~冒険者生活スタート~
シルが朝起きて、魔法書で魔法を覚えていく。
不思議な光景だった。
綺麗な光が、シルの周りを包んでいくような感じだ。これが魔法を覚えるということみたいだ。魔法書の他に魔導書というものがあるらしい。魔導書というのは、魔法書よりも高位な魔法を扱う本で、そうそう市場には出回らないらしい。魔法の適正が強くなれば、なるほど高位な魔法を覚えることが出来るみたいだ。魔導書を見たとしても、一般的な魔法使いでは覚えることが出来ない。魔導書を覚えることで、魔道士と名乗ることが出来るのがこの世界の通例のようだった。
俺もいつか魔法使えるようになればいいな。
残念ながら、俺には一般的な魔法の適正がないみたいだから覚えることが出来る可能性は低いのが非常に残念でならない。
出来ることなら、魔法バンバン使ってRPGらしく格好良く戦いたかったのだが、俺は腰に付けられた短剣しかないみたいだ。
「シル、もう魔法覚えたのか?」
「まぁねー2つだけだけど。炎を出せるし、水も出せる。便利っしょ?」
確かに水を出すことが出来るというのは、非常に便利かもしれない。外で水に困ったとしても、魔法を使えば水を出すことが出来るのか。
「それって飲水としてはどうなんだ?飲めるんだろうか?」
「それは飲まないとわからないかなぁー試しに、使った時に飲んでみようよー」
確かにものは試しだな。
今日、クエストで使った時にシルの魔法の水を飲んでみよう。
シルの魔法も覚えたということで、ギルドへと向かう。今日から俺たちは正式な冒険者として冒険することが出来る。
正式採用みたいな感じで、まるで元いた世界の正社員になったような感覚だな。実際のところはインセンティブのみの支払いということになるので、自分の頑張り次第になってしまうわけだが。自分の頑張り次第では、それなりに裕福な生活をすることが出来そうだな。そんなにお金はなくても良いから、のんびりと平和に暮らすことが出来れば良い。シルと楽しく生活が出来れば、それで十分なんだけどな。
「昨日はギルドへの登録ありがとうございました。こちらがギルドカードとなっております。紛失した際には、再発行手数料として金貨5枚頂くことになります。冒険者になられたら、ある程度の収入を得ることが出来ますが信用問題に関わってくることになりますので紛失などはなさらないようにお願いします」
紛失したら金貨5枚もとられてしまうのか。それは気をつけなければいけない。受付のお姉さん毎日のようにみるのだけど、この世界にはお休みというのが少ないんだろうか。
「わかりました。気をつけます。とりあえず、装備とかも少し整えることが出来たのでDランクのクエストを受けたいと思っているのですが、また見繕って貰ってもいいですか?出来れば簡単なものが希望です」
「それでしたら、オススメはラビットルーと呼ばれるモンスターになりますね」
「あ、それじゃそれでお願いします」
「承りました。それではラビットルーの討伐を2匹お願いします。基本的にあまり攻撃的なタイプではありません。群れで動くので、数が多ければ逃げるに越したことはないでしょう。食肉として用いられたり、皮製品としても利用されるモンスターになりますので綺麗な状態で討伐して持ち帰って頂ければと思います。状態が良いものであれば、買い取り価格なども上乗せさせて貰うことになりますので頑張って下さい」
俺とシルの初クエストは、ラビットルーと呼ばれるモンスターに決まった。名前から想像するにうさぎっぽいモンスターなんだろう。あまり攻撃的な性格のモンスターじゃないのであれば、初心者であるシルと俺でも対処することが出来ると思う。
さて、冒険の始まりだ。
そして門番のおっちゃんにラビットルーが生息しているという場所を聞いて向かう。俺とシルは今まで、モンスターに接触していないというのはかなりレアらしい。
特にこの世界に来た山というのは、強いモンスターが生息している地域だったらしく、遭遇していたら間違いなく死んでいただろうということだった。
本当、なんてとこに飛ばしてくれたんだよと思いつつも、こうして生きていることに感謝だな。俺とシルは結構、運は良い方なんだと思う。
「そういえば、シルの魔法って何度も使ったり出来るのか?」
「それは無理だよー多分、体内にある魔力が消えたらもう使うことが出来ないと思うよー」
まぁ、無限に魔法を使うことが出来たりしたらチートだもんな。そんなことが出来たとしたら、間違いなく俺の出番というのがなくなってしまう。
「魔法使うのってやっぱり呪文とか言う感じ?」
「まぁねーはずいんだけどー、声に出したほうが魔法を具現化しやすいって言えばいいのかな。こう力が出るって感じ」
「笑ったらすまん」
「きれる」
そんなやり取りをしていくうちに、ラビットルーが生息しているであろう場所に到着した。
まだモンスターとエンカウントはしていない。初めてモンスターと対峙することになるわけだ。それが、弱いモンスターであっても俺にとっては初体験。
何よりも、そのモンスターを殺す。今まで虫や魚など痛覚を持たない生物などは殺したことがある。痛覚を持ち合わせている、生物を殺すということに対して、若干の抵抗は感じる。もちろん、生きていくために必要なことでやらなければいけない。
元の世界でも、牛や豚を食べていたんだ。食べるために、殺されていたというのは知っている。それでも、それを自分がするとなったら色々と考えてしまっても仕方ないだろう。
「シル。魔法使う準備しておいてくれよ。俺ももう短剣握りしめて準備しとくから」
「おっけー。笑ったらあとで蹴るからね」
「わかったわかった。笑わないから」
暫く待つも、ラビットルーの姿は見えない。本当にここで合ってるんだろうか。確かに、門番のおっちゃんに言われたとおりの場所にいるんだが。すぐにエンカウントするというわけではないんだろう。気長に待つか。
「こないねー」
「ああ。もっとポンポン出てくると思って緊張して損した気分だよ」
小一時間は待った。シルは小腹が空いたのか、屋台で買った食べ物を食べ始める。これから、モンスターに襲われるかも知れないというのに2人でピクニックしている気分だ。
茂みから物音が聞こえた。
ガサガサという音が聞こえた方向を見る。そこには可愛らしい生き物が、ちょこんと顔を見せていた。モンスターかと思ったら、ただの動物のようだ。ちょっとウサギに似てるから、ラビットルーなのかと思ったよ。
「かっわいー。ほらーおいでーご飯あげるよー」
シルが可愛い動物に、食べ物をあげようとしたその時。可愛いと思っていた、生き物が豹変して肉食獣のように唸り始めた。
「お、おい。これもしかして、ラビットルーってやつじゃないか?」
「可愛くなくなった。急に変わるし、ビックリしたよーやっつけなきゃ!」
これが人生で初めて、生きた魔物との遭遇だ。小さいのだけが救いだな。
「シル頼んだ!魔法使ってくれ」
シルに向かって大きな声で頼む。出来れば火ではなく、水の魔法で宜しく願いたい。焼ける匂いとか、焼けたモンスターとか見たら少しトラウマになりそうだ。
「ヤバイよ。使うのめっちゃ恥ずい」
呪文とかいうの確かに恥ずかしいのは分かる。もしかしたら死の危険もあるんだ。恥ずかしいとかじゃなく、普通に使ってくれ。
「絶対笑わないから!むしろ魔法とかカッコいいと思う。誇っていいよ!胸張って使おう!」
珍しく顔が赤くなっているシル。相当、魔法の呪文を言うのが恥ずかしいようだ。俺の元いた世界でも1ヶ月近くは暮らしていたわけだから、こういうのが中二病っぽいというのを理解してるんだろう。今は何とか耐えてくれ。
「み、水の、め、女神ポリ、ポリアフの名の下にここに水の魔法を…顕現さ、させよ。るゅう、流水のような水をう、うち当てろ。ウォーター」
長い。めっちゃ長い。噛みすぎてるけど、大丈夫なんだろうかと心配になった。そんな俺の心配も杞憂に終わり、シルの杖から本当に水が出て来た。
あぁ、これこそファタジーそのものだ。魔法使うのって魔力以外にも精神的忍耐も必要になりそう。
シルから放たれたウォーターは、見事にラビットルーに直撃した。結構な水圧なので、直撃したら間違いなく痛い。消防車のホースから出る水よりも勢いが強い。
ラビットルーは耐えることが出来なかったのか、呻き声を上げて後ろに転がった。まだ生きているだろう。最後の最後まで、シルに頼るわけにはいかない。俺はそっとラビットルーに近づいて、手に持っている短剣で命を奪った。
ほとんど、何もしていないものの。後味は悪い。これからこの生活を続けるのだ。慣れていかなければいけない。これ持ち帰るとか結構、ハードだなと思いつつ。ラビットルーの死骸を、シルの所に持っていく。
「とりあえず…やっとモンスター退治ができたな」
「うん。なんか始まった感あるね」
「本当に。俺たち冒険者になったんだな」
「そうだね…まぁこれから頑張ろう。最初の一歩だよー。あっ、リョウ。私の魔法使うの見て笑ったでしょ?」
言いがかりはやめて欲しいな。あんなに噛んだりしたら、笑いそうになるに決まってるじゃないか。使うなら使うでもう少し胸を張って使って欲しい。
「笑ってないから。笑いそうにはなったけどさ」
「あーーーー!裏切り者!笑わないって言ったのに」
「あんなに噛み噛みだったら、誰でも笑いそうになるに決まってるだろ」
うーと頰っぺを膨らませながら抗議してくるシル。次は噛まずに、魔法使ってくれな。
1匹目を、倒した余裕なのか少し気持ちの余裕も出来た。そこから暫くしたら、またラビットルーが出て来たが次は思ったより動揺することなく倒すことが出来てホッとする。
とりあえずは、Dランクのクエストをクリア出来た。まだ思ったより日も高いので、残ってモンスターを狩ろうかという話にもなったが、お互いに初めてのことが多かったのでここで切り上げることにした。
ギルドにラビットルーの死骸を持ち込み、状態が良かったとのことなので少し報酬が多めに貰えた。
次からは血抜きをした方が良いということで、やり方なども教えて貰う。今日は早めに切り上げてきたから良かったものの、血抜きをしないと鮮度がおちるからだという。
報酬は金貨1枚と銀貨5枚。これは持ち込んだ、ラビットルーの買取も含まれている。実際死ぬかもしれないモンスターと戦って、金貨1枚と銀貨5枚というのは安い気もする。もしもこれでラビットルーに敗れてしまっていたら、金貨1枚と銀貨5枚の為に死んだということになるんだろう。
実際のところ、ラビットルー如きを狩るなら採取クエストの方がお金になると思う。安心という点も加味する。
それでも、こうして生きて行くのがこの世界の常識だ。郷に入っては郷に従えというではないか。俺もこの生活に早く慣れていこう。30年近い年月を、かけて作られた常識を覆していくのは大変だがなんとかやっていかなくてはな。
今日は冒険者として、初めてクエストをこなしたということもあって打ち上げをすることにした。大猫の食堂でエールを飲んで、ご飯を食べる。知り合いになった冒険者や、店員に愚痴を言う。
シルも最初は喋らなかったものの、お酒が入ればおっさんと肩を組んで歌うことも容易になる。そうしていくうちに、シルもみんなから可愛がられるようになり話も出来るようになった。嬉しいばかりだ。人見知りのシルちゃんと、今日はお金のことを気にせずに楽しもう。
疲れた時には、元気出ることしないとね。