ」
「本当に?」
「ああ」
「泣くよ?」
「いや、そこは素直に喜べ。一緒に行こう。全然どんな世界なのかとか、何があるのとか知らないけどさ。まだ1ヶ月しか居てない、シルとこれからも楽しく一緒に居たいって結構真剣に思ってる」
「うぅ…うっ‥そんなの言われたら泣いちゃうってばー」
そう言って、俺の胸で泣いてる。ときおり鼻水を俺のパジャマで拭くのだけは勘弁してほしいのだが。それでも、シルが喜んで泣いている。泣かせたくないけれど、嬉しくて出る涙は別に構わないだろう?
「泣き止んだか?」
「うん…ぐすっ。もう大丈夫。りょうは私と行ってくれるんだよね?」
「ああ。約束だ」
「約束。死なないでね」
「いや、いきなり死なないでとか言われたら重いだろう。その世界がどんなのか不安になるから、可愛く守ってとか言っておいてくれ」
「へたれだなぁー相変わらず。でも、まぁりょうっぽいね。わかったー。それじゃ約束。私の事をずっと守ってね?」
「ああ。俺の出来る限り守ってやるように頑張るよ」
そうして、俺はシルの居る世界に行くことを決めた。もちろん、その世界がどんな場所なのかはわからない。実際何が、これから起きるのか。これから、どんな生活が待っているのか。全く不明。
ここの家はどうなるのか。しっかりと解約をしたり手続きを進めないといけないのか。俺自身の戸籍の問題などはどうなるのだろう。両親の墓を見守ってやれないのだけは、心残りではあるものの。明日にでも、寺に連絡を入れておくのもいいだろう。俺の貯金を全部使って、これから先も綺麗にしておいて貰うのもありかもな。
そんなことを色々考えているうちに、眠ってしまっていた。
「おはよう」
シルが珍しく俺よりも先に起きている。もしかしたら、起きたら隣からシルが居なくなっているんじゃないかとも思ったが、しっかりと隣に居てくれている。昨日、話をしていたことは全部現実なんだろう。
「ふふ。私が居なくなるとかー不安に思ったんでしょー?かっわいー」
こんな風に私のことを、小馬鹿にする元気があるなら良いことだろう。元気があるのは良いことだ。元気があればなんでも出来る。多分な。
「まぁ。それは置いておいて。シルの世界に行くことになるだろう?これからどうなるんだ?俺、どうやって行けば良いのか全くわからないんだが」
「そこはシルちゃんに任せてよ。私に全て任せておけば良いからね。私がこっちの世界に来た場所に行けば、向こうの世界に戻ることが出来るんだよー」
「へぇー。それどこなの?」
「樹海」
まじか。なんだろう。自殺にでも行くような勢いで行かなければいけないのだろうか。なんか怖いな。
「シル。お前、本当にちゃんと場所覚えてる?」
「大丈夫。感じるから」
なんだ。その超能力。シルは違う世界の住人であり、RPGのような世界から来たのだとしたらもしかしたら魔法とかもあるかもしれない。そう考えたら…少し納得出来る。魔法か。俺も使えるのかな。使えるなら使ってみたい。ファイアーボールとか言うのは、自分の年齡を考えると少し痛い気もするが、その世界の常識であれば特に問題はないはずだ。
「まぁいいか。シルのその言葉を信じるよ。とりあえず、解約手続きとか色々しないとなー。会社にも退職届とか出さないとだろうし。やること多いな」
「あ、そんなの必要ないよ」
「どうしてだ?」
「ん~難しいことは私もよくわからないんだけど、りょうがあっちの世界に行くことになったら、その時点でこっちのりょうは消滅しちゃうんだ。だから、こっちの世界にりょうは居ないことになるのだよー」
消滅って。俺の今までの人生とかが綺麗さっぱり消えちゃうとかなんかそれ凄い悲しくないか。俺の今までの頑張りが無駄になるのは寂しいが違う世界に行くのだから仕方ないのか。
「とりあえず、親の墓を管理してる寺とかには色々連絡とかはさせておいてくれよ。俺がこの世界から居なくなるとしても、それくらいはやらないと親不孝になっちゃうからな」
「りょうは律儀だよねー。そういうとこ私は好きだよー」
おいおい。好きとか言うな。照れるだろう。
色々なところに電話したりと午前中は忙しくして過ごしていた。午後は適当に、出前で済ませてこれからのことについての話し合いをする。
「とりあえず、いつ行くことになるんだ?」
「今日の夜だね」
「うん。凄い急だな。俺まだ何も用意してないぞ。一応電話とか色々しておいてよかったよ」
「別に特別な荷物なんていらないよ。どうせ荷物なんて持って行くこと出来ないわけだから。こっちのものは向こうに持っていっても変換されてしまうだけだよー。持っていけても身につけてるものだけ。だから、こっちのものを持ち込もうと思っても無理かなーって」
おいおい。せめて暇つぶしになるようなものくらいは持っていきたかったんだが。異世界というのは色々と不便なことが多そうだ。
「まぁ、仕方ないか。とりあえず、結構時間もかかるだろうから、何時頃向かうことにする?」
「そうだねー夕方くらいにはお家でよっか。電車乗っていかないとだねー私電車ってにがてー人多いもん」
本当、このお嬢様はわがままだな。昨日、俺の胸で泣いてた時はあんなにしおらしくて可愛らしかったのに。まぁ、このわがままな感じのほうがシルらしくて良いのかもしれないな。
「はぁ~お前はわがままだなぁー相変わらず。じゃあ、タクシーか。それとも歩いていくかしかないぞ」
「じゃあ、歩いて行こう。今から!この世界最後の日だよ?歩いて、この世界を見ていこー。りょうもこの世界で生まれて、この世界で育ったんだからねー。見ていこうよ♪」
シルの言うのも最もだな。最後の別れになるのだから、この世界を見て、この世界を感じておこう。なんか、本当に異世界に行くという感じが全くしないのだが…まぁ、何事も起きなければ理解できないか。
そこから、歩いて数時間はかかるであろう場所を目指して2人で歩いて行く。シルは道中、あれが食べたい。あそこの店に寄りたいとワガママ言いたい放題。これはもしやデートなのでは…と思ったりもしたが、どちらかというと保護者の気分だった。
楽しい時間も圧倒言う間に終わっていき、夕方になり綺麗な夕日を見ながら道を歩いて行く。結構歩いたせいもあり、お互い体力の限界が来ていた。
「ねぇー夕日綺麗なのは綺麗なんだけどさ。もう私疲れて死にそう」
「俺もだよ。こんなに歩いたりとかしたのどれだけ久しぶりなのかわからないくらいだ」
「なんで歩こうとか言ったのー?」
こいつ。責任転嫁してきやがる。この世界を見ようとか言っていたのは、シルのはずなのに。本当良い度胸だよ。でも、楽しく街をみて歩けたから良いか。
「とりあえず、もう俺もシルも限界だ。タクシー電話で呼ぶから、ここからはタクシーで行こうぜ」
「賛成!!もう私歩くとか無理ー」
この世界のように文明が進んでいないと言っていたのだが、俺とシルはあっちの世界でやっていけるのだろうか。歩いて移動するだけで、お互い1日も持たない。こんなことでやっていけるのか不安気持ちになってしまう。体、鍛えないとな。
タクシーを呼び、タクシーで1時間ほど走った場所で降りる。
うん。目の前に広がるのは樹海。時間も夜になり、目の前は真っ暗で本当に目的地にたどり着けるのだろうか。シルと一緒にここで心中することになるとかは本当に勘弁願いたい。
「おい。シル。この眼の前の光景を見て、本当に辿り着けると思うか?」
「うん。よゆーてか、こっから歩いたら10分もかからないかなー」
シルは余裕満々だ。こういう場所で降りる人が珍しいのか、先程のタクシーの運転手は変質者をみるような目で俺を見ていた。心が痛い。
歩いて10分。ここがシルの言う場所らしい。何もない。ただの草が生い茂ってるだけの場所。本当にこんな場所から、異世界に行けるのか不思議だ。もしかしたら、ただの電波系な女の子だったのだろうかと疑ってしまいたくなってきた。
「あ、その目は私を電波系の女だと疑ったねー?」
「何故わかった!」
「シル様はなんでもわかっちゃうのさー。まぁ見てて」
そういってシルが何かをつぶやき始める。何を言ってるのかは聞こえない。これは俗に言う、呪文というやつなのだろうか。シルは目を瞑って、永遠とつぶやき続けること5分。そこには、円形に光る紋章が浮かび上がっていた。まさにファンタジー。絶対的なファンタジーが目の前に広がった。
「おいおい。シルの言ってたことは本当だったんだな。20%くらいは嘘なんじゃないかと思っていたが、こんなものを見せつけられてしまったら信じるしかなくなるじゃないか」
「シルちゃんは嘘をつかないのだよー。さぁ。行こうー。私の居た世界へ。りょうと一緒なら私はなんでも出来るよ」
「で、どうやって行くの?」
「この紋章に触れて。あ、私の手握ってね」
そうして、シルの手を握り。目の前に展開されている紋章に触れる。俺とシルの居た一面が光に包まれる。どうなったのかはわからない。ただただ、光に包まれた。
ただ、なんとなくわかるのは俺、山口遼介が日本から居なくなって違う世界に行くんだってことくらいだ。